近畿大学

トウガラシ果実の香りを決める遺伝子を特定 フルーティーでエキゾチックな香りを持つ果実の品種育成に期待

大学ニュース  /  先端研究

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近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)准教授 小枝壮太、博士前期課程2年(当時)野田朋那、蓮真海らの研究グループは、トウガラシの成分分析、分子生物学および生化学的解析を行い、果実のフルーティーでエキゾチックな香りに関与する遺伝子を特定しました。この遺伝子に着目することで、今後、トウガラシ果実の香りを対象とした品種改良が進むと期待されます。
本研究に関する論文が、令和5年(2023年)8月30日(水)に、植物学分野の国際学術誌''Plant Cell Reports(プラントセルレポーツ)''にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●トウガラシの中でもハバネロなどフルーティーでエキゾチックな香りを持つchinense種の果実では、多くの揮発性エステル類※1 が作られていることを明らかに
●トウガラシ果実におけるエステル類の揮発量に、アルコールアシルトランスフェラーゼ(AAT)※2 の遺伝子発現量が大きく影響していることを解明
●本研究成果により、トウガラシ果実における香りを対象とした品種改良が進むと期待

【本件の背景】
トウガラシには、辛味成分のカプサイシノイドを果実に蓄積する香辛料用の品種と、遺伝子の変異により辛味成分を生合成できない非辛味の野菜用品種(ピーマン、パプリカなど)があります。また、トウガラシ属には5つの種類がありますが、日本を含めて世界で最も広く栽培・利用されているのは、タカノツメなどのannuum種です。一方で、ハバネロ、スコッチボネット、ブート・ジョロキアなどのchinense種は、annuum種と比較して果実が非常に辛いこと、果実がフルーティーでエキゾチックな香りを有することが特徴です。chinense種はカリブ海の島々、南米、アフリカなどで愛されており、食の多様化に伴い日本や欧米でも市場を拡大しています。
chinense種の果実が持つフルーティーでエキゾチックな香りに大きく寄与しているのは、揮発性のエステル類であることが推定されており、エステル類は各種アルコールとアシルCoA(脂肪酸と補酵素A(CoA)が結合した化合物の総称)が縮合されることで生合成されます。トマトやモモなどの研究において、エステル類の生合成にはアルコールアシルトランスフェラーゼ(AAT)、分解にはカルボキシルエステラーゼ(CXE)※3 という酵素が関与しており、生合成と分解のバランスで揮発量が決まることが報告されています。しかし、トウガラシにおいては果実におけるエステル類の生合成のメカニズムが十分に理解されていませんでした。さらに興味深いのは、エステル類の前駆体(前段階の物質)であるアシルCoAは、トウガラシ特有の辛味成分であるカプサイシノイドの前駆体でもある点です。つまり、積極的にカプサイシノイドを作るトウガラシ品種は、エステル類の生合成も活発に行っている可能性があります。本研究は、上記の仮説を検証するとともに、果実におけるエステル類の揮発量に大きく影響する遺伝子を特定することを目的としました。

【本件の内容】
本研究では、annuum種およびchinense種の多数の辛味品種を用いました。さらに、chinense種ではカプサイシノイド生合成に関わる3つの酵素、アシルトランスフェラーゼ(Pun1)※4、アミノトランスフェラーゼ(pAMT)※5、ケトアシル-ACPレダクターゼ(CaKR1)※6 の遺伝子のいずれかが変異することで果実に辛味がなくなった非辛味品種を用いました。これらの非辛味品種は、本研究グループが長年かけて準備してきた独自性の高い研究材料です。
用意した多数の品種について、果実が揮発している香り成分を調査したところ、annuum種と比べてchinense種の辛味品種の果実は、多量のエステル類を揮発していることが明らかになりました。さらに、pAMTが変異した非辛味品種では辛味品種と同等のエステル類が揮発している一方で、Pun1やCaKR1が変異した非辛味品種ではエステル類の揮発量が非常に少ないことが明らかになりました。これにより、前駆体を共有するカプサイシノイド生合成経路とエステル生合成経路が、互いに大きく影響し合っていることが確認できました。
次に、annuum種およびchinense種でエステル類の生合成が大きく異なる要因に迫るため、エステル類の揮発量に大きく影響すると考えられるAATとCXEに着目し、トウガラシ果実で発現している遺伝子を網羅的に探索したところ、AAT1、AAT2、CXE1が単離できました。また、果実におけるエステルの揮発量との相関関係を調査したところ、果実におけるAAT1の発現量の違いで、エステル類の揮発量の大小を説明できることが明らかになりました。さらに、AAT1のタンパク質を大腸菌で人工的に合成し、前駆体であるアルコールとアシルCoAを与えたところ、エステル類が生合成されることが確認できました。これらのことから、AAT1が果実におけるエステル類の生合成において重要な役割を果たしていることが明らかになりました。

【論文掲載】
掲載誌 :Plant Cell Reports(インパクトファクター:6.2 @2022-2023)
論文名 :
Expression of alcohol acyltransferase is a potential determinant of fruit volatile ester variations in Capsicum
(アルコールアシルトランスフェラーゼの発現は、トウガラシ果実におけるエステル揮発量を決める重要な因子である)
著者  :小枝壮太1,2※、野田朋那1、蓮 真海1、久保秋葉2、田中靖人2、山本浩登1、尾崎早也佳2、木下万智子2、大野公輝2、田中義行3、富 研一4、上吉原裕亮5 ※ 責任著者
所属  :1 近畿大学大学院農学研究科、2 近畿大学農学部、3 京都大学大学院農学研究科、4 一般社団法人 サイエンティフィックアロマセラピー協会、5 日本大学生物資源科学部
論文掲載: https://link.springer.com/article/10.1007/s00299-023-03064-z
DOI  :10.1007/s00299-023-03064-z

【本件の詳細】
研究グループは、辛味性のchinenseを6品種、annuumを5品種、chinenseでPun1が変異した1品種、pAMTが変異した6品種、CaKR1が変異した4品種を研究に用いました。辛味品種を比較すると、chinenseの品種群はannuumよりも辛味が強く、エステルの揮発量も多いことが明らかになりました(図2A)。また、chinenseの非辛味品種でもpAMTが変異した6品種ではエステル類の揮発量が多く、CaKR1が変異した4品種では非常に少ないこともわかりました。これらのことを総合すると、辛味成分の生合成とエステル類の生合成は協調して起こっていることが推察されました。
トウガラシのDNAを調査すると、エステル類の生合成に関与する可能性のあるAATが7種類、分解に関与する可能性のあるCXEが1種類見つかりました。これらの遺伝子発現を果実において調査したところ、AAT1、AAT2、CXE1のみが発現していました。3つの遺伝子の発現を果実で詳細に確認したところ、AAT1のみchinenseで発現量が高く、annuumで低いことが明らかになりました(図2B)。さらに、エステル類の揮発量との関連を調査したところ、明確な相関が認められたことから(図2C)、AAT1の発現量がエステル類の揮発量を規定する重要な因子であると考えられました。AAT1とエステル類の生合成の関係を明らかにするために、トウガラシのAAT1のタンパク質を大腸菌に作らせて、得られたタンパク質に基質であるアルコール類とアシルCoAを与えたところ、仮説通りにエステル類の生合成が確認されました。
これらのことから、AAT1はトウガラシ果実のフルーティーでエキゾチックな香りに大きく寄与しているエステル類の生合成に関与することが明らかになりました。

【研究者のコメント】
小枝壮太(こえだそうた)
所属  :近畿大学農学部 農業生産科学科、近畿大学大学院農学研究科
職位  :准教授
学位  :博士(農学)
コメント:長年、トウガラシの中でもchinense種に強い興味を持って研究を進めてきました。本研究を着想した発端はカリブ海の島々で調査をした際に、現地の人々がchinense種の果実が持つ香りを、日々の食事に上手に取り入れているのを知ったことでした。また、感覚的に激辛品種ほど果実のフルーティーでエキゾチックな香りが強いことから、果実の辛味と香りは密接に関係していると感じていました。さらに、遺伝子の目線で見ると、chinense種の非辛味品種の多くはpAMTに非辛味性の原因となる変異があり、果実の香りがあまり重要視されないannuum種の非辛味品種ではPun1の変異が主流である点と、大きく異なることも気になっていました。私の仮説は、辛味成分とエステル類は前駆体を共有するために互いの生合成に大きく影響し合うということ、pAMTの変異であれば辛味は抑えながらも果実の香りはある程度高く維持されるのではないかというものです。今回の研究でこれらの点が科学的に確認され、鍵となる遺伝子の一つも特定できました。人と作物の間に築かれてきた長い歴史の一部が垣間見えたことに喜びとロマンを感じるとともに、得られた遺伝子に関する知見に基づいて、消費者の嗜好に大きく影響する香りという特徴の品種改良を、今後は合理的に進められるのではと期待しています。

【研究支援】
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究B(25850018)、基盤研究C(16K07605)および基盤研究B(18H03446、22H03827)、近畿大学農学部特別研究費の支援を受けて実施しました。

【用語解説】
※1 エステル類:アルコールとアシルCoAが縮合されて生じる物質。
※2 アルコールアシルトランスフェラーゼ(AAT):アルコールとアシルCoA(脂肪酸と補酵素A(CoA)が結合した化合物の総称)を縮合してエステル類を合成する酵素。
※3 カルボキシルエステラーゼ(CXE):エステルを加水分解してアルコールとカルボン酸を生成する酵素。
※4 アシルトランスフェラーゼ(Pun1):AAT1と同じくアシルトランスフェラーゼに分類される異なる酵素で、辛味成分カプサイシノイドの生合成に関与する。Pun1の遺伝子が変異すると、バニリルアミンと分岐鎖アミノ酸経路で生合成された前駆体であるアシルCoAが結合できないため、カプサイシノイドも作れず、果実は辛味を呈しない。
※5 アミノトランスフェラーゼ(pAMT):フェニルプロパノイド経路の最終ステップで、バニリンからバニリルアミンへの反応を触媒する酵素。pAMTの遺伝子が変異すると、カプサイシノイドの前駆体であるバニリルアミンがないためカプサイシノイドも作れず、果実は辛味を呈しない。
※6 ケトアシル-ACPレダクターゼ(CaKR1):カプサイシノイドの前駆体が分岐鎖アミノ酸経路で生成される過程で作られる脂肪酸の、側鎖の伸長反応を触媒する酵素の一つ。CaKR1の遺伝子が変異すると、トウガラシ果実は辛味を呈さなくなる。
※7 フェニルプロパノイド経路:フェニルアラニンを出発物質とする二次代謝経路で、植物細胞壁の主成分であるリグニンなどの合成に関わっている。トウガラシの果実では特別に、フェニルプロパノイド経路で合成されたバニリルアミンが脂肪酸と縮合されて、辛味成分であるカプサイシノイドが生合成される。
※8 分岐鎖アミノ酸経路:分岐鎖アミノ酸であるバリン、ロイシン、イソロイシンを出発物質として、代謝中間体である2-メチルプロパノイル-CoA、3-メチルブチリルCoA、2-メチルブチリルCoAの合成に関わっている。トウガラシでは、これらが辛味成分であるカプサイシノイドの前駆体になっている。

【関連リンク】
農学部 農業生産科学科 准教授 小枝壮太(コエダソウタ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1360-koeda-sota.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/

▼本件に関する問い合わせ先

広報室

住所

: 〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3-4-1

TEL

: 06‐4307‐3007

FAX

: 06‐6727‐5288

E-mail

koho@kindai.ac.jp

sfGxD2N6fSMBlvHeGgnk.jpg トウガラシ

pCIJf2gG9Wm2Hwd6ZfUe.jpg 図1 トウガラシ果実における香りと辛味成分の生合成は互いに影響する フェニルプロパノイド経路※7 と分岐鎖アミノ酸経路※8 で生合成された前駆体が、Pun1により縮合されて辛味成分を生成。アルコールと分岐鎖アミノ酸経路で生合成された前駆体が、AAT1により縮合されて芳香性のエステル類が作られる。

EUZ1VKgfnLwMUxDnk3cE.jpg 図2 トウガラシのchinense種およびannuum種における香りと遺伝子の調査 (A)果実におけるエステル類の揮発量はchinenseの辛味品種(Pungent)で多く、annuumでは少ない。chinenseのpAMTの変異系統では辛味品種と同等で、CaKR1の変異系統では少ない。(B)AAT1の遺伝子発現量はchinenseで高く、annuumでは低い。(C)AAT1の果実での遺伝子発現量はエステル類の揮発量と正の相関を示す。図中の緑は未熟果実、赤は成熟果実のデータを示す。