1958~2025年(過去68年)の東大合格者数「高校ランキング」ベスト10の推移
1960年代は、いわゆる「都立高全盛時代」でした。戦前の一中(旧制東京府立第一中学)から一高(旧制第一高校)、そして東大(当時は東京帝国大学)へと続くエリートコースは、戦後には番町小、麹町中、日比谷高校、東大へと形を変え、日比谷をはじめとする都立高校が上位を独占していました。いわば「公立優位」の時代が続いていたのです。
この状況が大きく崩れたきっかけが、都立高校に導入された学校群制度(1982年以降はグループ合同選抜)でした。この制度は、受験できる高校を制限し、特定の高校に優秀な受験生が集中するのを防ぐことを目的としたものです。
東京都は教育を福祉と位置づけ、都立高校の学費を抑制してきたため、結果として私立高校との格差が広がり、都立高校の人気が高まりました。しかし、トップ校があれば必ず格差も生じ、教員も進学実績の高い学校に行きたがるようになります。そこで、同じ税金で運営される高校を、より公平な条件にしたいという観点から、この制度が考え出されたわけです。しかし、その結果、都立高校の進学実績がこれほどまでに低下するとは、当時はほとんど想定されていませんでした。
その影響は、学校群制度による卒業生が初めて出た1970年にはっきりと表れます。日比谷高校は5位へと急落し、その後はベスト10から姿を消しました。都立高校全体で見ても、1978年から2017年までの間に、ベスト10に入った学校は一校もありません。
代わって、上位に進出してきたのが私立や国立の6カ年一貫教育校です。学校群制度が私立校にとって追い風となったことは疑う余地がありません。特に、2025年まで44年連続でトップの開成は、制度導入前の1969年には61人の合格者でしたが、1970年には86人へと大きく増加し、その後、ベスト10に定着しました。
都立高校の制度改革を背景に進学実績を伸ばしてきた私立校ですが、さらに追い風となったのがカリキュラム改革です。
2002年の学習指導要領では、学習内容が約3割削減されました。この改定をきっかけに、学力低下への不安を抱く保護者が増え、公教育への不信感が高まり、空前の私立中高人気につながりました。学習指導要領の改定はおおむね10年ごとに行われていますが、そのたびに私立校が東大合格者数を増やしてきたと見ることもできます。
1990年には、東大合格者全体に占める私立校出身者の合計が、初めて公立校出身者の合計を上回りました。それ以降、この構図は変わっていません。東大進学における私立校優位の状況は、今後も続いていく可能性が高いといえるでしょう。本稿では、1958年から2025年までの過去68年間の東大合格者ランキングベスト10を紹介します(画像をクリックすると拡大します)。




