関西学院大学アメリカンフットボール部ファイターズ 新監督に大村和輝コーチ ~ 鳥内秀晃監督は勇退
1月22日に臨んだ記者会見では、「鳥内さんからバトンを受け、チームの伝統や文化をしっかり背負って、新しいことにどんどんチャレンジし、チームを進化させられるようにやっていきたいと思います」とあいさつ。理想としているチーム像としては「勝つべくして勝つチームになること」と言い、「フットボールだけじゃなく、学生の成長、指導者の成長も必要です。いろんなことが合わさらないとできない。今年のチームは勝つべくして勝ったなというような試合をしてみたい」と語りました。
退任する鳥内監督は1958年生まれ。1978年に関西学院大学文学部に入学し、ファイターズでは1年生の秋から試合に出場、副将を務めた4年時には守備のリーダーとして活躍しました。卒業と同時に米国にコーチ留学し、南オレゴン州立大学(82~84年、※現在の南オレゴン大学)とUCLA(85年)で学びました。帰国後、86年からアシスタントヘッドコーチ兼守備コーディネーターとしてファイターズを指導し、92年、監督に就任。16年には世界大学選手権で日本代表チームも率いました。2019年12月には著書「どんな男になんねん」(ベースボール・マガジン社)が出版されました。
1月8日に臨んだ記者会見では、「入部してから40年ですか。人生の3分の2を過ごしてますからね。人生みたいなもんですね」と振り返りました。そのうえで、一番うれしかったことはライスボウルでの勝利(2002年)をあげました。「なかなか勝ってなかった。1回だけですけど、やっと勝てた」。悔いが残るシーズンを聞かれると、「負けた年は悔いが残るんです。一番は、(甲子園ボウルに)4年間出られなかった(2005年の)4年生に申し訳ないことしたなというのがあります」。
一方、辛かったこととして、2003年に合宿の練習中に部員が亡くなったことをあげました。「ひとさまの大事な子どもを守ってあげられなかった」と話し、それ以来、「安全第一。人の命が大事やと、クラブ自体が変わりました。指導者がみな変わりました」と、指導方法が大きく転換したことを紹介しました。
また、この時期に退任することについては、「ファイターズには永遠に、日本のフットボール界を引っ張っていってほしいと思う中で、このままやっててもダメ、若い子に引き継いでいかないと。自分自身、ちょっと長すぎた。下が育ってきたし、そろそろええんちゃうかな、ということ」と説明しました。
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