【東京医科大学】アセロラ由来ナノ小胞を用いた脳へのCRISPR/Cas9遺伝子編集技術を開発~鼻から投与する新しい中枢神経系遺伝子治療の可能性 〜
東京医科大学(学長:宮澤啓介/東京都新宿区)の医学科6年 永松由衣、分子病理学分野 梅津知宏 講師、黒田雅彦 主任教授らの研究チームは、AMEDの創薬研究開発プログラムの支援を得てアセロラ由来のエクソソーム様ナノ小胞(acerola-derived exosome-like nanovesicles:AELNs*)を用いた CRISPR/Cas9 ゲノム編集因子の脳内送達技術を開発しました。
本研究では、鼻腔投与により脳内の神経細胞で遺伝子編集を実現し、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や前頭側頭型認知症(FTD)の原因遺伝子 C9orf72* の編集に成功しました。
この成果は、中枢神経系疾患に対する 非侵襲的な遺伝子治療技術としての応用が期待されます。本研究成果は、米国遺伝子細胞治療学会(ASGCT:American Society of Gene & Cell Therapy)の学会誌であるMolecular Therapy Nucleic Acids(Impact Factor: 6.1)に掲載されました。
【本研究のポイント】
・植物(アセロラ)由来ナノ小胞を利用した新しい遺伝子送達システムを開発
・ CRISPR/Cas9タンパク質複合体(RNP)を効率よく搭載
・ 神経細胞標的化のためGLP2ペプチドを導入
・ 鼻から投与するだけで脳内遺伝子編集に成功
・ ALSなど神経変性疾患の新しい治療法につながる可能性
【研究の背景】
筋萎縮性側索硬化症(ALS)や前頭側頭型認知症(FTD)の原因の一つとして、C9orf72遺伝子内の異常な繰り返し配列が知られています。この変異は、CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集により修復できる可能性があります。しかし、脳を対象とした治療には以下のような大きな課題があります。
1.血液脳関門(BBB)が薬剤の脳内への移行を阻害すること、
2.ウイルスベクターには安全性や免疫反応の問題があること、
3.ヒト由来の細胞外小胞(EVs)は大量生産が難しいこと、
などです。これらの問題を解決する新しい遺伝子送達技術の開発が求められていました。
そこで研究グループは、食経験があるアセロラ果汁に含まれるAELNsに注目しました。これまでの研究チームの先行研究から、AELNsは大量調製が可能で生体適合性が高く、ナノサイズで細胞に取り込まれやすいことが知られています。本研究では、Cas9タンパク質とガイドRNAからなるRNP複合体をAELNsに搭載し、さらに神経細胞への標的化を高めるためにGLP2ペプチドを付加しました。そして、鼻腔投与による脳への送達を検証した結果、脳内神経細胞においてC9orf72遺伝子の編集が起こることを確認しました。
【本研究で得られた結果・知見】
本研究は、植物由来ナノ小胞を利用してCRISPR/Cas9ゲノム編集因子を鼻腔投与により脳へ送達し、生体内の神経細胞で遺伝子編集を実証した世界初の研究です。
これまで、ゲノム編集技術の医療応用は主に ex vivo(体外で細胞を操作して体内へ戻す方法)での利用が中心とされてきました。しかし、ex vivoによるゲノム編集では適用可能な疾患が限られるという課題があります。その背景には、特に CRISPR/Cas9 のドラッグデリバリーシステム(DDS) の確立が難しいという問題があります。
そこで本研究では、アセロラ由来エクソソーム様ナノ小胞(AELNs) を利用した新しい CRISPR/Cas9送達システム を構築しました。AELNsは、Cas9タンパク質とガイドRNAからなる CRISPR/Cas9リボヌクレオプロテイン(RNP)複合体 を安定的に搭載できることが確認され、植物由来ナノ小胞を用いた遺伝子編集因子の送達手法として有効であることが示されました。
さらに、神経細胞への標的化を高めるために GLP2ペプチド を導入した AELN/RNP複合体 を作製したところ、GLP2受容体を発現する神経細胞への取り込み効率が向上することが確認されました。また、この複合体を鼻腔内に投与することで、遺伝子編集因子が 血液脳関門(BBB)を回避して脳内へ到達する ことが示されました。これらの結果は、植物由来ナノ小胞を利用した 中枢神経系へのゲノム編集因子送達の可能性 を示すものです。
【今後の研究展開および波及効果】
本研究では、アセロラ由来エクソソーム様ナノ小胞(AELNs)を利用したCRISPR/Cas9リボヌクレオプロテイン(RNP)の新しい送達システムを構築し、鼻腔投与によって脳内で遺伝子編集を誘導できる可能性を示しました。今後は、本送達システムの脳内への移行効率や標的細胞への選択性をさらに向上させるとともに、安全性や長期的影響について詳細な検証を進める必要があります。
また、本研究で標的としたC9orf72遺伝子は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)および前頭側頭型認知症(FTD)の主要な原因遺伝子の一つです。そのため、本技術を用いた疾患モデル動物での治療効果の検証を進めることで、神経変性疾患に対する新しい遺伝子治療法の開発につながることが期待されます。さらに、植物由来ナノ小胞を基盤とした本送達技術は、中枢神経系疾患だけでなく、さまざまな遺伝子治療や核酸医薬の送達プラットフォームとしての応用も期待されます。
【用語の解説】
*AELNs:本研究チームが開発したアセロラ(Malpighia emarginata)などの植物から分離されるナノサイズの細胞外小胞様粒子(Umezu T ,Kuroda M et al. Acerola exosome-like nanovesicles to systemically deliver nucleic acid medicine via oral administration, Molecular Therapy Methods & Clinical Development, 21, 199-208,2021)
**CRISPR/Cas9: 特定のDNA配列を狙って切断することで遺伝子を改変できるゲノム編集技術。ガイドRNAが標的のDNA配列を見つけ、Cas9という酵素がそのDNAを切断することで、遺伝子の改変や修復を行うことができる。
***C9ORF72: ヒト9番染色体に存在する遺伝子で、六塩基配列(GGGGCC)の繰り返し配列が異常に増加する変異が、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や前頭側頭型認知症(FTD)の発症と強く関連することが知られている。これらの神経変性疾患の主要な原因遺伝子の一つである。
【論文情報】
タイトル:Exosome-like Nanovesicles from Acerola for CRISPR/Cas9 Ribonucleoprotein Delivery to the Central Nervous System
著 者:Yui Nagamatsu, Tomohiro Umezu, Taehun Hong, Takahide Nijima, Shin-ichiro Ohno, Yuichirou Harada, Mamoru Yanagimachi, Takahiro Ochiya, Masahiko Kuroda*(*:責任著者)
掲載誌名:Molecular Therapy Nucleic Acid
DOI:https://doi.org/10.1016/j.omtn.2026.102896
【主な競争的研究資金】
日本医療研究開発機構(AMED) 橋渡し研究プログラムシーズB (26ym0126183h0001)
本件に関するお問い合わせ先
企画部 広報・社会連携推進室
- 住所
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