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【大阪大学】PET-CTによる新たな食道がん治療効果判定法の確立 ~Total Lesion Glycolysis・リンパ節診断に基づく、より正確な予後予測と治療戦略~

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【研究成果のポイント】
◆食道がんの抗がん剤投与前後の(FDG)PET-CT検査において、腫瘍の糖代謝と腫瘍体積を合わせた総糖代謝量(Total Lesion Glycolysis: TLG)という指標を用いて、抗がん剤によるがんの減少率を正確に測定することが可能となった。
◆手術前に行う抗がん剤治療の前後で、TLGの減少率が80%以上得られると、抗がん剤治療後に行う手術後の成績が明らかに良いことを見出した。
◆また、PET-CT検査による抗がん剤治療後のリンパ節転移陽性個数の評価を組み合わせると、さらに正確な術後の予後予測が可能となり、今後食道がんにおけるオーダーメイド治療の確立や治療成績の向上につながることが期待される。

【概 要】
 大阪大学大学院医学系研究科の大学院生の野瀬陽平さん(博士課程)、牧野知紀助教、土岐祐一郎教授(消化器外科学II)、巽光朗准教授(放射線医学)らの研究グループは、食道がんにおいて標準治療である術前化学療法※1 (抗がん剤治療)の前後に(FDG)PET-CT検査を行い、Total Lesion Glycolysis(TLG:ティーエルジー)※2 と呼ばれる腫瘍の糖代謝と腫瘍体積を合わせた「総糖代謝量」の変化を測定することで、組織治療効果や術後の予後予測がより正確に行えることを明らかにしました。
 進行した食道がんは、一般的に抗がん剤治療を行った後に手術を行いますが、術前に行った抗がん剤治療にがんがよく反応して小さくなるケースは、術後の予後が良好であることが分かっています。そのため、正確な治療効果の判定が予後予測の上で非常に重要ですが、これまで術前に正確に化学療法の効果判定を行う最適な方法は確立されていませんでした。
 研究グループは、食道がんの術前化学療法の前後にPET-CT検査を行い、Metabolic Tumor Volume(MTV)※3 と呼ばれるがんの生物学的活性を加味した腫瘍体積の変化を測定し、その減少率をもとに組織治療効果や術後の予後予測がより正確に行えることを以前に報告しました(Annals of Surgery 2019, https://resou.osakau.ac.jp/ja/research/2018/20181226_1 )。
 今回の研究ではこのMTVに加えて、腫瘍の糖代謝と腫瘍体積を合わせた「総糖代謝量」であるTLGの変化にも着目しました。このTLGの術前化学療法前後の変化を用いると、一般的なPET-CT検査の指標であるSUVmax(standardized uptake value)※4 やMTVよりもさらに正確な術後の予後予測が可能となることが分かりました。さらにTLG減少率に、術前化学療法後のPET-CT検査で転移陽性リンパ節の個数の評価を組み合わせると、より詳細に患者予後の層別化が可能であることを示しました。本研究成果により、化学療法前後でのTLG減少率や転移陽性リンパ節個数をもとに、個々の食道がん患者さんに適したオーダーメイド治療が可能となり(図1)、食道がん全体の治療成績のさらなる向上につながることが期待されます。
 本研究成果は、英国科学誌『British Journal of Cancer』に、2023年2月25日(日本時間)に公開されました。

【研究の背景】
 食道がんは、日本で約2万2千人が罹患しており、全体での5年生存率は約30-40%と言われ、難治性がんの一つとされています。進行した食道がんに対する標準治療としては、まず抗がん剤治療を行い、それから手術を行います。化学療法を行ってから手術をした方が、がんの再発が少なく成績が良いからです。この手術前の抗がん剤治療の効果が、術後の予後を大きく左右することが分かっています。抗がん剤治療による治療効果の判定は、手術で切除した病理標本における腫瘍の減少割合で判断することができます。個別化治療のためには術前に画像診断によって治療効果を推測することが重要ですが、最適な画像による判定法はいまだ確立されていませんでした。

【本研究の成果】
 今回、研究グループは、食道がん術前化学療法前後のPET-CT検査でTLGという腫瘍の糖代謝と腫瘍体積を合わせた総糖代謝量の変化を解析することで、化学療法を行った食道がん組織での治療効果および手術後の予後を、より正確に予測できることを証明しました。まず、遠隔転移のない胸部食道がんで術前化学療法後に根治切除手術を施行した226人の患者を対象として、化学療法前後でPET-CT検査を施行し、PET-CT検査の一般的な指標として知られるSUVmax、MTVとTLGの値をソフトウェアにより測定しました(図2)。
 226人の食道がん患者のデータを解析した結果、化学療法前後でTLG値(中央値)は96.3から4.5に明らかに減少しており、化学療法によるがんの縮小が確認されました。このTLG減少率と手術後の予後との関係をみると、TLG減少率80%を境界として予後が最も大きく分かれることが判明したため、これを独自のカットオフ値として設定しました。これを指標として、TLG減少率が大きいケース(80%以上、がんが一定以上縮小した群)は、小さいケース(80%未満、がんがあまり縮小しなかった群)と比較して、予後(無再発生存率)が明らかに良いことがわかりました(図3 左図)。
 次に、性別や年齢、がんの部位、進行度、SUVmax、MTV、TLG値や術前化学療法前後のPET-CTでの転移陽性リンパ節個数などによる効果判定等の因子の中で、どの因子が予後をより正確に予測するかを、多変量解析という手法を用いて調べました。その結果、術前因子の中で「TLG減少率」と、「術前化学療法後のPET-CT検査でのリンパ節転移陽性個数が2個以上」が予後を正確に予測しうる重要な因子であることが示されました。そこで、さらにこれらの2つの項目をもとに4つの群に分けて予後を検討すると、TLG減少率80%未満かつリンパ節転移陽性個数2個以上のケースでは、術前化学療法を行った後に手術を行っても、極めて術後の予後が悪いことが分かりました(図3 右図)。

【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
 本研究の知見により、術前の抗がん剤治療の前後でTLGの減少率が小さく、かつ転移陽性リンパ節が2個以上のケース、すなわち化学療法の効果が乏しかったと判定されたケースには別メニューの化学療法や放射線療法を追加してから手術を行う、あるいは術後に免疫チェックポイント阻害剤などによる補助療法を追加する、といった個別化治療の確立に大きく貢献し、最終的に食道がん全体の治療成績の改善につながるものと期待されます。また、今回の内容は食道がんのみに限らず、他のさまざまながんにも応用できる重要な知見と考えられます。

【特記事項】
 本研究成果は、英国科学誌『British Journal of Cancer』(オンライン)に、2023年2月25日(日本時間)に公開されました。
【タイトル】 ''Risk stratification of oesophageal squamous cell carcinoma using change in total lesion glycolysis and number of PET-positive lymph nodes''
【著者名】 Yohei Nose 1, Tomoki Makino 1※, Mitsuaki Tatsumi 2, Koji Tanaka 1, Kotarou Yamashita 1, Toshiki Noma 1, Takuro Saito 1, Kazuyoshi Yamamoto 1, Tsuyoshi Takahashi 1, Yukinori Kurokawa 1, Kiyokazu Nakajima 1, Hidetoshi Eguchi 1, Yuichiro Doki 1(※責任著者)
【所 属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 放射線統合医学
・DOI: https://doi.org/10.1038/s41416-023-02151-y

【用語説明】
※1 術前化学療法
 手術の前に抗がん剤治療を行うこと。腫瘍を小さくして切除率を上げ、より長期の生存が得られることが分かっており、現在進行食道がんにおいての標準治療となっている。
※2 Total Lesion Glycolysis(TLG:ティーエルジー)
 PET-CT検査で、腫瘍代謝体積を表すMTVに平均SUV値をかけて得られる値で、「総腫瘍代謝量」を表す。
※3 Metabolic Tumor Volume(MTV)
 PET-CT検査で、病変への放射性薬剤(FDG)の集積程度を半定量化したものがSUVであり、ある一定のSUVを超える取り込みを示す体積を測定する。がんの生物学的活性を加味した腫瘍代謝体積を表わす。
※4 SUVmax(standardized uptake value)
 PET-CT検査で、病変への放射性薬剤(FDG)の集積程度を半定量化したものがSUVで、そのうち計測部位で最も大きな値をSUVmaxと表し、がん細胞の活動性の指標として用いる。

【研究者のコメント】(牧野知紀 助教)
 進行した食道がんの予後改善には集学的治療が必要で、化学療法後に手術するのが一般的です。今回の研究により、PET-CT検査を用いて食道がん術前化学療法前後でのTLG変化とリンパ節転移個数診断を行うことでより正確な予後の予測が実現できました。今後はこのTLG変化とリンパ節転移診断に応じたオーダーメイド治療が可能となり、それが最終的に食道がん治療成績の向上につながることが期待されます。

大阪大学PET-CT図1.jpg 図1. 本研究の結果を受けた、より良い予後のための治療戦略  抗がん剤治療前後のPET-CT検査にて、がんの体積がTLGを指標として80%以上減少し、かつ抗がん剤治療後の転移陽性リンパ節個数が0-1個の場合は手術を行い、80%以上減少しても転移陽性リンパ節個数が2個以上の場合や、TLG減少率80%未満の場合は、別の化学療法や、免疫療法、放射線治療などを経て手術を行う、あるいは術後に補助療法を追加することで、より良い成績が得られる可能性がある。

大阪大学PET-CT図2.jpg 図2. PET-CT検査によるTotal Lesion Glycolysis(TLG)測定の実際  食道がん術前化学療法の前後に解析ソフト(SYNAPSE VINCENT、富士フイルムメディカル株式会社)を用いてSUVmax、MTV、TLG値の測定を行った。

大阪大学PET-CT図3.jpg 図3. 食道がん化学療法前後でのPET-CT指標を用いた予後予測  (左図)TLGを用いた予後の比較:TLG減少率80%をカットオフにすると正確に予後を層別化することが可能となった。縦軸は無再発生存率、横軸は術後経過(年数)を表す。 (右図)多変量解析で予後予測に重要な因子となったTLG減少率とリンパ節転移陽性個数を組み合わせると、より正確な予後の層別化が可能となった。