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多細胞動物の高次な行動を調節するD型アミノ酸の働きを発見 -- 北里大学

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北里大学の本間浩名誉教授、薬学部 片根真澄准教授、齋藤康昭助教らの研究グループは、D型アミノ酸がNMDA受容体(注1)の脱感作を介して線虫C. elegans(注2)の適応的な採餌行動を調節していることを明らかにしました。この分子メカニズムは、多くの動物の採餌行動の調節に普遍的に利用されている可能性が高いと考えられます。動物の採餌行動は、脳神経活動が複雑に関わる高次行動であり、動物の行動におけるD-アミノ酸の重要性が示されました。
本研究に関する論文は、2020年9月23日に米国神経科学学会誌「Journal of Neuroscience」に掲載されました。

■研究成果のポイント
・神経調節因子D-セリン(注3)が、NMDA受容体の脱感作を介して線虫C. elegansの適応的な採餌行動を調節していることを明らかにしました。
・多細胞動物における脳神経活動が支配する高度な行動が、D-セリンをはじめとするD-アミノ酸によって調節されていることが示されました。
・D-セリンは、進化上の早い時期から脳機能が支配する高次行動を調節する機能分子として利用されてきたと考えられます。
・ヒトの脳神経活動におけるD-アミノ酸の重要性が改めて示唆され、ヒトの病態解析や医薬品開発に重要な視点を提供するものです。

■研究の背景
 アミノ酸にはL体とD体の光学異性体が存在しますが、L-アミノ酸についてはタンパク質の構成因子となるなど多くの機能が古くから知られていました。一方、近年の光学分割法をはじめとする分析技術の進展に伴い、ヒトを含めた哺乳類には、遊離型のD-アミノ酸も多く存在し、重要な生理学的役割を担っていることが明らかになってきました。D-アミノ酸のうち、D-セリンは、記憶や学習に重要なNMDA受容体を介して高次の脳機能に重要な働きをすると言われています。D-セリンの体内含量の異常は、統合失調症や慢性腎臓病の病態に強く相関することも示唆されています。しかし、D-セリンの生理機能に関する詳細は、未だ不明な点が多いのが現状です。

■研究内容と成果
 本研究では、神経科学研究の主要なモデル生物である線虫C. elegansを材料にして、D-セリンの生理機能を解析しました。動物にとって、いかに報酬価値が高い餌を効率的に見つけ出すかは重要であり、過去の経験に基づいて採餌行動をとります。通常、線虫は、餌の細菌を塗布した寒天培地上で培養します(図左部参照)。この餌が豊富にある寒天培地から餌のない寒天培地に線虫を移すと、過去の経験に基づいて局所的に餌を探索します(図中央部参照)。そして、餌のない寒天培地にいる時間が続くと、その変化した環境に対する適応戦略として広い範囲に分散して餌を探索するようになります(図右部参照)。本研究では、餌のない環境に移した線虫体内のD-セリン含量が、餌のない時間の経過に伴って有意に増加すること、また、D-セリン合成酵素を欠損させてこの増加を抑制すると、線虫は局所的に餌を探索し続けて広い範囲に分散しないことを見つけました。さらに、餌のない環境下で増加したD-セリンが、NMDA受容体を持続的に活性化させて、その後の脱感作という神経応答がなくなる現象を利用して線虫の採餌行動を局所的から広範囲への分散へと切り替えていることが示唆されました。D-セリンは、進化上の早い時期から高次な脳機能の機能分子として利用されてきたと考えられます。

■今後の展開
 今回発見した分子メカニズムは、多くの動物の採餌行動の調節に普遍的に利用されている可能性が高いと考えられます。この分子メカニズムには、D-アミノ酸の一つであるD-アラニンの作用も深く関与していることを本研究で見つけました。神経支配の高次な行動がD-アミノ酸によって調節されることが明らかとなり、ヒトの脳神経活動におけるD-アミノ酸の重要性が改めて示唆され、ヒトの病態解析や医薬品開発に重要な視点を提供するものと考えられます。

■論文情報
・〔著者〕齋藤康昭、片根真澄、宮本哲也、関根正恵、加藤くみ子、本間浩
・〔論文タイトル〕D-Serine and D-alanine regulate adaptive foraging behavior in Caenorhabditis elegans via the NMDA receptor
・〔雑誌名〕Journal of Neuroscience
・〔オンライン公開日〕2020年8月27日
・〔DOI〕10.1523/JNEUROSCI.2358-19.2020

■用語解説
・注1 NMDA受容体
 ポストシナプスに局在するイオンチャネル型グルタミン酸受容体の一種で、脳において記憶や学習の制御に重要な役割を担っている。

・注2 線虫C. elegans
 神経科学研究などに用いられる多細胞モデル生物である。飼育の容易さ、世代交代の速さに加えて、個体レベルでの遺伝学・分子生物学的解析がしやすいという利点を持つ。

・注3 D-セリン
 D-セリンは脳内に多量に存在し、セリンラセマーゼによって生合成される。NMDA受容体のグリシン結合部位に内在性コアゴニストとして結合し、NMDA受容体チャネルの活性化に必須であるとされる。

本研究の一部は、日本学術振興会 学術研究助成基金助成金(JP18K14907およびJP18K06117)および北里大学 学術奨励研究資金の助成を受けたものです。

■問い合わせ先
≪研究に関すること≫
 北里大学
 名誉教授 本間浩(ホンマ ヒロシ)
 E-mail:hommah@pharm.kitasato-u.ac.jp

 北里大学 薬学部 生体分子解析学
 助教 齋藤 康昭(サイトウ ヤスアキ)
 〒108-8641 東京都港区白金5-9-1
 TEL:03-5791-6380
 FAX:03-5791-6381
 E-mail:saitohy@pharm.kitasato-u.ac.jp

≪報道に関すること≫
 学校法人北里研究所
 総務部広報課
 TEL:03-5791-6422
 FAX:03-3444-2530
 E-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp

【図】 線虫の適応的な採餌行動.png 【図】線虫の適応的な採餌行動