バルセロナ、アトランタのメダリスト・有森裕子さんが実践女子大学で特別授業 — コロナ禍に負けるな!大学生・アスリートに応援メッセージ — 6月23日(火)に渋谷キャンパスで
企業連携授業は、2~3年生が対象のキャリア教育科目「国際理解とキャリア形成」の一環として行われ、有森さんが自らの経験にもとづき「五輪の楽しさ、すばらしさを学生に伝える」をテーマに進行します。このうち、藤山健二(ふじやま・けんじ)編集委員との対談では、
(1) 「自分で自分をほめたい」というあの名言が生まれた背景
(2) アスリートにとり、東京2020の1年延期というのは、どういう意味をもつのか
(3) これからの大学生へのメッセージ
などの話題提供が用意されています。
〈実施内容〉
・実施日:
(受付開始 午後1:00)
・場所:
〒150-8538 東京都渋谷区東1-1-49
・内容:
今年度受講者数23人 5チーム
・取材:
※なお、本学では新型コロナウイルスの感染拡大防止の対策を取ってキャンパス内の消毒や、3密を避ける対策を講じておりますので、ご理解とご協力をお願いいたします。
■真のオリンピック・パラリンピックの魅力とは
本授業を担当している実践女子大学文学部国文学科の深澤晶久(ふかざわ・あきひさ)教授(キャリア教育)の話
深澤教授は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を文化・教育面からサポートする同組織委員会の文化・教育委員を2015年から務めています。
(補足) 有森裕子さん
【プロフィール】
1992年バルセロナで銀、1996年アトランタで銅と2大会連続でメダルを獲得。とりわけ、バルセロナの銀は、1928年アムステルダムで人見絹枝選手が女子800mで銀メダルを獲得して以来、64年ぶりに日本女子陸上界に五輪メダルをもたらす快挙でした。またアトランタのゴール後のインタビューで「メダルの色は、銅かもしれませんけれども…、初めて自分で自分をほめたいと思います」と語った姿は、あまりにも有名です。
2007年2月18日、日本初の大規模市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。競技生活にピリオドを打って以降は、国内外のマラソン大会やスポーツイベントに参加する一方、「スポーツを通じて希望と勇気をわかち合う」をモットーに認定NPO法人「ハート・オブ・ゴールド」の代表理事として、また、スペシャルオリンピックス日本理事長として、グローバル規模で社会活動に取り組んでいます。
この間、2007年3月に日本陸上競技連盟の理事に就任。また、2016年の東京オリンピック招致に際してはアンバサダーも務めました。国連人口基金親善大使として世界各地を訪れる経験も重ね、貧しい国に対する支援の大切さも訴え続けています。
【経歴】
1966年12月17日 岡山市生まれ
1985年 就実高校卒業
1989年 日本体育大学卒業 リクルート入社
1991年 大阪国際女子マラソンで、2時間28分01秒と当時の日本最高記録を樹立
1992年 バルセロナオリンピックで銀メダル
1996年 アトランタオリンピックで銅メダル
1998年 認定NPO法人「ハート・オブ・ゴールド」設立 代表就任
2002年 国連人口基金 親善大使就任。株式会社RIGHTS. 設立 (現 株式会社アニモ所属)
2007年 「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。
2010年 国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞。 同12月カンボジア王国では国王陛下より、ロイヤル・モニサラポン勲章大十字を受章
【信条・好きな言葉】
「自分には人より秀でたものは何もない」という思いを原点に、必死に頑張り、何かをつかもうと生きてきた有森さんの信条は「世の中にたった一人しかいない自分の生き方にこだわること」「二度とやってこない一瞬一瞬を精一杯生きること」。
講演ではよく「よろこびを力に…」というテーマで話をされます。目標に向かって懸命に取り組み、達成する喜びを感じること。最後まで諦めずにやることに大きな意味があることを、身をもって感じて欲しいと彼女は説きます。そのためには、全ての行動は「思い」から始まり、「思い続ければ夢はかなう」と訴えます。
コロナ禍で頑張る機会すら奪われたアスリート、キャンパスで学ぶ機会すら奪われた大学生は、毎日の不安な思いにどう向き合えばいいのでしょうか。彼女のメッセージが待たれます。
学校法人 実践女子学園
経営企画部広報課
(お願い) 取材いただける場合は、前日22日(月)午後5時までに上記広報課に電話かメールにてご連絡いただけると甚幸に存じます。
本件に関するお問い合わせ先
谷津
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