【玉川大学農学部生産農学科 共同研究成果】ヒトの7倍の巨大ゲノムを解読 ― イベリアトゲイモリが示す発生・再生・進化・行動の謎 ―
1. 反復配列の多さからこれまで解読が困難であった200億塩基というヒトの7倍の大きさを持つイベリアトゲイモリ近交系統のゲノム配列の解読に成功しました。トランスポゾンなどの反復配列により巨大化したゲノムの構成を明らかにしました。
・脊椎動物の体作りに重要な遺伝子のいくつかが失われていた
・イモリの繁殖行動に適したフェロモン関連遺伝子の進化
・遺伝子発現を調節するエンハンサー配列が遠く離されても機能している
・四肢再生能力に関わる可能性のあるゲノム配列の発見
【研究の背景】
有尾両生類であるイモリは、身近でありながらユニークな特徴を備えた、生物学研究にとって重要な動物の一つです。そのため、古くから発生の仕組みや繁殖行動の謎などを解き明かす研究に貢献してきました。特に、失われたり傷ついたりした組織や器官を元通りに修復する非常に高い器官再生能力を持っており、再生医学の研究対象にもなっています。
【研究の成果】
今回、イベリアトゲイモリを用いて研究を行う国内グループ(イベリアトゲイモリ研究コンソーシアム)を中心として、近交系統イベリアトゲイモリのゲノム解読に成功しました。これは、高精度なロングリードシークエンス技術#5 の急速な発展により、当初の技術的な問題点を克服できたためです。
1)巨大ゲノムの大部分を占める反復配列
イベリアトゲイモリのゲノム巨大化に関与する反復配列の種類と割合が明らかになりました。イモリのゲノムの約7割が反復配列で占められており、そのほとんどが「トランスポゾン」というゲノム中を動き回る配列でした。反復配列の種類と割合は、巨大ゲノムを持つアホロートルやハイギョとは異なり、ゲノムの巨大化の過程が生物によって異なることがわかりました。また反復配列により、遺伝子のエキソン間、遺伝子間の距離#6、そして遺伝子の転写制御を行うゲノム配列(エンハンサー)と遺伝子間の距離も非常に大きく離れることが分かりました(詳しくは4)のShh遺伝子を参照)。
2)有尾両生類の形態形成遺伝子
脊椎動物の体の形作りに欠かせない形態形成遺伝子#7 のいくつかが、有尾両生類において失われている可能性が高いこともわかりました。
アカハライモリから発見されたメス誘引フェロモンであるソデフリン#8 は、前駆体が切断されて10アミノ酸ほどの短いタンパク質(ペプチド)として機能します。今回の研究でイベリアトゲイモリにおいては前駆体が切断されず、そのままでフェロモンとして機能している可能性が示唆されました。このことは、アカハライモリのオスは尻尾を振ってフェロモンを遠くに拡散させてメスを呼び込むのに対し、イベリアトゲイモリのオスはメスを羽交締めするという、繁殖行動の違いに深く関連しているようです。 4)巨大ゲノムにおける遺伝子の転写制御
四肢(手足)形成に重要なソニックヘッジホッグ遺伝子(Shh)の転写調節領域(エンハンサー)#9 は、他の脊椎動物では100万塩基対も遠く離れて機能していることが知られています。有尾両生類ではゲノムの巨大化によってShh遺伝子とエンハンサー間が約500万塩基対も離れているにもかかわらず、正常に機能して四肢が作られることが証明されました。また、この超長距離間で遺伝子発現を正確にオンにするための特殊な配列が存在します。イベリアトゲイモリにおいてゲノム編集#10 を用いてこの配列の一つに変異を入れると、四肢発生は正常であるが四肢再生には異常が現れることが判明しました。これは、この配列が再生にも関与している可能性があることを示唆しています。 【今後の展開】
今回のゲノム解読によって、イモリのゲノム巨大化、発生、再生など様々な謎を解き明かしてきました。巨大ゲノムにおける遺伝子の転写や翻訳、さらには両生類の進化や行動の多様性を知るうえでの重要な情報となります。特にイベリアトゲイモリを用いた再生能力の研究がより広く深く展開されることで、再生医療分野への大きな貢献が期待されます。イベリアトゲイモリはゲノム編集効率が非常に高く、日本で樹立された近交系統イモリリソースを併せることで、イモリを用いた器官再生研究がより加速することが期待されます。
#1 イベリアトゲイモリ
イベリア半島原産のイモリの一種で学名はPleurodeles waltl。飼育が容易で、一年以内に性成熟(卵や精子を作ることができる成体になること)し、ホルモン注射により一年中受精卵を得ることが可能な動物です。広島大学両生類研究センターのナショナルバイオリソースプロジェクトにて維持管理されています。
#2 野生型イベリアトゲイモリゲノム解読
スウェーデンのKarolinska研究所やドイツのMaxPlank-CBG研究所を中心とした国際共同研究グループに、
#3 反復配列
ゲノムに存在する反復配列の一種にトランスポゾンがあります。トランスポゾンは自身の配列をゲノム上の別の場所に移動やコピーすることで増えていきます。この反復配列が遺伝子の中(イントロンの中)や遺伝子と遺伝子の間で大量に蓄積された結果、イモリやアホロートル、ハイギョのゲノムは巨大化したと考えられています。
#4 ゲノムサイズ
ゲノムサイズとは、生物が持つ1セットの染色体に含まれるDNAの総量のことで、塩基対数(bp)で表します。ヒトのゲノムサイズは約30億(3G; ギガ)塩基対です。マウスは約2.7G、ニワトリは約1Gとヒトと比べて小さい一方、アホロートル(メキシコサンショウウオ)は32G、ハイギョでは40G(400億)と、脊椎動物間でも多様なサイズが存在します。
#5 高精度ロングリードシークエンス技術
PacBio社が開発したHiFiリード技術は、ゲノムDNA配列断片を長く正確に配列決定する技術の一つです。この技術によって、反復配列を含む長いゲノムDNA断片も正確に配列を決定できるようになりました。その結果、例えるとピースの大きなパズルを組むように、コンピューター上で大量のシークエンスした断片の配列を繋げる(アセンブルという)ことも容易になりました。
#6 遺伝子(エクソンとイントロン)と転写
タンパク質に翻訳される配列(エクソン)と、そうではない配列(イントロン)があります。ゲノム上の遺伝子は、このエクソンとイントロンが交互に並んでつながって一つの単位(遺伝子)となります。この遺伝子の配列からmRNAが合成されることを転写といい、このときエクソンとイントロンの両方が一本のmRNAとして転写されます。その後、不要なイントロンは取り除かれ、エクソンだけがつなぎ合わされて、タンパク質として翻訳されます。
#7 形態形成遺伝子
形態形成とは、生物個体の発生過程で体の組織や器官(手足や肺や脳など)が形成される現象のことです。形態形成において特定の機能や役割を果たす形態形成遺伝子の異常は、組織や器官の形成不全、機能不全、疾患、腫瘍の原因となります。形態形成遺伝子の有名な例としてはHox、BMP、MyoD、Shh遺伝子などがあります。
#8 ソデフリン
日本の菊山榮博士らがアカハライモリから発見した、オスがメスを惹きつけるフェロモンです。ソデフリンは、アカハライモリでは短いペプチド(10アミノ酸)としてオスの総排泄腔から放出され、尻尾を振って水中で拡散させることによりメスを呼び込みます。その行動が萬葉和歌にうたわれた袖を振る姿に似ていることから、ソデフリンと名付けられました。
#9 Shh(ソニックヘッジホッグ)遺伝子と遺伝子の転写
動物の様々な組織や器官の形成に必須の有名な形態形成遺伝子の一つです。また、転写調節領(エンハンサー)とは、遺伝子発現(転写、mRNA合成)を適切にオンオフするために必要なゲノム配列のことです。
CRISPR/Cas9に代表される人工DNA切断酵素によってゲノムDNAにDNA二本鎖切断を誘導した際に、その修復過程において標的遺伝子への欠失や挿入変異を挿入し、遺伝子の機能を破壊したり改変したりする技術のことです。 【論文情報】
・掲載雑誌名:iScience (Cell Press)
・掲載日:2025年9月9日
・DOI: https://doi.org/10.1016/j.isci.2025.113535
・タイトル:”The inbred newt genome unveils molecular mechanisms of behavior, development, and regeneration in urodele amphibians”
・著者:Yuki Kimura1†, Miyuki Suzuki2†, Akinori Okumura3†, Masatoshi Matsunami4†, Hiroyo Nishide3†, Rima Mizuno5, Kazuto Bou5, Yoshinobu Uno6, Tomoaki Nakada7, Itaru Hasunuma8, Yoshikazu Haramoto9, Akimasa Fukui10, Takeshi Inoue11, Yuki Sato12, Katsushi Yamaguchi3, Zicong Zhang13, Akane Chihara3, Mai Takehara14, Yuki Shibata15, Masaaki Kitada12, Nerea Moreno16, Ikuo Uchiyama3, Yutaka Suzuki17, Takashi Takeuchi11, Masato Nikaido1, Kiyokazu Agata3, Atsushi Toyoda18, Shuji Shigenobu3, Toshinori Hayashi14*, Ken-ichi T Suzuki3*
・所属:
1. 東京科学大学(旧・東京工業大学): †木村優希・二階堂雅人
2. カリフォルニア工科大学(元・基礎生物学研究所):†#鈴木美有紀
3. 基礎生物学研究所(5.総合研究大学院大学):–
†奥村晃成・†#西出浩世・水野莉万・保和人・#山口勝司・千原あかね
6. 徳島大学:宇野好宣
7. 日本獣医生命科学大学:中田友明
8. 東邦大学:蓮沼至
9. 玉川大学:#原本悦和
10. 中央大学:#福井彰雅
11. 鳥取大学:#井上武・#竹内隆
12. 関西医科大学:佐藤勇輝・北田容章
13. 京都大学:Zicong Zhang
14. 広島大学:竹原舞・*#林利憲
15. 日本医科大学(元・基礎生物学研究所):柴田侑毅
16. マドリード・コンプルテンセ大学:Nerea Moreno
17. 東京大学(先進ゲノム支援):鈴木穣
18. 国立遺伝学研究所(先進ゲノム支援):豊田敦
†は筆頭著者五名、*は共同責任著者、#はイベリアトゲイモリ研究コンソーシアム
【研究グループ】
本研究は基礎生物学研究所 超階層生物学センター 新規モデル生物開発室の鈴木賢一と広島大学 両生類研究センターの林利憲がプロジェクト責任者として、基礎生物学研究所 超階層生物学センター トランスオミクス解析室の重信秀治らと国立遺伝学研究所(先進ゲノム支援)の豊田敦らの協力によりゲノムシークエンスとアセンブルを行いました。
【研究サポート】
本研究は、基礎生物学研究所 新規モデル生物共同利用研究、文部科学省 科学研究費助成事業 学術変革領域研究 学術研究支援基盤形成(先進ゲノム支援 [PAGS])、日本学術振興会 科学研究費助成事業、国立研究開発法人科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業 (JST-CREST)、文部科学省 ナショナルバイオリソースプロジェクトをはじめとする関係機関のご支援のもとに行われました。
本件に関するお問い合わせ先
学校法人玉川学園 教育情報・企画部広報課
- 住所
- 東京都町田市玉川学園6-1-1
- TEL
- 042-739-8710
- FAX
- 042-739-8723
- pr@tamagawa.ac.jp