約20年にわたる野外調査が物語る東日本大震災の干潟生態系への爪痕
東日本大震災に伴う大津波は、東北沿岸の広い範囲に大きな被害をもたらしました。高知大学・日本大学・東京大学大気海洋研究所・国立環境研究所の合同研究チームは、野外調査と公共データベースを利用して、津波が干潟生物に与えた長期的な影響について調べました。その結果、津波による影響は干潟に訪れる鳥類に対しては限定的であったものの、貝類・甲殻類・多毛類などの底生生物は、津波により甚大な被害を受け、津波前の状態にまで回復するのに10年近くの歳月を要したことが分かりました。また、複数種の底生生物や鳥類を宿主とする寄生虫は、回復までにさらに長い時間がかかることが明らかになりました。複数種の宿主を渡り歩く生活史を持つ寄生虫は、宿主群集の回復なしには安定した個体群を維持することができません。そのため、災害による環境変化の影響を受けやすく、回復までには長い期間が必要であることが考えられます。これらの知見は、近い将来に発生する恐れのある南海トラフ地震とそれに伴う津波による海岸生態系への影響と回復過程の予測に役立つと考えられます。
寄生虫も含めた干潟生態系への津波の影響について、長期的な調査を行ったのは本研究が世界で初めてです。本研究成果は、2026年3月5日付で英国王立協会が発行する国際科学雑誌Philosophical Transactions of the Royal Society B電子版に掲載されました。
内容
1.背景
東日本大震災に伴う大津波が東北地方を襲ってから、15年の歳月が流れました。海岸に積みあがった瓦れきの山はすでになくなり、海岸の風景も一見すると平穏を取り戻したかのように見えます。これまでの研究により、海岸の生物は津波により大きな影響を受けたことが明らかにされてきました文献1、2。しかし、津波が海岸生態系に与えた影響について長期的な視点から調べた研究は限られており、海岸の生物がどれくらいの時間をかけてどれ程までに回復したのかについては不明な点が多く残されていました。特に、複数の宿主を渡り歩く生活史をもつ寄生虫は、生活史の中の宿主が一つでも欠けると子孫を残すことが難しくなるため、津波の影響をより強く受けることが予想されます。本研究では、寄生虫を含めた干潟生態系が津波によってどのような影響を受け、そしてどれくらいの時間をかけて津波前の状態へと戻っていくのかを震災前を含む約20年間の長期にわたり調べました。
2.方法
調査は、仙台湾沿岸と周辺海域の5つの干潟において、2005年から2024年までの期間に行いました(図1)。各干潟において、巻貝であるホソウミニナ※1の密度などを記録すると共に、ホソウミニナに寄生する二生吸虫類※2の寄生状況を調べました(図2)。これらの二生吸虫類はホソウミニナを第一中間宿主とし、貝類や甲殻類・多毛類・魚類などの底生生物を第二中間宿主として、鳥類を終宿主とする複雑な生活史を持つ寄生虫です。さらに本研究では、環境省が管理する公共データベースであるモニタリングサイト1000(https://www.biodic.go.jp/moni1000/)を利用して、干潟の底生生物及び鳥類に関する長期モニタリングデータを取得しました。これらのデータを解析することで、二生吸虫類の第一中間宿主・第二中間宿主・終宿主となる干潟生態系の構成種の津波前後の動向と、二生吸虫類の寄生率や個体群の変動を調べました。
3.結果と考察
調査の結果、ホソウミニナの個体群は津波後に激減したものの、その後は回復傾向を示す干潟と、2024年まで明確な増加の見られない干潟があることが分かりました。また、公共データベースを用いた干潟底生生物の調査においては、干潟底生生物群集が10年近くの時間をかけながら、徐々に津波前の状態へと戻っていく過程が観察されました。それに対して、干潟を訪れる鳥類の群集構造からは、津波の影響を読み取ることはできませんでした(図3)。空を飛び容易に移動ができる鳥類にとっては、津波の影響は限定的であったことが伺えます。
干潟底生生物や鳥類を渡り歩く二生吸虫類には、多くの調査地で津波後に変化が見られました(図3)。津波前に見られた一部の種類がいなくなり、津波前にはあまり見られなかった別の種類が高頻度で見られるようになった干潟もありました。10年以上の時間をかけて徐々に元の状況に近づく場合もあれば、2024年の調査においても依然として津波前とは大きく異なる種構成を示す干潟もありました。複雑な生活史をもつ二生吸虫類の回復には、生活史に含まれる宿主群集の回復が必要となります。したがって、二生吸虫類のような寄生虫は、最も災害の影響を受けやすく、そして回復に時間を要する生物なのかもしれません。
約20年の調査から見えてきたのは、津波という出来事が干潟生態系に長期的で甚大な影響を与えたという事実です。津波から15年が経過した現在においても、細部に目を向けるとまだ回復の途上にある生物群もいます。大津波の影響の全体像を把握するには、今後も継続した調査が必要です。
4.今後の展望
西日本では、南海トラフを震源とする巨大地震と大津波による被害が予想されています。東日本大震災の経験から、被害の規模や復興までの道のりについて様々なことを学び取ることが、南海トラフ地震への防災やその後の復興の鍵となります。本研究により、干潟生態系の津波からの回復過程が明らかになりました。これらの知見は、東日本大震災とそれに伴う大津波の記録としての価値をもつのみならず、これから生じるであろう南海トラフ地震と津波に起因する海岸生態系への影響と回復過程の予測に役立つと考えられます。

図1.約20年にわたる継続調査を行った5つの干潟と干潟周辺で観測された津波の高さ。仙台湾周辺の松川浦(まつかわうら;福島県相馬市)、鳥の海(とりのうみ;宮城県亘理町)、潜ヶ浦(かつぎがうら;宮城県東松島市)、万石浦(まんごくうら:宮城県石巻市)、長面浦(ながつらうら;宮城県石巻市)。

図2.津波を生き抜いたホソウミニナ(写真左側)とホソウミニナに感染する二生吸虫類の一例(写真右側、種名:Cercaria batillariae)。

図3.調査地の一つである松川浦における巻貝ホソウミニナの密度変化と底生生物群集・鳥類群集及び寄生虫群集における類似度の経年変化。青い点が津波前の状態、そして赤い点が津波後の状態を示す。点のそばの数字は西暦の下2桁の数字を示す(例:2011年→11)。松川浦においては、ホソウミニナは一度減少し、その後2021年からは急激に増加した。底生生物群集は津波後に大きく変化したが、徐々に元の状態に戻りつつある。鳥類群集に関しては、津波前後で明確な変化は見られなかったが、2020年に大きな変化があった(原因は不明)。寄生虫群集は、津波後には津波前とは異なる種類が高頻度で出現した。
【発表者・研究者等情報】
高知大学 農林海洋科学部
教授:三浦 収
日本大学 生物資源科学部
専任講師:中井 静子
東京大学 大気海洋研究所
特任研究員:伊藤 萌
国立環境研究所地域環境保全領域
上級主幹研究員:金谷 弦
【研究助成】
本研究は、科学研究費補助金(25840160、16K18606、17K07580、20K06819)、稲森財団、伊藤科学財団、文部科学省東北マリンサイエンス拠点形成事業、環境研究総合推進費(JPMEERF24S12320)からの支援を受けることにより、本研究を継続的に実施することができました。また、野外調査に際しては、多くのベントス研究者や宮城県漁業協同組合の方々のご協力を賜りました。この場を借りて深くお礼申し上げます。
◇用語解説
※1ホソウミニナBatillaria attramentaria(=B. cumingi)・・・日本国内では北海道から九州までの干潟に分布するウミニナ科の巻き貝。干潟上に高密度で生息する普通種。浮遊幼生期を持たない直達発生の巻き貝。
※2二生吸虫類・・・扁形動物の仲間で複数の宿主を渡り歩く寄生虫。通常、巻貝を第一中間宿主として感染し、その後、魚類や甲殻類・貝類・多毛類などの第二中間宿主に感染する。第二中間宿主が終宿主に捕食されることで終宿主へと移動し、そこで繁殖をするという複雑な生活史を持つ。
◇関連する研究成果(本論文の著者に下線を付した)
1. Miura O, Sasaki Y, Chiba S (2012) Destruction of populations of Batillaria attramentaria (Caenogastropoda: Batillariidae) by tsunami waves of the 2011 Tohoku earthquake. J Molluscan Stud 78:377–380
2. Kanaya G, Suzuki T, Kikuchi E (2015) Impacts of the 2011 tsunami on sediment characteristics and macrozoobenthic assemblages in a shallow eutrophic lagoon, Sendai Bay, Japan. PLOS ONE 10: e0135125
【論文情報】
雑誌名:Philosophical Transactions of the Royal Society B
論文題目:The long-term effects of the tsunamis caused by the Great East Japan Earthquake on an intertidal host-parasite system.
著者名:Miura, O., Nakai, S., Itoh, H., Kanaya, G. (2026)
DOI:381: 20240325.
URL:https://doi.org/10.1098/rstb.2024.0325
【問い合わせ先】
<研究に関する問い合わせ>
高知大学 農林海洋科学部 教授 三浦 収(みうら おさむ)
TEL/FAX:088-864-6765
Email:miurao@kochi-u.ac.jp
日本大学生物資源科学部動物学科 専任講師 中井 静子(なかい しずこ)
TEL:0466-84-3916
E-mail:nakai.shizuko@nihon-u.ac.jp
国立環境研究所 地域環境保全領域 海域環境研究室 上級研究員 金谷 弦(かなや げん)
TEL:029-850-2590
E-mail:gen@nies.go.jp
<報道に関する問い合わせ>
高知大学広報・校友課
TEL:088-044-8643
E-mail:kh13@kochi-u.ac.jp
日本大学生物資源科学部研究事務課
TEL:0466-84-3871
E-mail:brs.kenjimu@nihon-u.ac.jp
東京大学大気海洋研究所 附属共同利用・共同研究推進センター広報戦略室
E-mail:kouhou@aori.u-tokyo.ac.jp
国立環境研究所 企画部広報対話室
TEL:029-850-2308
E-mail:kouhou0@nies.go.jp