【玉川大学農学部】“動かない”進化の代償? ~死んだふりをする甲虫が示すパーキンソン病との共通点~ 佐々木謙教授による岡山大学・東京情報大学・東京農業大学との共同研究の成果
◆発表のポイント
・パーキンソン病は、脳内のドーパミン作動性ニューロンの機能低下によって運動障害を引き起こす進行性の神経変性疾患であり、いまだ根本的な治療法は確立されていません。
・本研究では、「死んだふり(擬死)」を長く続ける甲虫の系統を人為的に作り出し、その生理的・遺伝的特徴を解析しました。擬死行動が長い系統では、脳内ドーパミン量の低下、運動活動の異常、ドーパミン合成やチロシン代謝に関わる遺伝子の発現変化が確認され、これらはヒトのパーキンソン病にみられる特徴と共通していました。
・さらに、ヒトのドーパミン作動性経路に関与する遺伝子とのDNA配列比較により、擬死行動が長い系統に多数の変異が見つかり、行動進化と神経変性疾患を結びつける分子基盤の存在が示唆されました。本研究成果は、昆虫というシンプルなモデルを用いてパーキンソン病の発症メカニズムを理解し、新たな治療戦略の基盤を築く可能性を示しています。
岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域の宮竹貴久教授は、東京情報大学の田中啓介准教授、玉川大学農学部の佐々木謙教授、東京農業大学生物資源ゲノム解析センターの矢嶋俊介教授と、育種の結果として「死んだふり(擬死)」を長く続けるコクヌストモドキ(Tribolium castaneum)の系統と、ヒトのパーキンソン病に関連するドーパミン作動性経路に関与する遺伝子とのDNA配列比較を行いました。
これまで、死んだふりを長く続ける系統では、脳内ドーパミン発現量が低く、歩行活動異常が認められ、ドーパミンを注射することで運動能力が回復するという、パーキンソン症候群との類似性が認められていました。今回のヒトのドーパミン作動性経路に関与する遺伝子とのDNA配列比較により、擬死時間の長い系統に多数の変異が見つかり、行動進化と神経変性疾患を結びつける分子基盤の存在が示唆されました。
この研究成果は3月17日午後7時(日本時間)、Springer Natureの刊行する『Scientific Reports』にオンライン掲載されました。

■宮竹教授のコメント
1997年以来、死んだふり行動の謎について調べ続けました。長い時間死んだふりをする系統は普段からあまり動かないことに気づき、それが脳内に発現するドーパミン欠乏によることを共同研究者とともに突き止めて、研究を進めるうちパーキンソン症候群とのつながりが見えてきました。人の暮らしに何の役にも立ちそうにない「死んだふり」の研究がヒトの疾患との関係にまで発展しました。基礎研究の大切さを示しています。
■発表内容
<現 状>
生物は天敵の攻撃から逃れるため、さまざまな生存戦略を進化させてきました。そのなかの一つに「死んだふり(擬死)」があります。私たちの研究グループは、2004年に死んだふりが適応的であることを発表 1)して以来、死んだふりの研究では、常に世界のトップランナーとして走り続けてきました。2009年には死んだふりを制御する遺伝子群の探索に成功しました 2)。死んだふりをする系統としない系統の全ゲノムを次世代シークエンサーで解析したところ、ドーパミン関連遺伝子が主に死んだふりに関与していることを明らかにしました。
2000年以来、コクヌストモドキ(甲虫)という貯穀害虫を材料に、死んだふり持続時間の長短に対して、育種を行ってきました。その結果、死んだふりを長く続けるロング系統では天敵からうまく回避できる一方 1)、脳内で発現するドーパミンの放出量が少なく 2)、歩行行動に異常が認められ 3)、ドーパミンを投与すると擬死時間が短くなる 4) ことがわかりました。これらは、ヒトのパーキンソン症候群に見られる状態とよく似ていました。そこで、私たちは育種の結果、死んだふり時間が短くなったショート系統と長くなったロング系統のDNA配列を、ヒトのパーキンソン病(PD)に関与する遺伝子と比較解析しました。
<研究成果の内容>
ゲノム解析の結果、ロング系統では、ショート系統と比べて、ヒトのPD関連遺伝子に対応する変異が多く検出されました。本研究および私たちの先行研究の結果を総合すると、捕食回避行動における意思決定には、ドーパミンを含むチロシン代謝系のみならず、多様な代謝経路および関連遺伝子がネットワークとして関与している可能性が示唆されます。擬死時間の長いロング系統では、強直性不動行動やドーパミン作動性シグナル伝達と関連する分子経路に変化が認められました。これらの経路に関連する遺伝子群の変異や発現変動はヒトのPDとの関連が報告されているものです。
本研究は、擬死行動(死んだふり)を長時間行うコクヌストモドキの系統において、脳内のドーパミン量が低下していることを示しました。このドーパミン欠乏は、ヒトのPDで見られる状態とよく似ています。本研究は、捕食回避という動物の生存戦略が、運動障害に関与するドーパミン量の変化を介して、パーキンソニズム様の表現型と密接に結びついていることを初めて示した研究です。

<社会的な意義>
今回得られた結果は、昆虫における行動形質に対する人為選択が、ドーパミン作動性神経系に関わる遺伝的変異を間接的に蓄積し得ることを示唆しています。
本研究は、進化生物学的視点からPDの分子基盤を理解する新たなモデルを提供するものであり、ヒトの神経変性疾患研究への応用の可能性が期待されます。
■論文情報等
・論文名:Tribolium castaneum with longer duration of tonic immobility have more variations corresponding to the human Parkinson’s disease genomic region
・邦題名「死んだふり持続時間が長いコクヌストモドキ系統では、ヒトのパーキンソン病関連ゲノム領域に対応する変異が多く検出された」
・掲載誌:Scientific Reports
・著者:Keisuke Tanaka, Ken Sasaki, Shunsuke Yajima, Takahisa Miyatake
・DOI:10.1038/s41598-026-40050-3
■関連論文
1)Miyatake, T. et al., Is death-feigning adaptive? Heritable variation in fitness difference of death-feigning behaviour. Proceedings of the Royal Society London B 271, 2293-2296 (2004).
2)Miyatake, T., et al. Pleiotropic anti-predator strategies, fleeing and feigning death, correlated with dopamine levels in Tribolium castaneum. Animal Behaviour 75, 113-121(2008).
3)Maekawa, T….Miyatake T., et al. Deep learning-assisted comparative analysis of animal trajectories with DeepHL. Nature Communications, 11, 5316 (2020).
4)Nishi, Y., Sasaki, K., Miyatake, T. Biogenic amines, caffeine and tonic immobility in Tribolium castaneum. Journal of Insect Physiology 56, 622-628 (2010).
■研究資金
本研究は科研費基盤研究B「ゲノム行動生態学:「生物の動き」を制御する遺伝子と個体の適応度及び集団への影響:課題番号23K21343」および基盤研究C「「動く・動かない」という生物の行動変異をもたらす選択圧の生態学的解明:課題番号25K09771」、東京農業大学生物資源ゲノム解析センターの「生物資源ゲノム解析拠点」の支援を受けて実施しました。
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