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【甲南大学】魚にDHAが多いのはなぜ? 食物連鎖の未解明ルートを発見

【甲南大学】魚にDHAが多いのはなぜ? 食物連鎖の未解明ルートを発見
甲南大学理工学部生物学科 本多大輔教授らの研究グループは、ヒトの健康維持に欠かせない多価不飽和脂肪酸であるドコサヘキサエン酸(DHA)の海洋生態系における供給経路において、原生生物ラビリンチュラ綱のアプラノキトリウム類が、動物プランクトンや魚類など上位捕食者へのDHA供給において重要な役割を果たしていることを明らかにしました。本成果は、長年の謎とされてきた「DHAパラドックス」の解明につながる重要な発見です。

研究成果のポイント

  • 魚類はDHAを自身では生合成できず、謎であった供給源の解明に大きな前進
  • 原生生物ラビリンチュラ類の環境DNA調査などから、生態系の上位捕食者へのDHA供給者として、この生物群が最大の影響力をもつことが判明
  • 漁獲量の予測や保全、高効率な養殖への応用にも期待

概要

 多価不飽和脂肪酸であるドコサヘキサエン酸(DHA)※1 は、我々ヒトに必要不可欠な栄養素であり、脳や神経細胞の発達や機能維持に重要な役割を果たします。一方、ヒトはDHAを体内で十分に合成できないため、DHAを含む食物を摂取する必要があります。特に魚類はDHAを豊富に含んでおり、我々にとっての主要なDHA供給源となっています。
 甲南大学理工学部生物学科 本多大輔教授、甲南大学大学院自然科学研究科 森本冬海博士後期課程学生、大阪府立環境農林水産総合研究所、水産研究・教育機構、北海道大学、産業技術総合研究所、理化学研究所の研究グループは、三陸沖海域での年間を通したモニタリングを行い、環境DNAから推定された原生生物ラビリンチュラ綱※2 のアプラノキトリウム類の現存量や、魚類の主要な餌である動物プランクトンのカイアシ類※3 の食性などから、DHAの上位捕食者への供給において、アプラノキトリウム類の影響力が最も大きいことを明らかにしました(図1)。
 魚類や動物プランクトンなどの捕食者はDHAをほぼ生合成できないため、その供給源は一次生産者の植物プランクトンとされていましたが、捕食者と生産者の脂質組成が大きく異なる「DHAパラドックス」が知られていました。本研究はこの謎の解明に大きな前進をもたらすものとなります。
 本研究の成果は、微生物生態学に関する国際科学誌『ISME Communications』に掲載されました。

図1. 一次生産者(植物プランクトン)がアプラノキトリウム類に捕食されてEPAがDHAに変換され、さらに魚類の主要な餌であるカイアシ類に効率良く捕食される「アプラノキトリウム経路」によって、DHAの比率が上がることを見出した本研究によって、「DHAパラドックス」の解消に大きく近づきました(発表論文のGraphical Abstractの一部を改編)

1.背景

 海洋の消費者である魚類やその餌となる動物プランクトンは、DHA(炭素数22)をほとんど生合成できず、一次生産者(植物プランクトン)が食物連鎖を介して供給していると考えられていました。しかしながら、全球の一次生産量の約半分を担う珪藻類はDHAを生合成するものの、組成はEPA(エイコサペンタエン酸:炭素数20)※4 に大きく偏る組成となっており、一次生産者全体でもDHA:EPA≒1:6となることから、魚類がそれらをほぼ等量ずつ蓄積していることと矛盾する「DHAパラドックス」が知られていました。
 単細胞従属栄養性の真核生物であるラビリンチュラ類は、DHAを生合成して高濃度に蓄積する能力をもち、褐藻類(コンブやヒジキなどを含む)や珪藻類と系統的に近縁であることから、DHAを工業的に生産する“藻類”としても着目されています。また、ラビリンチュラ類のうちアプラノキトリウム類が、珪藻類などの植物プランクトンを捕食する能力をもつことについて、本多教授と甲南大学大学院自然科学研究科 浜本洋子博士後期課程学生(研究当時)が培養実験によって発見し、2019年に論文で報告していました(動画1)。

・論文URL: https://doi.org/10.1371/journal.pone.0208941

 また、魚類は動物プランクトンのカイアシ類(動画2)を主要な餌としていることが知られています。このカイアシ類の消化管内容物に含まれるDNAを18Sメタバーコーディング※5 によって網羅的に解読した結果、アプラノキトリウム類は生息する海水中よりも高い割合で検出されたことから、濃縮するようにカイアシ類に捕食されていることについて、東京大学大気海洋研究所 平井惇也講師、水産研究・教育機構、本多教授と浜本洋子さん(研究当時:博士後期課程学生)が、2018年に論文で報告していました。

・論文URL: https://doi.org/10.3800/pbr.13.75

 さらに、より多様な動物プランクトンを対象とした捕食ー被食関係を調査した同様の結果が、鹿児島大学水産学部 小針統教授らによって2021年に報告されています。

・論文URL: https://doi.org/10.1038/s41598-021-02083-8

2.研究成果

 本研究では、水産研究・教育機構が年に5回実施している、三陸沖から北海道南岸の親潮が流入する海域の調査(Aライン航海)において、沿岸から沖合約600kmの6定点(A01〜A21)で、表層から深層約3000mにかけての5層に観測点を設けて、1年を通してモニタリングを実施しました(図2、動画3)。海水から採取した環境DNAを対象として、定量PCR※6 によってラビリンチュラ類、特にアプラノキトリウム類の細胞数とそこから炭素量に換算した現存量を推定しました。

図2. Aライン航海において観測した6定点の位置


 その結果、以下のように、2021年7月、2021年10月、2022年5月に栄養塩の豊富な親潮が流入した表層付近の観測点において、1リットルあたり数千から約5万細胞のアプラノキトリウム類が検出されました。アプラノキトリウム類が豊富に存在する観測点が、親潮によって植物プランクトン由来のクロロフィル濃度が大きい観測点と一致したことは、アプラノキトリウム類が環境中でも植物プランクトンを捕食していることを示唆しています(図3)。しかしながら、現存量比では多い時でも主要生産者の2%程度であり、DHA量比でも約13%にとどまり、「DHAパラドックス」を解決するような数値ではありませんでした。

図3. 2021年7月から2022年5月までの、Aライン航海において観測された、アプラノキトリウム類の細胞密度とクロロフィルa量、塩分の分布

 そこで、Hirai et al. (2018) とKobari et al. (2021) のデータを使用し、主要なDHA生産者であるアプラノキトリウム類、珪藻類、渦鞭毛藻類がカイアシ類に捕食されている割合から、細胞数比、炭素量比を求めた上で、各生物群がもつDHA量比を計算したところ、56%、34%、10%となり、アプラノキトリウム類がカイアシ類に最も多くのDHAを供給していることが示唆されました(図4)。

図4. カイアシ類の消化管内容物から抽出されたDNAに含まれる、アプラノキトリウム類、珪藻類、渦鞭毛藻類の18S rRNA遺伝子(18S rDNA)の相対的な量比から、細胞数比、炭素量比、そしてDHA量比を推定した計算過程


 そして、本研究で明らかにしたアプラノキトリウム類の56%分のDHAが加わることで、カイアシ類の消化管内の組成が DHA:EPA=1:2.4 となり、DHAパラドックスの解消に大きく近づきました(図5)。新しく認識された、EPAからDHAへの変換と効率良い転送を行う、一次生産者(植物プランクトン)→アプラノキトリウム類→カイアシ類の流れを「アプラノキトリウム経路」と名付けました。

図5. 本研究で明らかとなった、カイアシ類の消化管内容物に含まれるDHAとEPAの組成(1:2.4)と、アプラノキトリウム類、珪藻類、渦鞭毛藻類における、それぞれの供給量比

 アプラノキトリウム類の細胞密度(現存量)について、年間を通して比較的広い海域で調査した報告は、本研究が初めてですが、海水などから抽出された環境DNAをメタバーコーディング解析して、含まれていた生物の多様性を明らかにしたデータは蓄積しつつあります。絶対量ではないので注意が必要ですが、下の表1のように、世界中の特に漁獲量の大きい海域で、アプラノキトリウム類を含むラビリンチュラ類の割合は高く、本研究で示唆されたDHA供給経路が親潮域だけの現象ではなく、より大きな影響力をもっている可能性があります(表1)。


表1. 各海域の海水から抽出された環境DNAに対する18Sメタバーコーディング解析結果における、DHAを生産する藻類や原生生物のリード数の比較

3. 今後の期待

 アプラノキトリウム類が魚類の必須脂肪酸であるDHAの最大の供給者であり、認識されていなかった「アプラノキトリウム経路」が見出されたことから、海洋生態系の謎に対して、解明の糸口となるものと考えています。ラビリンチュラ類には、アプラノキトリウム類よりも現存量が大きい未分離で未同定の系統群が存在する可能性も知られており、また汽水域などにも豊富に存在するため、様々な生物との相互関係を含めて全体像を理解することが重要になると思われます。
 また、DHAは孵化直後の仔魚の致死率や成長に大きな影響を及ぼすため、アプラノキトリウム類をモニタリングすることは、漁獲量の予測やそれによる保全のための基礎情報の提供につながる可能性もあります。
 そして、ラビリンチュラ類を用いたDHAの工業的生産や、養殖魚類の餌料添加への応用は、すでに実用化されていますが、アプラノキトリウム類と珪藻類を混合培養することによって、EPAとDHAの割合を制御し、アプラノキトリウム類のもつ凝集塊を作る性質を合わせて、養殖対象の魚類に必要な大きさの餌粒子を作り出すことも可能であると考えています。

4. 論文情報

[学術誌名]
 ISME Communications
 DOI: 10.1093/ismeco/ycag178
 掲載URL: https://doi.org/10.1093/ismeco/ycag178

[論文タイトル]
 Ecological impact of algal-preying protists aplanochytrids (Labyrinthulea) as a source of docosahexaenoic acid for copepods in marine environments

[著 者]
 Tomi Morimoto1, Yoko Hamamoto1, Takanori Shono2, Mayumi Ueda3, Akira Kuwata4, Yukiko Taniuchi4, Hiroshi Kuroda5, Kazuaki Tadokoro4, Yuki Tsujimura3, Toshiki Miyaoka1, Taichi Mogi2 Hiroyuki Imai2,9, Ryosuke Nakai6, Satoshi Nagai7, Tomoko Matsumoto8, Jun Kikuchi8, Daisuke Honda2,9*

1 甲南大学大学院 自然科学研究科
2 甲南大学 理工学部 生物学科
3 大阪府立環境農林水産総合研究所
4 水産研究・教育機構 水産資源研究所
5 北海道大学 低温科学研究所
6 産業技術総合研究所 生命工学領域 バイオものづくり研究センター
7 水産研究・教育機構 水産技術研究所
8 理化学研究所 環境資源科学研究センター
9 甲南大学 統合ニューロバイオロジー研究所
* 責任著者

5. 用語説明

※1 ドコサヘキサエン酸(DHA)
 炭素数22、二重結合を6つもつ多価不飽和脂肪酸(22:6n-3)で、オメガ3(n-3)系脂肪酸に分類されます。DHAは脳、神経組織、網膜の細胞膜に高濃度で存在し、細胞膜の流動性や神経機能の維持に重要な役割を果たしています。ヒトの体内でも少量は合成されますが、その効率は低いため、主に魚介類などの食品から摂取する必要があります。

※2 ラビリンチュラ綱
 水中に広く生息する単細胞の真核生物(原生生物)で、褐藻類や珪藻類などの黄色藻類や卵菌類などと一緒に、ストラメノパイル類(不等毛類)と呼ばれる系統群を形成します。DHAなどの多価不飽和脂肪酸やアスタキサンチンなどのカロテノイド色素といった有用物質を生合成できることが知られており、それらの生態系における供給源としての役割や工業的な生産などでも着目されています。

※3 カイアシ類
 数mm程度の小型の甲殻類(節足動物)で、海洋では動物プランクトンの中で最も豊富な生物群の一つです。植物プランクトンや原生生物を摂食し、魚類などの高次捕食者の餌となることで、海洋の食物網をつなぐ重要な役割を果たしています。

※4 エイコサペンタエン酸(EPA)
 炭素数20、二重結合を5つもつ多価不飽和脂肪酸(20:5n-3)で、オメガ3(n-3)系脂肪酸に分類されます。体内で炎症や血液凝固、血管の働きを調節する機能につながっており、心血管の健康維持や炎症の調節に重要な役割を果たしています。DHAと同様に、ヒトの体内でも少量は合成されますが、その効率は低いため、主に魚介類などの食品から摂取する必要があります。

※5 18Sメタバーコーディング
 水や土壌などから回収した環境DNAを解析し、真核生物に共通する18S rRNA遺伝子の特定領域をPCRで増幅し、次世代シーケンサーで網羅的に塩基配列を読み取り、そのリード数から生物群集の組成や多様性を網羅的に明らかにする手法です。培養に依存せず、多数の真核生物を同時に検出して比較できるため、海洋や土壌などの生態系解析に広く利用されています。

※6 定量PCR
 PCRによるDNA増幅を蛍光シグナル量の変化としてリアルタイムに測定し、試料中に含まれる特定のDNA配列や遺伝子を定量する手法です。微量のDNAでも高感度に検出できるため、微生物の存在量や遺伝子発現量の解析などに広く利用されています。なお、qPCR(quantitative PCR)として表記されることがあります。

6. 関連情報

7. 研究助成

 本研究はJSPS科研費 (JP21H02273、JP24K09042)の支援により実施されました。

本件に関するお問い合わせ先

甲南学園広報部

住所
兵庫県神戸市東灘区岡本8-9-1
TEL
078-435-2314
E-mail
kouhou@adm.konan-u.ac.jp

添付資料