ページ上部

染色体上で遺伝子読み取りとDNA修復をつなぐ分子機構を解明 ―DNA修復を助ける染色体リモデリング装置の構造を解明―

染色体上で遺伝子読み取りとDNA修復をつなぐ分子機構を解明 ―DNA修復を助ける染色体リモデリング装置の構造を解明―
■発表のポイント
◆DNA修復に関わるタンパク質Rad26/CSBと、DNAを収納する基本構造であるヌクレオソームの複合体構造を、クライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)を用いて解明しました。
◆Rad26/CSBが、これまで知られていた染色体リモデリング因子とは異なる特徴的な方法でヌクレオソームDNAに結合することを発見しました。
◆本研究により、DNA修復の際に染色体構造がどのように変化するのかについて理解が進み、DNA修復異常に関連する疾患の理解への貢献が期待されます。
本研究の概要

■概要

 東京大学大学院理学系研究科の福島友太郎 大学院生(研究当時)、同大学定量生命科学研究所の滝沢由政 准教授、胡桃坂仁志 教授、明星大学 理工学部 総合理工学科の香川亘 教授、木下千明 常勤研究員、理化学研究所(理研)生命医科学研究センター転写制御構造生物学研究チームの江原晴彦 上級研究員、関根俊一 チームディレクターらの研究グループは、DNA修復に関わるタンパク質Rad26/CSBが、染色体構造を変化させる新たな仕組みを明らかにしました。遺伝子の読み取り中にDNA損傷が生じると、RNAポリメラーゼIIが損傷部位で停止します。この障害を取り除くためには、DNA修復因子が損傷部位へ到達できるように、DNAが巻き付いたヌクレオソーム構造を変化させる必要がありますが、その仕組みは十分に分かっていませんでした。本研究では、Rad26/CSBとヌクレオソームの複合体構造をクライオ電子顕微鏡で解析し、Rad26/CSBが既知の染色体リモデリング因子とは異なる仕組みでヌクレオソームDNAに作用することを明らかにしました。さらに、Rad26/CSBの活性を制御する仕組みが、染色体リモデリングに重要であることを示しました。本成果は、DNA修復時のクロマチン構造変換機構の理解を進め、DNA修復異常に関連する疾患の理解にも貢献することが期待されます。

■発表内容

<研究の背景>

 私たちの細胞内では、紫外線や化学物質、細胞内で生じる活性酸素などによってDNAに傷が生じることがあります。特に、遺伝子の情報を読み取っている最中にDNA損傷が起こると、RNAポリメラーゼIIと呼ばれる「遺伝子読み取り装置」が損傷部位で停止してしまいます。このような障害を取り除く仕組みは「転写共役ヌクレオチド除去修復(TC-NER)(注1)」と呼ばれ、ゲノムの安定性を維持するうえで重要な役割を担っています。
 一方、真核生物のゲノムDNAは、細胞核内でそのまま存在しているのではなく、ヒストンタンパク質に巻き付いた「ヌクレオソーム(注2)」を基本単位とする染色体(注3)として折りたたまれています。このため、DNA修復因子が損傷部位に到達するためには、染色体構造を適切に変化させる必要があります。
 酵母のRad26/CSB(注4)は、ヒトのCockayne syndrome protein B(CSB)(注5)に対応するDNA修復因子です。Rad26/CSBは、停止したRNAポリメラーゼIIに結合してDNA修復因子を呼び集める働きを持っています。さらにRad26/CSBは、ヌクレオソーム構造を変化させる染色体リモデリング因子(注6)としての活性を持つことも知られていました。しかし、Rad26/CSBがどのようにヌクレオソームに結合し、DNA修復時に染色体構造を変化させるのか、その詳しい仕組みは分かっていませんでした(図1)。

図1 DNA損傷部位で停止したRNAポリメラーゼII、Rad26/CSB、および損傷DNAを含むヌクレオソームの関係を示した模式図。図中の「?」は、Rad26/CSBによるDNA修復時の染色体構造変換の分子機構が未解明であったことを表している。

<研究内容>

 本研究では、酵母由来のRad26/CSBとヌクレオソームからなる複合体を試験管内で再構成し、クライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)(注7)を用いてその立体構造を解析しました。その結果、Rad26/CSBとヌクレオソーム複合体の構造決定に成功しました(図2)。得られた構造より、Rad26/CSBはヌクレオソームDNAの出入り口付近に優先的に結合し、この領域のDNA構造をゆがめることが明らかになりました。また、Rad26/CSBのATPaseドメインは、既知の染色体リモデリング因子とは逆向きの配置でヌクレオソームDNAに結合しており、Rad26/CSBに特徴的な作用様式が存在することが分かりました(図3)。

図2 本研究のCryo-EM構造解析で明らかになったRad26/CSB-ヌクレオソーム複合体構造
図3 本研究で明らかになったRad26/CSB-ヌクレオソーム複合体構造(図左)。Rad26/CSBのLobe1とLobe2と呼ばれる染色体リモデリング活性に重要な領域が、今まで報告されていた染色体リモデリング装置(図右2つ)とは逆向きの配置でヌクレオソームに結合している。

 さらに、Rad26/CSBのKRループと呼ばれる領域が、ヌクレオソームへの結合および染色体構造変換に重要であることを示しました。KRループは、これまで停止したRNAポリメラーゼIIとの相互作用に関わることが知られていましたが、本研究により、ヌクレオソームとの相互作用にも重要な役割を果たすことが分かりました。このことから、Rad26/CSBはRNAポリメラーゼIIとヌクレオソームの双方に作用し、転写とDNA修復をつなぐ分子として働く可能性が示されました。
 加えて、生化学解析やクロスリンク質量分析を組み合わせることで、Rad26/CSBがヌクレオソームに結合し、染色体構造を変化させる仕組みを調べました。Rad26/CSBには自身の働きを抑える自己阻害機構が存在し、その制御にN末端領域が関与することも明らかにしました。これらの結果から、DNA損傷部位で停止したRNAポリメラーゼIIにRad26/CSBが結合した後、Rad26/CSBがヌクレオソームへ移動し、自己阻害が解除されることで染色体リモデリング活性が働く、という作動モデルが導かれました。
 本研究により、DNA修復時にRad26/CSBが染色体構造をどのように変化させ、停止した遺伝子読み取りの回復に寄与するのか、その分子メカニズムの理解が大きく進みました。

<今後の展望>

 本研究により、Rad26/CSBがヌクレオソームに結合し、染色体構造を変化させる分子機構の一端が明らかになりました。一方で、DNA損傷部位で停止したRNAポリメラーゼIIに結合したRad26/CSBが、どのようにヌクレオソームへ移行し、DNA修復因子の集合や損傷を含むDNA領域へのアクセスを促すのかについては、今後さらに解明すべき重要な課題です。今後は、RNAポリメラーゼII、Rad26/CSB、ヌクレオソーム、DNA修復因子を含むより複雑な複合体の構造解析を進めることで、転写中に生じたDNA損傷が染色体構造の中でどのように認識、修復されるのかを明らかにできると期待されます。また、ヒトCSBの異常はCockayne症候群などの疾患と関連することから、本研究成果は、DNA修復異常に起因する疾患の発症機構の理解や、将来的な治療法開発に向けた基盤的知見になると考えられます。

■発表者・研究者等情報

東京大学 
 定量生命科学研究所 先端定量生命科学研究部門 クロマチン構造機能研究分野
  滝沢 由政 准教授
  胡桃坂 仁志 教授
明星大学 
 理工学部 総合理工学科 構造生命科学研究室
  木下 千明 常勤研究員
  香川 亘 教授
理化学研究所(理研)
 生命医科学研究センター 転写制御構造生物学研究チーム
  江原晴彦 上級研究員
  関根俊一 チームディレクター

■論文情報

雑誌名:Nature Communications
題 名:Structural basis of nucleosome remodeling by Cockayne syndrome B homologue Komagataella phaffii Rad26
著者名:Yutaro Fukushima (福島友太郎)†, Chiaki Kinoshita (木下千明), Lumi Negishi(根岸瑠美), Tomoya Kujirai (鯨井智也), Yuki Kobayashi (小林由紀), Mitsuo Ogasawara (小笠原光雄), Haruhiko Ehara (江原晴彦), Shun-ichi Sekine (関根俊一), Wataru Kagawa (香川亘), Hitoshi Kurumizaka (胡桃坂仁志)*, Yoshimasa Takizawa (滝沢由政)*
(†筆頭著者)(* 責任著者)
DOI:10.1038/s41467-026-73500-7
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-026-73500-7

■研究助成

本研究は、科研費(課題番号:JP23KJ0485、JP23K17392、JP23K20300、JP23H05475、JP24H00062、JP24H02319、JP24H02328、JP26K01945)、日本医療研究開発機構(AMED)生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)(課題番号:JP26ama121009、JP26ama121002)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(ERATO)(課題番号:JPMJER1901)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)(課題番号:JPMJCR24T3)、中谷財団長期大型助成、コーセーコスメトロジー研究財団研究助成、アステラス病態代謝研究会研究助成の支援により実施されました。

■用語解説

(注1)転写共役ヌクレオチド除去修復(TC-NER)
遺伝子の情報を読み取っている最中にDNA損傷が見つかった場合、その損傷を優先的に修復する仕組みです。DNA損傷によって停止したRNAポリメラーゼIIを目印として修復因子が集まり、損傷部分を取り除いて正しいDNAに修復します。この仕組みは、遺伝子の働きを保ち、ゲノムの安定性を維持するために重要です。

(注2)ヌクレオソーム
4種類のヒストンタンパク質(H2A、H2B、H3、H4)がそれぞれ2分子ずつ集まって形成されるヒストン8量体に、約150塩基対のDNAが巻き付いた円盤状の構造体です。生体内では、ヌクレオソームが数珠状に連なり、染色体と呼ばれる巨大な構造体を形成することで、遺伝情報であるゲノムDNAを細胞核内に収納しています。

(注3)染色体
ゲノムDNAを細胞の核内に収納するために形成される、核内のタンパク質群とゲノムDNAの複合体を指します。

(注4)Rad26/CSB
Rad26は酵母に存在するタンパク質で、ヒトのCockayne syndrome protein B(CSB)に対応する因子です。DNA損傷によってRNAポリメラーゼIIという「遺伝子読み取り装置」が停止した際に、DNAが巻き付いたヌクレオソーム構造を変化させる染色体リモデリング因子としての働きがあります。

(注5)Cockayne syndrome protein B(CSB)
Cockayne syndrome protein B(CSB)は、ヒトのDNA修復に関わるタンパク質です。CSBをつくる遺伝子に異常があると、発育障害、神経症状、光への過敏性などを特徴とするCockayne症候群の原因となります。

(注6)染色体リモデリング因子
染色体の中でDNAは、ヒストンタンパク質に巻き付いたヌクレオソームという構造を作っています。染色体リモデリング因子は、このヌクレオソームの位置や構造を変化させるタンパク質です。これにより、DNA上の遺伝情報を読み取ったり、DNAの損傷を修復したりするために、必要な領域へ他のタンパク質が近づきやすくなります。

(注7)クライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)
試料を瞬間凍結し、電子線を照射して観察することで、タンパク質や核酸などの生体分子の形を、水溶液中に近い状態のまま可視化する技術です。近年の検出器や画像解析技術の発展により、高分解能で立体構造を決定できるようになりました。2017年にノーベル化学賞を受賞した技術です。

■問合せ先

(研究内容については発表者にお問合せください)

東京大学 定量生命科学研究所
准教授 滝沢 由政(タキザワ ヨシマサ)
Tel:03-5841-1467 E-mail:ytakizawa@iqb.u-tokyo.ac.jp

東京大学 定量生命科学研究所 総務チーム
Tel:03-5841-7813 E-mail:soumu@iqp.u-tokyo.ac.jp

明星大学 理工学部 総合理工学科
教授 香川 亘(カガワ ワタル)
Tel:042-591-5595 E-mail:wataru.kagawa@meisei-u.ac.jp

明星大学アドミッションセンター 学生募集・広報チーム(担当:手塚)
Tel:042-591-5670 E-mail:koho@meisei-u.ac.jp

理化学研究所 生命医科学研究センター
チームディレクター 関根 俊一(セキネ シュンイチ)

理化学研究所 広報部 報道担当
Tel:050-3495-0247 E-mail:ex-press@ml.riken.jp

添付資料