横浜市立大学

自然免疫の過剰な反応を防ぐ新たなしくみを発見し、その破綻と自己免疫疾患の関わりを解明 ~米国科学雑誌『Immunity』に掲載~横浜市立大学

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横浜市立大学 大学院医学研究科 免疫学 田村智彦教授、藩龍馬助教、佐藤豪(大学院生)らの研究グループは、東京大学・沖縄科学技術大学院大学・エーザイ株式会社と共同で、SrcファミリーキナーゼLynが転写因子IRF5の活性を選択的に抑制することで自然免疫の過剰な応答を防ぐしくみを発見し、これが破綻すると全身性エリテマトーデス(SLE)に類似した自己免疫疾患が引き起こされることを明らかにした。

☆研究成果のポイント
・SrcファミリーキナーゼLynは、自然免疫応答を引き起こす役割を持つ転写因子IRF5の活性を阻害する。このことは免疫が過度に働くのを防ぐために極めて重要である
・自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス(SLE)と類似した症状を示すLyn欠損マウスではIRF5が過度な活性化状態にあるが、IRF5の量を半分に減らすだけでその症状が生じなくなる
・IRF5の活性や量を減らすことができれば有効な新規SLE治療法となる可能性が示された

【研究の背景】
 免疫系は本来、ウイルスや細菌などの病原体やがん細胞を排除して体を守る役割を担っているが、自己免疫疾患では免疫系が誤って自分の体を攻撃してしまうことでさまざまな症状が引き起こされる。難病である全身性エリテマトーデス(SLE)はそうした自己免疫疾患のひとつで、自分のDNAなどと反応する自己抗体が複合体(免疫複合体という)を形成して組織に沈着することで、全身の臓器に炎症を起こす。SLEは特に20~40歳の女性に多く発症し、日本では6~10万人が罹患していると考えられている。現在のSLE治療法はステロイドなどを用いた比較的強力な免疫抑制が中心となっているが、副作用により生活の質が低下することが多いため、新たな治療法の開発が望まれている。
 SLEの発症機構の詳細は未だ不明ながら、自然免疫系が関与することが知られている。自然免疫系は病原体の侵入を速やかに察知し、その排除や獲得免疫系の活性化を行うことで生体防御の前線を担っている。インターフェロン(IFN)調節因子ファミリーの一つであるIRF5は、自然免疫応答を引き起こす重要な転写因子*1である一方で、SLEとも関連することが多数報告されている。例えば、ヒトにおけるIRF5の遺伝子多型はSLE発症リスクと強く相関することや、複数のSLEモデルマウスにおいてIRF5の欠損により病態が改善することが示されている。したがってIRF5はSLEの治療標的候補のひとつと考えられている。
 しかし、IRF5をSLEの標的とした治療法を開発する上で問題なのが、IRF5の活性化を制御するしくみにまだ不明な点が残されていることである。自然免疫シグナル伝達経路では、病原体などが持つ特有の分子構造がToll様受容体(TLR)に代表されるパターン認識受容体によって感知される。TLRの下流ではアダプター分子MyD88が足場を形成し、そこにIRF5が動員される。IRF5はTRAF6やIKKβなどの酵素により翻訳後修飾*2(ユビキチン化やリン酸化)を受け、活性化型になった後に核移行し、I型IFNや炎症性サイトカインの遺伝子を誘導する。このようにIRF5の活性化機構はかなり分かってきている一方で、その程度を調節するための抑制機構は不明であった。

【研究の内容と成果】
 本研究グループは、IRF5活性化の制御因子を見つけるために、IRF5と結合するリン酸化酵素(キナーゼ)のスクリーニングを行った。その結果、IRF5結合タンパク質としてLynを含む複数のSrcファミリーキナーゼを同定した。
 ヒトにおけるLynの遺伝子多型がSLEの病態発症と相関し、またLyn欠損マウスはSLEと類似した病態を発症することが知られている。さらに、最近ではLynがTLR-MyD88経路を負に調節する可能性も示唆されている。このようにLynとIRF5はともにSLEやTLR-MyD88経路に関わるもののその働きは逆らしいことから、私たちはLynとIRF5の関係に着目して研究を進めた。
 まず、LynはIRF5と結合することで、転写因子IRF5の主要な機能である転写活性化能(標的遺伝子の転写を活性化してその発現を高める力)を抑制することが分かった。一方で、Lynは自然免疫シグナル伝達経路で働く別の転写因子NF-κBによる転写活性化は抑制しなかったことから、Lynによる抑制作用はIRF5に選択的であることが示された。また、免疫応答の司令塔とも言われる樹状細胞*3に注目して、Lynを欠損したマウスの骨髄細胞から作成した樹状細胞を解析したところ、TLR刺激時におけるIRF5依存的なI型IFNや炎症性サイトカインの誘導が亢進していたことから、LynによるIRF5抑制作用が樹状細胞(古典的樹状細胞cDCや形質細胞様樹状細胞pDCがある)において機能していることが確認された。

 次に、LynがどのようにしてIRF5の機能を抑制しているのかをさらに解析した。その結果、LynはIRF5の翻訳後修飾であるユビキチン化とリン酸化を阻害することによって、IRF5の活性を抑制することが示された。一方で、意外なことにLynによるIRF5の抑制には、Lynのキナーゼ活性が必要無いことも判明した。以上の結果から、LynはIRF5と結合してその翻訳後修飾を抑制することで、IRF5の活性を選択的に阻害しており、この調節機構が免疫系の恒常性(適度な反応性を保つこと)を維持する役割の一端を担っていると考えられる(図1上)。
 上記で明らかになったLynによるIRF5の活性調節機構が生体内で果たす役割を検討するため、SLEと類似した症状を示すLyn欠損マウスを用いて解析を行った。その結果、SLE病態を発症しているLyn欠損マウスの脾臓から単離した樹状細胞では、IRF5がリン酸化されており(図2)、核に移行していることが判明した。これらの結果は、Lynが欠損するとIRF5の活性調節機構が破綻し、病原体などの侵入がないにもかかわらずIRF5が過剰に活性化してしまっていることを示している。実際に、Lyn欠損マウスにおけるSLE病態(抗DNA抗体産生や糸球体腎炎など)はIRF5を同時に欠損させると全く生じなかった。さらに、IRF5の二本ある遺伝子のうち一つのみを欠損させて(片アレル欠損といい、Irf5+/-と表す)発現量を半分に減らした場合でも、SLE病態は生じなかった(図3)。すなわち、Lyn欠損マウスにおけるSLE病態発症にはIRF5の活性と量が重要であることが分かった。そこで、IRF5の量と自然免疫シグナル伝達経路との関係を解析した結果、Lyn欠損骨髄細胞由来樹状細胞やLyn欠損B細胞における過剰なTLR応答が、IRF5の片アレル欠損によって正常化することが示された。

 本研究結果から、以下のモデルが考えられる。正常では、LynがTLR-MyD88経路においてIRF5の活性を抑制してその程度を適度に保つことで免疫系の働きすぎを防いでいるため、健康が保たれている。Lynが欠損すると、この調節機構が破綻し、IRF5が過剰に活性化してしまう。すると、樹状細胞からI型IFNや炎症性サイトカインなどが異常に分泌され、これが自己反応性B細胞に作用して自己抗体を産生させる。産生された自己抗体は免疫複合体を形成し、これがさらに樹状細胞をはじめとする免疫細胞を刺激する。以上の一連の反応が繋がって悪循環を生じることで、SLEが発症すると理解できる(図1下)。

【今後の展開】
 今回研究グループは、IRF5と直接結合してその活性を選択的に阻害する制御因子としてLynを初めて同定した。また、本研究ではLyn欠損マウスでIRF5が活性化していること、そしてIRF5の量を半分に減らすだけでLyn欠損マウスにおけるSLE発症を阻止できることが示された。すなわちIRF5の質(活性)あるいは量を選択的に減らすことができれば、副作用が少なくて効果の高いSLEの新たな治療法となることが期待される。一方で、SLE病態の発症後にIRF5を抑制しても症状が改善するのかどうかや、SLE患者の病勢とIRF5活性化状態の関連など、確認が必要なことも残っている。今後はこれらの課題に取り組みながら、IRF5の質や量の選択的な調節法を開発したいと考えている。

<用語解説>
*1 転写因子
ゲノム上のDNA配列を認識・結合して遺伝子の発現を制御するタンパク質。制御の対象となる遺伝子を標的遺伝子という。
*2 翻訳後修飾
タンパク質が生体内で合成された後に受ける化学的な修飾で、リン酸化やユビキチン化など複数種類がある。
*3 樹状細胞
白血球の一種であり、樹状の突起を持つ形態から名づけられた免疫細胞。強い抗原提示能(免疫反応を起こさせたい物質の印をリンパ節のT細胞に教える力)をもち、免疫応答に重要な役割を果たしている。

※ 本研究は、文部科学省「イノベーションシステム整備事業 先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」(エーザイ株式会社からの共同研究費を含む)において行なわれ、一部文部科学省科学研究費や本学先端医科学研究センター研究開発プロジェクトの助成も受けました。

※ 論文著者ならびにタイトルなど
Tatsuma Ban*, Go R. Sato*, Akira Nishiyama, Ai Akiyama, Marie Takasuna, Marina Umehara, Shinsuke Suzuki, Motohide Ichino, Satoko Matsunaga, Ayuko Kimura, Yayoi Kimura, Hideyuki Yanai, Sadakazu Miyashita, Junro Kuromitsu, Kappei Tsukahara, Kentaro Yoshimatsu, Itaru Endo, Tadashi Yamamoto, Hisashi Hirano, Akihide Ryo, Tadatsugu Taniguchi, and Tomohiko Tamura: “Lyn Kinase Suppresses the Transcriptional Activity of IRF5 in the TLR-MyD88 Pathway to Restrain the Development of Autoimmunity” Immunity, Aug 9, 2016 [Epub ahead of print], doi: 10.1016/j.immuni.2016.07.015 (*Co-1st authors)

▼本件に関する問い合わせ先
(本資料の内容に関するお問い合わせ)
 大学院医学研究科 免疫学 教授 田村 智彦
 TEL: 045-787-2614
 E-Mail: meneki@yokohama-cu.ac.jp
(取材対応窓口、資料請求など)
 研究企画・産学連携推進課長 渡邊 誠
 TEL: 045-787-2510
 E-Mail: sentan@yokohama-cu.ac.jp

9750 <図1. 研究内容の概略> 図はいずれもCell Pressの許可の上使用

9751 <図2.Lyn欠損(Lyn-/-)マウス脾臓の樹状細胞ではIRF5が活性化(リン酸化)されている>

9752 <図3.Lyn欠損(Lyn-/-)マウスのSLE病態はIRF5の欠損(Irf5+/-またはIrf5-/-)により消失する>