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【大阪大学】二次元に閉じ込めた重い電子をはじめて実現、近藤効果と低次元性が絡んだ新たな物性発現へ ― 量子コンピューター開発への応用などにも期待

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大阪大学大学院生命機能研究科・中村拓人助教(理学研究科兼任)、木村真一教授(理学研究科兼任、自然科学研究機構分子科学研究所教授)らの研究グループは、電子間の多体効果である近藤効果により伝導電子の有効質量が増大する「重い電子」を、原子一層の厚みしか持たない単原子層物質において初めて実現しました。本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、12月1日(金)午後7時(日本時間)に公開されました。
【研究成果のポイント】
◆低温で金属の電気抵抗は下がるが、不純物がわずかにあると逆に抵抗が上がる現象が知られている。これは電流を担う「電子が動きにくくなる」ためであり、「近藤効果※1」と呼ばれている。近藤効果が各格子点で発生すると、「動きにくい電子」が動き出し、あたかも有効質量が大きくなった電子のように振る舞う「重い電子※2」状態が出現する。
◆「重い電子」は、3次元的に広がっている物質(通常の固体)で生じることが知られていたが、単原子層でできた「二次元」面内でも実現することを、実験で初めて確認した。
◆炭素が二次元的に広がるグラフェンやカーボンナノチューブのように、面的構造の物質は全く新しい物性を示すことがある。今回の成果が加わることで、従来の理論で説明できない超伝導の解明や量子コンピューター開発への応用が期待される。

 大阪大学大学院生命機能研究科・中村拓人助教(理学研究科兼任)、木村真一教授(理学研究科兼任、自然科学研究機構分子科学研究所教授)、同理学研究科・杉原弘基さん(博士前期課程)、陳奕同さん(博士後期課程)、同工学研究科・湯川龍助教 (研究当時。現東北大学)、量子科学技術研究開発機構(QST)・大坪嘉之主任研究員、自然科学研究機構分子科学研究所・田中清尚准教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所・北村未歩助教(研究当時。現QST)、東北大学多元物質科学研究所・組頭広志教授らの研究グループは、電子間の多体効果である近藤効果により伝導電子の有効質量が増大する「重い電子」を、原子一層の厚みしか持たない単原子層物質において初めて実現しました。

 希土類元素を含む化合物では、希土類元素が有する局在的な開殻4f 電子により、ネオジム磁石のような強力な永久磁石や、高輝度な蛍光剤などの様々な機能性が現れます。近藤効果による重い電子もその一つであり、高温超伝導などの特殊な超伝導状態をはじめとする、現在の物性物理学の中心テーマである強相関物性の起源となることが知られています。他方で、近年のナノテクノロジーの発展に伴い、グラフェンに代表される低次元(二次元・一次元)材料研究が活発に行われています。
 これまで、希土類化合物における重い電子は、主に三次元固体物質で盛んに研究されてきた現象でした。そのため、二次元系の極限である原子一枚の厚みしか持たない単原子層物質において、重い電子が実現するかどうかは、これまで明確ではありませんでした。
 今回、研究グループは、単原子層イッテルビウム・銅(YbCu₂)薄膜の作製に成功し、その電子構造をシンクロトロン光※3 を用いた角度分解光電子分光(ARPES)※4 によって調べました。その結果、YbCu₂原子層内を伝播する二次元的な伝導電子が、低温において重い電子を形成することを明らかにしました。この結果は、原子一枚の厚みに閉じ込めた重い電子状態を世界で初めて実現したこと(図1)を表します。
 これにより、新奇超伝導などの物性物理学に残された量子臨界現象への次元性の役割の解明が進むとともに、近年爆発的に研究が進む原子層物質に、新たな機能性を有する物質が仲間入りすることとなり、次世代材料開発や新しいエレクトロニクス素子、量子コンピューター設計開発の指針となることが期待されます。
 本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、12月1日(金)午後7時(日本時間)に公開されました。

【研究の背景】
 レアアース(希土類元素)は、身の回りにある強力な磁石であるネオジム磁石や高輝度な蛍光材料など、電子機器や自動車といった現代社会を支えるデバイスに欠かせない材料です。その性質は、希土類元素が内包する局在的な開殻4f 電子の振る舞いに強く由来しています。また、希土類化合物では、物質内部を伝導する電子の重さ(有効質量)が電子の静止質量と比べて数千倍にも増大する、「重い電子」が出現することが知られています。この重い電子も、4f 電子の局在性が近藤効果により伝導電子に移されることに由来しています。このような物質系では、従来の理論で説明できない超伝導などの興味深い量子臨界現象が現れるため、多くの研究者を魅了し盛んに研究されてきました。
 他方で、近年、グラフェンなどの二次元層状物質を代表とする低次元物質の研究が活発です。低次元物質の開発は、微細化が進むナノテクノロジー技術の更なる発展の鍵となるだけでなく、ナノデバイス自身に低次元物質を組み込むことで、外部から電子数の制御が可能となるため、従来材料を超える新しい性質を示す可能性を秘めています。
 希土類化合物における重い電子は、極めて盛んに研究されてきた分野でありながら、これまで研究のほとんどは三次元固体物質によるものであり、二次元物質に関するものとしてはごく僅かでした。特に、二次元系の極限である原子一層の厚さ(1nm以下)しか持たない単原子層物質において、どのような重い電子が実現するのか、あるいはそもそも重い電子が単原子層で実現可能かということさえも不明でした。

【研究の内容】
 研究グループは、原子レベルで平坦な銅(Cu)の上にイッテルビウム(Yb)と銅からなる YbCu₂単原子層薄膜(図2(a))の作製に成功しました。この薄膜の電子状態を、シンクロトロン光を光源としたARPESによって精密に測定しました。その結果、図2(b)に示すようにYb4f バンドとCuの伝導バンドが観測され、それらが混成して新たなバンド(混成バンド:紫)を形成していることが明らかになりました。
 さらに、YbCu₂単原子層薄膜の温度を変えながらARPES測定を行いました。図2(c)は、図2(b)のARPESの強度を電子運動量方向に足し合わせたものの温度依存性を示しています。高温(130K)ではピーク(矢印)の結合エネルギーがゼロから遠く離れていますが、温度を下げるにつれて、強度を増しながらゼロに近づくことが確認できました。このピークの振る舞いは近藤効果の発達を表しており、YbCu₂単原子層薄膜において重い電子が実現したことを明確に示しています。

【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
 本研究成果により、3次元物質が中心だった重い電子の研究対象に、完全2次元の原子層物質が新たに加わりました。このことによって、重い電子などの強相関電子系の量子臨界性への次元性の効果に関する研究が進展し、新奇超伝導などの発現機構の解明が進むことが期待できます。さらに、グラフェン等を筆頭に近年爆発的に研究が進む原子層物質に、重い電子という新たな機能性を有する物質が仲間入りすることとなり、次世代材料開発や新しいエレクトロニクス素子、量子コンピューター設計開発の指針となることが期待されます。

【用語説明】
※1 近藤効果
 純粋な金属は、温度を下げていくとその電気抵抗が単調に減少するが、金属中に磁性不純物(鉄やニッケルなど)がごく僅かに存在する場合、ある温度以下で電気抵抗が増加する現象である。この現象は古くから知られていたが、その物理的機構を1964年に故・近藤淳博士(2020年文化勲章)が初めて理論的に解明したことから、この名前が付けられている。

※2 重い電子
 低温において、固体内の伝導する電子が近藤効果によって局在的な電子(希土類元素では4f 電子)と混成することで、みかけの質量(有効質量)が増大する現象。従来のBCS理論に従わない特殊な超伝導などの興味深い現象の起源となる。

※3 シンクロトロン光
 光速近くまで加速された電子の軌道が磁場によって曲げられた時、その接線方向に発生する光のことで、最近は次世代放射光ナノテラスの建設が進んでいることで話題になっている。高い輝度・偏光性・エネルギー可変性などの優れた特徴があり、材料開発などの幅広い分野で活用されている。本研究では、KEK放射光実験施設フォトンファクトリーと分子科学研究所極端紫外光研究施設UVSOR-IIIを利用した。

※4 角度分解光電子分光(ARPES)
 固体表面に光を当てて光電効果によって飛び出てくる電子(光電子)の角度とエネルギーを観測することにより、固体内の電子の運動量と束縛エネルギーを観測する手法。固体における電子の状態を調べる実験方法として近年盛んに用いられている。シンクロトロン光と組み合わせることで、高い精度で観測が行われている。

【特記事項】
 本研究成果は、2023年12月1日(金)午後7時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
・タイトル:"Two-dimensional heavy fermion in monoatomic-layer Kondo lattice YbCu₂"
著者名:Takuto Nakamura, Hiroki Sugihara , Yitong Chen, Ryu Yukawa, Yoshiyuki Ohtsubo, Kiyohisa Tanaka, Miho Kitamura, Hiroshi Kumigashira, and Shin-ichi Kimura
・DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-023-43662-9

 なお、本研究は、科研費(課題番号: 22K14605、 20H04453、23H00090)の補助を受け、自然科学研究機構・分子科学研究所・UVSOR施設利用(課題番号: 22IMS6861、22IMS6848)およびKEK放射光科学研究施設共同利用実験(課題番号: 2022G513)により行われました。

【SDGs目標】
 7.エネルギーをみんなに そしてクリーンに
 9.産業と技術革新の基盤をつくろう

【中村助教のコメント】
 単原子層の重い電子を実現することはチャレンジングなテーマでしたが、幸運にも作ることが出来てよかったと思います。また、限られた放射光実験時間の中で実験試料を再現よく作るのはとても苦労しましたが、学生たちと試行錯誤しながら粘り強く頑張ったことが成果に繋がりました。

■参考URL
・中村拓人助教 研究者総覧
 https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/en/79dea38be07f185e.html
・木村真一教授 研究者総覧
 https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/en/cf615f2facb011b0.html
・大阪大学 大学院生命機能研究科/大学院理学研究科物理学専攻 光物性研究室
 http://www.kimura-lab.com/


大阪大学量子コンピュータ1.jpg 図1. 単原子層重い電子の概念図。

大阪大学量子コンピュータ2.jpg 図2. (a)YbCu₂単原子層薄膜の表面原子構造。(b)ARPES より観測された電子状態の運動量依存性。(c)光電子スペクトルの温度依存性。温度が下がるにつれて、ピークの強度が増加しながら結合エネルギーが低い方へシフトしている。

大阪大学量子コンピュータ3.jpg SDGs目標