神奈川工科大学

神奈川工科大学らの研究グループが人工物質ナイロンを分解する酵素の仕組みをスーパーコンピュータで解明

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神奈川工科大学・神谷克政准教授らの研究グループはこのたび、人工物質ナイロンを分解する酵素の反応の仕組みをコンピュータ・シミュレーションで解明。国際論文誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」ウェブ版に3月21日付けで掲載されるとともに、当該雑誌のACS LiveSlidesの掲載対象にも選ばれた。酵素を使った人工物質を分解する分子レベルのからくりが明らかになったことで、生物を利用した環境負荷の少ない新たな人工化合物の分解技術の発展に寄与することが期待される。

 神奈川工科大学の神谷克政准教授らを中心とするシミュレーション研究グループ(大阪大学・重田育照、馬場剛史、理研AICS・松井亨、IPCMSフランス・Mauro Boero)と、兵庫県立大学の根来誠司教授の実験研究グループはこのたび、人工物質であるナイロンを分解する酵素の反応の仕組みをスーパーコンピュータによるシミュレーション(模擬実験)で解明した。

 ナイロンは衣類やプラスチックなどに用いられている合成繊維の一つである。今から約80年前に人類が合成するまで自然界には存在しなかった人工化合物だが、このナイロンを分解するバクテリアがナイロン繊維合成工場近くの土壌中に生息することが、日本人の研究グループにより約40年前に発見された。
 このバクテリアは、ナイロン合成の副生成物を分解することができる特殊な酵素を持っていることが、根来教授らを中心とした研究グループにより明らかになっていた。この酵素がどのような仕組みで人工物質を分解できるのかはわかっていなかったが、今回、神奈川工科大学・神谷克政准教授らの研究グループが、酵素の反応の仕組みをスーパーコンピュータによる模擬実験で明らかにした。酵素を使った人工物質を分解する分子レベルのからくりが明らかになったことで、生物を利用した環境負荷の少ない新たな人工化合物の分解技術の発展に寄与することが期待される。

 この研究成果は、国際論文誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」ウェブ版に3月21日付けで掲載された。さらに、本研究論文は当該雑誌のACS LiveSlidesの掲載対象にも選ばれた。

1. 研究の背景
 酵素による高分子の分解反応は、生命活動を行うために必須な反応の一つである。例えば、私たちヒトは、ペプチダーゼと呼ばれるタンパク質分解酵素を使って、摂取したタンパク質高分子を低分子のアミノ酸まで分解する。バクテリアなどの微生物もまた、同様のペプチダーゼを持っている。このような分解酵素は、特定の基質分子だけに作用する高い特異性や、反応が常温でも進行する高い効率性を持つ。これは、酵素中の分解反応が生じる部位(活性部位)に、反応に適したアミノ酸が適切に配置されることで実現されている。

 現在、多くの生物が持つ典型的なペプチダーゼ分解酵素の活性部位には、触媒3残基と呼ばれる3つのアミノ酸が存在する。これらのアミノ酸は、基質分子に原子レベルで順序よくアタックすることで分解反応を引き起こす。触媒3残基は、長い進化の過程で生物が獲得した「分解反応に適したアミノ酸の組み合わせ」であるため、高等生物からバクテリアまで多様な生物の分解酵素で保存されている。

 ところが、ある種のバクテリアが持つペプチダーゼ分解酵素は、人類が合成した非天然の人工物質に対しても分解作用を示すことが明らかになった。このバクテリアは、ナイロン繊維合成工場近くの土壌中で1972年に日本人の研究グループにより発見された。この微生物は、ナイロン繊維合成の際に生じる副生成物(ナイロン副生成物)を分解し、そこに含まれる炭素や窒素を栄養源として生息する。ナイロン副生成物のような人工化合物は、天然に存在する化合物とは異なった化学構造を持っているため、生物にとっては元来分解しにくい物質である。ところが、このバクテリアは環境に適応するように進化することで、人工物質を分解する能力を新たに獲得した。兵庫県立大学の根来教授らの研究グループを中心にしたこれまでの研究から、このバクテリアは特異な分解酵素(ナイロン副生成物分解酵素)を持つことが明らかになった。

 さらに、この分解酵素のみに見られる顕著な特徴として、その活性部位に触媒3残基だけではなく、チロシンというもう1つのアミノ酸が存在することがわかった。この「触媒3残基+もう1つのアミノ酸」という新たなアミノ酸の組み合わせが、工場近くに生息するバクテリアが環境に適応した結果新たに獲得した反応系であるが、この反応系がどのようにして人工物質の分解を可能とするのか、という分子レベルの反応の仕組みはこれまで明らかになっていなかった。

2. 研究成果
 神奈川工科大学の神谷克政(かみや・かつまさ)准教授と大阪大学の重田育照(しげた・やすてる)准教授(現 筑波大学教授)らを中心とするシミュレーション研究グループと、兵庫県立大学の根来 誠司(ねごろ・せいじ)教授らの実験研究グループは、最先端の計算科学手法「第一原理QM/MM分子動力学計算*1」を用いて、ナイロン副生成物分解酵素による人工物質の分解反応が分子レベルでどのように行われているかを調べた。根来教授らがX線結晶構造解析により特定した酵素の3次元構造情報に基づき、コンピュータ中に酵素モデルを構築し、原子・分子の世界の法則である量子力学に基づいて酵素を動かすことで、酵素がナイロン副生成物を分解する様子を分子レベルで再現した(図1)。

 模擬実験の結果、ナイロン副生成物分解酵素の活性部位にあるチロシンが、分解反応を直接担う触媒3残基と連携することで、分解反応が非常に効率的に進行することが明らかになった。酵素が基質分子を取り込むと、チロシンは基質分子との間に特定の水素結合を形成する。この水素結合により、基質分子の向きが分解反応に都合の良い向きに固定される。その結果、触媒3残基が基質分子の切断部位に原子レベルで順番にアタックしやすくなり、分解反応が進みやすくなることがわかった(図2)。シミュレーションで得られた反応の活性化障壁は実験結果とよく一致し、模擬実験の妥当性が確認された。この成果は、米国の学術誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」ウェブ版に3月21日付けで掲載された( http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jz500323y )。さらに、本研究論文は当該雑誌のACS LiveSlides( http://pubs.acs.org/page/jpclcd/ACSLiveSlides.html )の掲載対象にも選ばれた。これは、アメリカ化学会(ACS)の当該雑誌に掲載された論文の中から興味深い研究内容や関心の高いテーマの論文について、英語の解説付きのスライドを掲載するものである。

3. 波及効果と今後の展開
 分解反応を担う触媒3残基は、天然に存在する化合物を分解するために生物が長い進化の過程で獲得した効率的なアミノ酸の組み合わせである。一方、人工化合物は天然化合物とは異なった化学構造を持っているために、触媒3残基のみでは分解しにくい物質である。本研究成果は、触媒3残基に新たなアミノ酸を分子レベルで連携させることで、これまで生物が分解しにくかった人工化合物を効率的に分解することが可能になることを示している。その反応の仕組みが分子レベルで明らかになったことで、焼却等による物理化学的な分解方法に代わる「酵素を用いた人工物質の分解技術」の進展に貢献することが期待される。

 このような生物を活用した分解法は、温室効果による環境負荷を低減化させるため、次世代の技術として注目されている。さらに、本研究の成果により微生物の環境適応や進化の分子機構の学術的な理解が進むことが期待され、近年注目されている微生物による環境適応能力や物質分解能力を活用した生物学的環境浄化(バイオレメディエーション)に対しても大きく貢献することが予想される。

4. 用語解説
*1 第一原理QM/MM分子動力学計算
 原子・分子が従う法則である量子力学に立脚した計算手法。化学反応に重要な部分(例:酵素の活性部位周辺)は量子力学計算を行い、それ以外の部分(例:酵素の骨格や溶媒分子)には古典力学を用いる。Quantum mechanics/ Molecular Mechanics(QM/MM)法として知られ、2013年ノーベル化学賞の受賞対象となった計算手法である。

5. 掲載論文
タイトル:Nylon-Oligomer Hydrolase Promoting Cleavage Reactions in Unnatural Amide Compounds
タイトル和訳:ナイロン・オリゴマー加水分解酵素による非天然アミド化合物の切断反応
著者:Katsumasa Kamiya,† Takeshi Baba,‡ Mauro Boero,§ Toru Matsui,‖ Seiji Negoro,⊥ and Yasuteru Shigeta‡,#,
所属:†Center for Basic Education and Integrated Learning, Kanagawa Institute of Technology, Japan.;‡Graduate School of Engineering Science, Osaka University, Japan.;§Institut de Physique et Chimie des Matériaux de Strasbourg, UMR 7504 CNRS and University of Strasbourg, France.;‖RIKEN, Advanced Institute for Computational Science, Japan.;⊥Graduate School of Engineering, University of Hyogo, Japan.; #CREST, Japan Science and Technology Agency (JST), Japan.
掲載誌:The Journal of Physical Chemistry Letters

6. 謝辞
 本研究はJSPS科研費22685003,22740259,25104716の助成を受けたものである。さらに、本研究は大阪大学蛋白質研究所共同研究員制度の下で行われた。

▼本件に関する問い合わせ先
 神奈川工科大学 工学教育研究推進機構
 〒243-0292 神奈川県厚木市下荻野1030
 広報担当: 山本 博一
 TEL: 046-291-3218
 E-mail: hiroyamamoto@ctr.kanagawa-it.ac.jp

【訂正とお詫び】 本文「6.謝辞」の科研費番号のうち、「22685003, 22685003の助成を~」とありましたのは、「22685003,22740259,25104716の助成を~」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。(大学通信)

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