東京医科大学

東京医科大学分子病理学分野黒田雅彦主任教授・金蔵孝介講師らの共同研究グループが、「筋萎縮性側索硬化症(ALS)原因蛋白の毒性メカニズムを解明 ~ALSに対する治療法開発への応用に期待~」

大学ニュース  /  先端研究

  • ★Facebook
  • ★Twitter
  • ★Google+
  • ★Hatena::Bookmark

東京医科大学(学長:林由起子/東京都新宿区)分子病理学分野の黒田雅彦主任教授と金蔵孝介講師、同大医学総合研究所低侵襲医療開発総合センター杉本昌弘教授、がん研究会がんプレシジョン医療研究センター植田幸嗣プロジェクトリーダー、国立成育医療研究センター分子内分泌研究部鳴海覚志室長、東京工業大学(学長:益一哉/東京都目黒区)物質理工学院の早水裕平准教授と博士後期課程Chen Chen大学院生らの研究グループは、ALSの主要な原因遺伝子である変異型C9orf72遺伝子から産生されるジペプチドが液液相分離を促進することで種々の蛋白を捕獲し機能を抑制することで細胞毒性を持つ機構を示しました。

 ALSは人工呼吸器を着けなければ診断後平均生存期間が2-5年の難病で有効な治療法が十分に確立されていません。今回の研究結果は、家族性ALSの4割を占める変異型C9orf72によるALSの発症機構解明に繋がるものと期待されます。
 この研究成果は、「Journal of Cell Biology」(IF=10.539)のオンライン版に掲載されました(現地時間2021年9月9日公開)。

【本研究のポイント】
●C9orf72遺伝子から産生されるプロリンとアルギニンが交互に並ぶジペプチド(ポリPR)は蛋白翻訳を抑制しますが、プロリンとアルギニンの順序を入れ替えることで毒性がなくなることを発見しました。
●定量的プロテオーム解析とその後のデータ解析により、交互にアルギニンを持つポリPRはグルタミン酸やアスパラギン酸といった酸性アミノ酸を多く含む蛋白質と相互作用しやすいことを確認しました。
●プロリンがアルギニンの間に入ると、結合エネルギー的には不利であるものの、1つの分子が多数の分子と結合する多価結合が促進され、液液相分離に適していることを発見しました。
●ポリPRがなぜ毒性を持つのかは不明でしたが、本研究により酸性分子と液液相分離することにより、生命維持に必要な分子の機能を抑制して毒性を発揮する可能性が示唆されました。

【研究の背景】
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は進行性に運動神経細胞が変性し、身体の自由が効かなくなる神経難病です。人工呼吸器を着けない場合、診断後の平均生存期間は2-5年と短く、また治療薬もリルゾールやエダラボンなどが臨床現場で使用されていますが、原因の解明と根本的治療法の開発が望まれています。
 C9orf72遺伝子は2011年に発見されたALSおよび前頭側頭葉型認知症の原因遺伝子で、家族歴を持つALS患者の4割が同遺伝子の変異を持つとされています。ALS患者で見られる変異は全て同じタイプであり、イントロン1に含まれる(GGGGCC)の6塩基繰り返し配列が異常に伸長する変異が見られます。(GGGGCC)配列延長により、なぜALSが起こるかの詳細は未だ不明ですが、リピート長依存性開始コドン非依存性翻訳と呼ばれる特殊な蛋白翻訳機構によりポリPR(プロリンとアルギニンの繰り返し配列)を含むジペプチドが産生され、これらのペプチドが毒性を持つことから、ALSの発症に繋がると考えられるようになってきました。しかし、なぜポリPRという単純な構造を持つペプチドが毒性を獲得するかは不明のままでした。そこで本研究では、なぜポリPRが細胞毒性を獲得するのかの分子機構を解明し、ALS治療法開発へ繋がる研究を目指しました。

【本研究で得られた結果・知見】
(i)ポリPRの毒性はアルギニンの位置に依存することを発見 (図1)
 無細胞翻訳系およびヒト培養細胞を用いた解析により、プロリンとアルギニンが交互に存在する場合は蛋白翻訳を抑制しますが、プロリンとアルギニンを連続させた構造では翻訳抑制効果が失われることを発見しました。またポリPRが結合し、機能を阻害することが知られている核小体蛋白質NPM1への作用もアルギニンの位置に依存することを明らかにしました。すなわち、ポリPRの毒性はペプチド内のアルギニンが交互に位置することで発生することが分かりました。

(ii)定量的プロテオミクス(注1)とその後のデータ解析によりポリPRは酸性アミノ酸を含む蛋白質と液液相分離(注2)を介して結合していることを解明
 アルギニンが交互に位置することでなぜ毒性を獲得するのかを明らかにするために、ポリ(PR)と結合してくる蛋白質を、種類と量の両方を測定できる定量的プロテオミクス法により解析しました。得られた2000近くの結合蛋白質のほとんどは無害なペプチドであるポリアルギニン(R12)の結合蛋白と共通するものでしたが、結合してくる量が数百倍以上増えている蛋白質が多数見つかりました。これらの蛋白質に共通する性質を探したところ、酸性アミノ酸であるアスパラギン酸とグルタミン酸を非常に多く含むものが含まれることが分かりました。また、結合する量が増えた蛋白質とポリPRは液液相分離と呼ばれる現象を起こすことも分かりました。

(iii)分子動力学計算(注3)を用いた解析と蛍光消失回復法(FRAP法)(注4)を用いた解析により、ポリPRの構造は結合エネルギー的には不利であるが、多価結合に有利であることを解明 (図2)
 アルギニンが交互に位置する場合と連続して位置する場合で結合エネルギーに違いがあるのかについて検討を行うため、東京工業大学が所有するスーパーコンピューターTSUBAMEを用いた分子動力学計算を行ったところ、アルギニンが交互に位置する構造は結合エネルギーには不利であることが分かりました。FRAP法でもポリPRの結合力は連続するアルギニンと比較して弱いことが分かりました。この弱い結合力のおかげで少ない分子と強く結合するのではなく、多数の分子と緩やかな結合を形成し、液液相分離を起こすのに適していることが分かりました。

(用語説明)
注1. 定量的プロテオミクス: あるサンプルに含まれる全ての蛋白質の種類だけでなく存在する量も網羅的に解析する技術。
注2. 液液相分離: 2種類の水溶液を混合した際にあたかも水と油のように2つの液相に分離する現象。近年細胞内の様々な小器官の形成に関与することが明らかとなってきた。
注3. 分子動力学計算: コンピューターを用いて、目的の分子の動きや他分子と結合する様子を原子1つずつシミュレーションする技術。莫大な計算量が必要であり、スーパーコンピューターでの計算が一般的である。
注4. 蛍光消失回復法(FRAP法): ある一定の領域に存在する蛍光分子に非常に強いレーザー光を当てることで蛍光分子を消光させ、周囲からの分子の流入と消光分子の流出による蛍光の回復具合から液体中の流動性を測定する技術。

【今後の研究展開および波及効果】
 本研究により変異型C9orf72から産生されるポリPRジペプチドが酸性蛋白質と液液相分離を促進することで細胞毒性を発揮することが示唆されました。本研究結果をもとに、研究グループはポリPRによる液液相分離を調節できる小化合物スクリーニングを計画しており、新たなALSの創薬ターゲットの同定につながる可能性が期待できます。

【掲載誌名・DOI】
掲載誌名:Journal of Cell Biology
DOI:10.1083/jcb.202103160.

【論文タイトル】
Phase Separation and Toxicity of C9orf72 poly(PR) depends on alternate distribution of Arginine.

【著者】
著者:Chen Chen, Yoshiaki Yamanaka, Koji Ueda, Peiying Li, Tamami Miyagi, Yuichiro Harada, Sayaka Tezuka, Satoshi Narumi, Masahiro Sugimoto, Masahiko Kuroda, Yuhei Hayamizu* and Kohsuke Kanekura*

著者 (日本語表記): Chen Chen, 山中喜晃, 植田幸嗣, Peiying Li, 宮城碧水, 原田裕一郎, 手塚沙也加, 鳴海覚志, 杉本昌弘, 黒田雅彦, 早水裕平*, 金蔵孝介* (*: 責任著者)


【主な競争的研究資金】
科研費基盤B 「ALS原因蛋白による液液相分離の機能構造連関とその病理的意義の解明」研究代表者: 金蔵孝介

▼本件に関する問い合わせ先

企画部 広報・社会連携推進室

住所

: 〒160-8402 東京都新宿区新宿6-1-1

TEL

: 03-3351-6141

FAX

: 03-6302-0289

E-mail

d-koho@tokyo-med.ac.jp

図1.jpg 図1

図2.jpg 図2