東京薬科大学

地下深部の極限的な環境に常識外れな古細菌を発見-メタン生成古細菌がメタン生成能を失う適応進化-

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概要
理化学研究所(理研)開拓研究本部鈴木地球・惑星生命科学研究室の鈴木志野主任研究員、海洋研究開発機構超先鋭研究開発部門の石井俊一副主任研究員、東京薬科大学生命科学部の田中勇吾博士前期課程学生(研究当時)、高妻篤史助教、渡邉一哉教授、東北大学・海洋研究開発機構変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)の稲垣史生上席研究員らの国際共同研究グループは、マントル由来の岩石域から湧出する強アルカリ[1]・超還元的[2]な地下湧水や海洋熱水中に、メタン生成能を失うという常識外れな適応進化を遂げた「元メタン生成古細菌」が広く分布することを発見しました。

メタン生成古細菌は、一般に水素と二酸化炭素からメタンを作ることで生存しています。詳細な解析の結果、地下湧水「ザ・シダーズ」に生息する元メタン生成古細菌は、水素ではなく、還元性の高い鉱物から電子を直接受け取る能力を持ち、それを用いて二酸化炭素を固定し、最終産物として酢酸を作ることで、本環境で効率的に生息している可能性が示されました。本研究成果は、微生物の持つ炭素固定経路の適応進化戦略の解明とその利用、惑星における生命生息可能性(ハビタビリティー)の理解に貢献することが期待できます。
本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(6月13日付:日本時間6月13日)に掲載されます。

背景                                  
地球の上部マントルの主要な構成鉱物であるカンラン岩は、水と反応すると蛇紋岩(じゃもんがん)と呼ばれる鉱物に変質すると同時に、水素を多く含む強アルカリ性の極めて還元的な流体(蛇紋岩流体)を生じさせます。「蛇紋岩化反応」と称されるこの一連の鉱物-水反応は、初期地球や初期火星、また土星の衛星エンセラダスなどで、現在の地球よりも広範囲にわたって起こっていた(起こっている)と考えられています。
蛇紋岩化反応が起こっている地質環境(蛇紋岩化反応サイト)では、水素分子と二酸化炭素が非生物的に反応し、メタンやギ酸、場合によっては酢酸のような単純な有機分子を生成することが知られています。これらの非生物的反応が、生物の炭素固定、中でも、水素栄養メタン生成古細菌(CO2 + 4H2 → CH4 + 2H2O)や酢酸生成細菌(2CO2 + 4H2 → CH3COOH + 2H2O)の炭素固定経路に似ていることから、生命の初期的な炭素固定は蛇紋岩化反応サイトで誕生した可能性が提唱されてきました。
一方で、これまでに、実際の蛇紋岩化反応サイトに生息するメタン生成古細菌の代謝経路に関する詳細な情報は明らかになっていませんでした。そこで国際共同研究グループは、まず、現存するメタン生成古細菌や酢酸生成真正細菌の代謝経路、および、その駆動力と制約条件を明らかにすることで、本環境における代謝の最適解を得ることを目指しました。

研究手法と成果                             
北カリフォルニアに位置する「ザ・シダーズ」蛇紋岩化反応サイトには100を超える泉が湧出しています。鈴木主任研究員らは、先行研究において、これらのうち三つの異なる泉に生息する微生物群集のメタゲノム解析[3]を行い、そこから個々の微生物のゲノムを抽出しました注)。本研究では、それらのメタゲノム解析データに、新たな塩基配列データを加えて再解析し、メタン生成古細菌として知られるメタノセラレス目に属する古細菌(Met12と命名)のゲノム配列を環状化し、その特性を詳細に調べました。
これまで、メタン生成古細菌として知られる七つの系統目に属する全ての古細菌は、メタン生成経路の最終ステップを担う必須の鍵酵素であるメチルコエンザイムM還元酵素(Mcr)を持つことが知られていました。しかし、Met12のゲノムは、このMcrを欠失しているのみならず、Mcrの活性に必須の補酵素[4](CoM、CoB)の生合成遺伝子や、CoMとCoBの還元反応を担うヘテロジスルフィド還元酵素(Hdr)、さらにはMcrと協調的に働くMtr複合体なども欠失していました(図1)。これらの結果から、Met12はこれら七つのメタン生成古細菌の系統目で初めて、メタン生成能力を持たないことが示されました。また、メタン生成古細菌は一般に、水素と二酸化炭素、ギ酸、メタノールなどのメトキシ化合物、酢酸などを用いて、メタン生成を行います。しかし、このMet12は、これらのうち、酢酸を除く全ての物質と相互作用する遺伝子をゲノム上に持たないことが分かりました。蛇紋岩流体は、高濃度の水素を含むため、水素利用能を欠失していることは、想定外でした。これらの結果から、Met12は、少なくとも、メタン生成古細菌の系統目の古細菌としては、これまでに知られていない新たな代謝経路を有することが示されました。しかし、ゲノム情報からでは、それ以上の推測は困難でした。

そこで、国際共同研究グループは、Met12の代謝経路を明らかにするため、複数年にわたり、ザ・シダーズ蛇紋岩流体に生息する微生物群集の遺伝子発現解析を行いました。その結果、Met12は、この環境において、特殊な多ヘム型シトクロムC(MmcXと命名)と古細菌型の線毛の二つの遺伝子を顕著に高く発現していることを発見しました。一般に、多ヘム型シトクロムCは鉄などの固体鉱物と直接的な電子授受を行う微生物が用いる導電性素子としての機能を有することが知られています。そこで、このMmcXの3次元立体構造予測[5]を行った結果、MmcXは膜上に提示されるタンパク質で、4個のヘム鉄(二価鉄と有機化合物が結合した物質)を12オングストローム(Å、1Åは100億分の1メートル)よりも短い距離に近接して配座している導電性素子であることが推定されました(図2)。

次に、このMmcXの電気化学特性を調べるため、固体との電子授受研究のモデル微生物であるシュワネラ属菌にMmcXを異種発現させて、解析を行いました。その結果、MmcXは、還元的な固相から電子を受け取る高い能力は有するものの、酸化的な固相に電子を渡す能力を持たないことが分かりました(図3)。これらの研究データを踏まえ、国際共同研究グループは、このMmcXの電気化学的特性とメタン生成経路の欠失、水素利用能の欠失などを総合的に勘案し、Met12は外界の還元的鉱物などから電子を受け取り、二酸化炭素を還元して酢酸を生成する「電気駆動型の酢酸生成古細菌」であると結論付けました。この代謝経路は、メタン生成古細菌の系統目では全く新しいエネルギー代謝様式となります。

さらに、国際共同研究グループはMet12様の古細菌が「ザ・シダーズ」特有の進化なのか、他の蛇紋岩流体にも存在するのかを調べるため、七つの陸域・海洋域の蛇紋岩流体のメタゲノムデータを調査しました。その結果、大西洋中央海嶺の「ロストシティー」や南西インド洋海嶺の「オールドシティー」、ニューカレドニア沖の「プロニー湾熱水域」などの海洋域の蛇紋岩流体には、Met12様の古細菌が広く生息しているものの、陸域の蛇紋岩流体には「ザ・シダーズ」を除き、存在しないことが明らかになりました(図4)。これらのMet12様古細菌のゲノムもまた、Mcrおよびメタン生成反応に関与するタンパク質群、ヘテロジスルフィド還元酵素が欠落していることが確認できたため、メタン生成反応の欠失は、海洋性もしくは、沈み込む海洋プレートの影響を強く受けた陸域の蛇紋岩流体への適応に共通する特徴であると考えられます。
これらの結果に基づき、Met12とその近縁種を古細菌の新たな属候補として「Candidatus Serpentinarchaeum spp.」として提案しました。

今後の期待
蛇紋岩化反応が起きる陸域・海底下の地質環境は、初期地球や初期火星、また、エンセラダスの類似環境であるとともに、強アルカリ性・超還元的な極限環境です。「ザ・シダーズ」で湧出する蛇紋岩流体に生息する特殊な微生物の代謝や生存メカニズムを明らかにすることは、マントルと生命圏との関わりや、初期地球の生命進化プロセスの解明、地球外生命探査に貢献することが期待されます。
今回、「ザ・シダーズ」の深部蛇紋岩流体で見つかったメタノセラレス目古細菌は、メタン生成能を失うのみならず、水素が大量に存在する環境において、還元的な鉱物から効率的に電子を受け取って酢酸を生成する特異な代謝機構を有していることが分かりました。さらに、この古細菌は、ザ・シダーズだけでなく世界中のさまざまな蛇紋岩流体に生息していることも明らかとなりました。このメタン生成能や水素利用能を失うという一見、常識外れな適応進化も、この極限環境においては、最適で、必然の適応だったと考えられます。今後、この微生物の環境適応戦略や進化メカニズムの詳細を明らかにすることで、炭素固定経路の起源・進化や多様性の謎を解く手掛かりがつかめるかもしれません。さらに、このような特異な進化を遂げた微生物の遺伝資源としての活用も期待されます。

論文情報                                
<タイトル>
A non-methanogenic archaeon within the order Methanocellales
<著者名>
Shino Suzuki, Shun'ichi Ishii, Grayson L. Chadwick, Yugo Tanaka, Atsushi Kouzuma, Kazuya Watanabe, Fumio Inagaki, Mads Albertsen, Per H. Nielsen, Kenneth H. Nealson
<雑誌>
Nature Communications
<DOI>
10.1038/s41467-024-48185-5

補足説明                                

[1] 強アルカリ
非常に塩基的な水溶液。水素イオン指数(pH)が7より大きく塩基的なことをアルカリ性、pH11以上の場合を強アルカリ性という。pHが高いということは、水素イオン濃度が低いことを意味し、強アルカリ性環境は、生命の維持が困難な極限環境の一つである。
[2] 還元的
酸素が存在せず、水素(電子)が多く存在する水溶液の性質を表し、酸化還元状態は水溶液中に遊離している電子の量(電位)を測ることで知ることができる。「ザ・シダーズ」蛇紋岩流体の酸化還元電位(Eh)は-700mVから-550mV。
[3] メタゲノム解析
サンプルから回収された全ゲノムDNAの塩基配列を決定し、解析する方法。微生物が生態系を構築している環境サンプルに適用することにより、微生物の培養なしでも、環境中に生息する微生物の遺伝子情報を獲得することができるようになった。さらに近年では、生態系を構成する各微生物のゲノム(各生物が持つ全ての核酸上の遺伝情報の総体)を同定することが可能となってきた。
[4] 補酵素
酵素はタンパク質単体で活性を示すものもあるが、それ単体では活性を示さないものもあり、その際に、酵素の触媒作用の発現に必須の低分子有機化合物。補酵素B(H-SCoB)とメチル補酵素M(CH3-SCoM)は、Mcrの活性に必須な補酵素である。
[5] 3次元立体構造予測
すでにアミノ酸配列と構造が決定されているタンパク質のデータベースに基づき、未知の立体構造を予測すること。近年リリースされたAlphaFold2により、機械学習を用いてアミノ酸配列からその立体構造を高い精度で予測することが可能となった。

国際共同研究グループ                               
理化学研究所 開拓研究本部 鈴木地球・惑星生命科学研究室
  主任研究員    鈴木志野 (スズキ・シノ)
海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門
  副主任研究員   石井俊一 (イシイ・シュンイチ)
カリフォルニア大学(米国) バークレー校
  ポスドク     グレイソン・L・チャドウィック (Grayson L. Chadwick)
東京薬科大学 生命科学部
  博士前期課程学生(研究当時) 田中勇吾 (タナカ・ユウゴ)
  助教       高妻篤史 (コウヅマ・アツシ)
  教授       渡邉一哉 (ワタナベ・カズヤ)
東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)
  上席研究員    稲垣史生 (イナガキ・フミオ)
オールボー大学(デンマーク)
  教授       マッズ・アルバートセン (Mads Albertsen)
  教授       パー・H・ニールセン (Per H. Nielsen)
南カリフォルニア大学(米国) 地球科学科
  教授(研究当時) ケン・H・ニールソン (Kenneth H Nealson)

研究支援                                
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「超還元環境ゲノムの代謝・遺伝機能再現から紐解く初期生命進化(研究代表者:鈴木志野)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「生物班:CO環境で成立する生物圏の解明(研究代表者:鈴木志野)」、同基盤研究(B)「地下圏に生きるCandidate Phyla Radiationの生存戦略に迫る(研究代表者:鈴木志野)」「地下圏における炭素循環:微生物によるリグニン様物質からのメタン生成プロセスの解明(研究代表者:石井俊一)」、同基盤研究(A)「日本海溝乱泥流物質供給システムと超深海・海底下微生物生態系との広域時空相関の解明(研究代表者:稲垣史生)」の助成を受けて行われました。

発表者・機関窓口                            
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 開拓研究本部 鈴木地球・惑星生命科学研究室
 主任研究員     鈴木志野 (スズキ・シノ)  

海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門
 副主任研究員    石井俊一 (イシイ・シュンイチ)

東京薬科大学 生命科学部
 博士前期課程学生(研究当時)  田中勇吾 (タナカ・ユウゴ)
 助教        高妻篤史 (コウヅマ・アツシ)
 教授        渡邉一哉 (ワタナベ・カズヤ)

東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)
 上席研究員     稲垣史生 (イナガキ・フミオ)

<機関窓口>
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 050-3495-0247
Email: ex-press [at] ml.riken.jp

海洋研究開発機構 海洋科学技術戦略部報道室
Tel: 045-778-5690
Email: press [at] jamstec.go.jp

東京薬科大学 入試・広報センター 広報担当
Tel: 042-676-4921
Email: kouhouka [at] toyaku.ac.jp

東北大学・海洋研究開発機構 変動海洋エコシステム高等研究所(WPI-AIMEC)
Tel: 022-795-5616
E-mail: aimec-pr [at] grp.tohoku.ac.jp

※上記の[at]は@に置き換えてください。

▼本件に関する問い合わせ先

入試・広報センター

住所

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TEL

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FAX

: 042-676-1633

E-mail

kouhouka@toyaku.ac.jp

press02040612_image1.jpg メタン生成能を失う常識外れな適応進化を遂げた「元メタン生成古細菌」の代謝模式図

press02040612_image2.jpg 図1 メタノセラレス目のMet12とその近縁古細菌の比較ゲノム解析         「ザ・シダーズ」の強アルカリ・超還元的な蛇紋岩流体から見いだされたメタノセラレス目古細菌のMet12は、ゲノムサイズが近縁の古細菌に比べて顕著に小さく、伝統的な七つのメタン生成古細菌群に属するにもかかわらず、メタン生成反応の鍵酵素であるMcrを持っていなかった。さらに、Met12は、近縁の古細菌が必ず持っている電子分岐反応をつかさどるヘテロジスルフィド還元酵素(Hdr)やMcrの補因子であるCoMやCoBの生合成系も欠落し

press02040612_image3.png 図2 ザ・シダーズ実環境中でのMet12の高発現遺伝子の同定          左:Met12の持つ1,276遺伝子のザ・シダーズ実環境中での遺伝子発現量を、バーンズ泉5湧出地下水(解析実施は2014年)とバーンズ泉5プール(同2012年)で比較した。          中:線毛の遺伝子と膜提示型の多ヘム型シトクロムC(MmcX)が特に多く発現しており、重要な機能を果たしていると考えられた。          右:MmcXは、ヘム鉄(➀~➃)を12Å以内の距離で配座しており、電気を通す導線のような働きを担

press02040612_image4.png 図3 MmcXの電子受け取り活性試験と推定されるMet12の代謝経路          左:MmcXの固体との電子授受活性を明らかにするため、固体との電子授受に関わる外膜シトクロムCを欠落させたモデル電気微生物(シュワネラ菌)にMmcXを異種発現させて、電極との電子授受活性を測定したところ、電子を受け取る能力を有することが分かった。          右:Met12の蛇紋岩流体中での代謝機能の推定。還元的な鉱物からMmcXを介して電子を受け取り、鉄硫黄タンパク質の一つであるフェレドキシンを還元し、その還元

press02040612_image5.jpeg 図4 世界中に存在する蛇紋岩流体でのMet12様古細菌の検出          世界各所に存在する蛇紋岩流体の湧出サイト中の微生物群集中にMet12と類似な古細菌が検出されたものを赤く表示した。ザ・シダーズ以外の3サイトは全て、海中にて湧出する強アルカリ性泉によりタワー状のチムニーが形成されている。          注)Suzuki, S., Ishii, S., Hoshino, T. et al. Unusual metabolic diversity of hyperalkaliphilic mi