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【大阪大学】"脂肪肝から肝がんになりやすい人"を見分ける新指標 ― 肝がんの早期発見・早期治療へ期待

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【研究成果のポイント】
◆血中GDF15(※1)値が高い脂肪肝患者さんは、肝がんになりやすいことを発見。
◆脂肪肝では、肝臓が硬いと肝がんが高い頻度で発生するが、肝臓があまり硬くなくても一定頻度で肝がんが発生するため、さらなる肝がん発生予測マーカーの開発が望まれていた。
◆脂肪肝患者について、将来の肝がん発生リスク、肝臓が悪くなるリスク、死亡に至るリスクを評価し、積極的に治療や経過観察をするべき患者を見出すため、血中GDF15値を指標とするなどの臨床応用に期待。

【概 要】
 大阪大学医学部附属病院 熊崎秀祐 医員、大学院医学系研究科 疋田隼人 講師、竹原徹郎 教授(消化器内科学)、北海道大学病院消化器内科、北海道大学大学院医学研究院消化器内科学、佐賀大学医学部附属病院肝疾患センター、市立貝塚病院消化器内科、大阪中央病院消化器内科、大垣市民病院消化器内科らの研究グループは、血中GDF15値が高い脂肪肝患者は、その後肝がんになりやすいことを明らかにしました。
 近年、脂肪肝を背景とした肝がんが増加しています。脂肪肝では、肝臓が硬くなり肝硬変(※2)に至ると高い頻度で肝がんが発生しますが、少し硬い程度でも一定頻度で肝がんが発生します。このような少し硬い程度の脂肪肝の患者さんは非常に多いため、肝がんが発生するリスクを見分けるような新たなバイオマーカーの開発が期待されていました。
 今回、竹原教授らの研究グループは、血中GDF15値に着目し、脂肪肝患者において血中GDF15値が高ければ、その後肝がんが発生しやすいことを明らかにしました。また、血中GDF15値が高い患者は、その後肝臓が悪くなり腹水や肝性脳症(※3)などが出現して入院する可能性が高いこと、予後も悪いことがわかりました。また、FIB-4 index(※4)による肝臓の硬さ危険指標低リスク(FIB-4 index<1.3)の患者からは、ほとんど肝がんなどは発生しませんでした。そこで、血中GDF15値と肝臓の硬さ危険指標中リスク以上(FIB-4 index>1.3)と組み合わせることで、より効率的に肝がんの発生リスクが高い患者、肝臓が悪くなる患者、予後が悪い患者を絞り込むことができることを明らかにしました(図1)。
 これらの結果から、脂肪肝患者のGDF15 値を指標に経過観察や肝がんスクリーニングの頻度を調整するなどの臨床応用が実現すれば、効率的な肝がん早期発見スクリーニング体制の構築につながるのではないかと期待されます。
 本研究成果は、米国科学誌「Alimentary Pharmacology & Therapeutics」(オンライン)に、 6月3日(月)に公開されました。

【研究の背景】
 脂肪肝は世界各国で増加しており、本邦では成人の4人に1人が脂肪肝と言われています。特に生活習慣病を背景とした脂肪肝が増加しています。脂肪肝の増加から、近年は脂肪肝を背景とした肝がんも増加しています。肝がんの早期発見は予後の改善に重要ですが、腹部超音波検査などの画像診断や腫瘍マーカーを用いた定期的な見張り(サーベイランス)が有効です。脂肪肝が進んで肝臓が硬くなり、肝硬変に近づくと高い頻度で肝がんが発生します。そのため肝臓が硬い患者は肝がんサーベイランスを受けることが推奨されています。しかし、脂肪肝では少し硬い程度でも一定頻度で肝がんが発生します。このような少し硬い程度の脂肪肝の患者さんは非常に多く、費用対効果の観点から、肝がんサーベイランスをうけるべき高リスク患者を特定する新たなバイオマーカーの開発が求められていました。

【研究の内容】
 竹原教授らの研究グループでは、肝がんの既往がなく肝生検(※5)を行った4病院(大阪大学医学部附属病院、市立貝塚病院、佐賀大学医学部附属病院、大垣市民病院)518名の生活習慣病を背景とした脂肪肝(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease: MASLD(※6))患者を対象として、保存血清を用いてGDF15値を測定し、その後の肝がん発生率、非代償性肝疾患イベント(※7)による入院発生率、死亡率との関係を検討しました。その結果、血中のGDF15値は、肝生検で評価した肝臓の硬さや、肝臓の硬さの危険指標(FIB-4 index)と独立して、肝がん発生のリスク因子であることを見出しました。
 肝生検にて評価した肝臓の硬さ別に肝がんの発生を検討したところ、肝臓がかなり硬くなっていた患者(F3-F4)からは高い頻度で肝がんが発生しましたが、そこまで硬くなかった患者(F0-F2)からも肝がんが発生しました。しかしいずれの患者も、GDF15値が低ければ(<1.75ng/ml)、5年以内に肝がんは発生していませんでした(図2)。
 肝生検を必要としないFIB-4 indexによる肝臓の硬さ危険指標別に検討したところ、低リスク(FIB-4 index<1.3)の患者からは、肝がんだけでなく、非代償性肝疾患イベントによる入院、死亡はほとんど発生しませんでした。一方、硬さ危険指標中リスク以上(FIB-4 index>1.3)の患者では、血中のGDF15値が高ければ(>1.75ng/ml)、その後の肝がん発生率、非代償性肝疾患イベントによる入院発生率、死亡率のいずれもが高いことが分かりました(図3)。
 次に、上記結果を確かめるため、別の病院(北海道大学病院)に通院している216名の脂肪肝(MASLD)患者を対象として検証しました。その結果、この患者集団でも血中のGDF15値が高く(>1.75ng/ml)、FIB-4 indexも高ければ(>1.3)、その後の肝がん発生率、非代償性肝疾患イベントによる入院発生率、死亡率のいずれもが高いことが分かりました(図4)。
 最後に、さらに別の施設(大阪中央病院)において人間ドックを受診した方で生活習慣病を背景とした脂肪肝を認めた364例の血中のGDF15値を測定しました。その結果、18人(4.9%)が血中GDF15高値(>1.75ng/ml)、 86人(23.6%)がFIB-4 index 高値(>1.3)であり、いずれも高値であったのはわずか10人(2.7%)でした。

【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
 本研究成果により、GDF15を指標として肝がんや非代償性イベント発生リスク、死亡リスクを見分けることができるようになることが期待されます。さらに今後、臨床応用できればこれらのリスクに応じて定期的な医療機関での治療や経過観察が必要な脂肪肝の患者さんを絞り込むことができるようになります。脂肪肝を背景とした肝がんは、未だ進行した状態で見つかることが多いのが現状です。脂肪肝から肝がんになりやすい患者さんを見出し、定期的に肝がんが発生していないか検査を行うことで、肝がんの早期発見・早期治療が可能となり、予後の改善につながるのではないかと考えています。

【特記事項】
 本研究成果は、2024年6月3日(月)に米国科学誌「Alimentary Pharmacology & Therapeutics」(オンライン)に掲載されました。

・タイトル: "Serum growth differentiation factor 15 is a novel biomarker with high predictive capability for liver cancer occurrence in patients with MASLD regardless of liver fibrosis."
・著者名: Shusuke Kumazaki¹, Hayato Hikita¹, Yuki Tahata¹, Ji Hyun Sung¹, Kenji Fukumoto¹, Yuta Myojin¹, Sadatsugu Sakane¹, Kazuhiro Murai¹, Yoichi Sasaki¹, Kumiko Shirai¹, Yoshinobu Saito¹, Takahiro Kodama¹, Naruyasu Kakita², Hirokazu Takahashi³, Hidenori Toyoda⁴, Goki Suda⁵, Eiichi Morii⁶, Takashi Kojima⁷, Takeshi Ebihara⁷, Kentaro Shimizu⁷, Yutaka Sasaki8, Tomohide Tatsumi¹, Tetsuo Takehara¹*(*責任著者)
・所属:
 1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学
 2. 市立貝塚病院 消化器内科
 3. 佐賀大学 医学部附属病院肝疾患センター
 4. 大垣市民病院 消化器内科
 5. 北海道大学 大学院医学研究院 消化器内科学
 6. 大阪大学 大学院医学系研究科 病理病態学
 7. 大阪大学 大学院医学系研究科 救急医学
 8. 大阪中央病院 消化器内科
・DOI: http://doi.org/10.1111/apt.18063

 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業(JP23fk0210121)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP23H02894)の一環として行われました。

【用語説明】
(※1)GDF15
 血液中に分泌される成長因子で、TGF-βスーパーファミリー(細胞調節タンパク質グループ)の一種。肝がんを成長させる因子でもある(2020年プレスリリース:肝がん進展に関わる新たな分子を発見 https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20201224_2 )。
(※2)肝硬変
 肝臓が硬くなり、肝臓の働きも悪くなった状態。慢性肝炎などで肝臓の炎症が持続すると、徐々に肝臓の中に線維が増え、長い年月を経ると肝臓は硬くなる。
(※3)肝性脳症
 肝臓の働きも悪くなることで出現する意識障害。比較的軽い症状としては、判断力の低下や論理的思考力の低下などがある。重症になるとこん睡状態となり、目を覚まさない。
(※4)FIB-4 index
 血液中のAST、ALT、血小板数、および年齢の4項目を組み合わせて計算できる数値で、肝臓が硬くなっている危険度を判別に有用な指標。FIB-4 index>1.3が脂肪肝における肝臓の硬さの危険指標中リスク以上とされている。
(※5)肝生検
 肝臓の硬さや炎症の程度、脂肪の程度などを評価するため、肝臓の組織の一部を取ってくる検査。長い針を用いて肝臓の組織の一部を取ることが多い。
(※6)metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease: MASLD
 脂肪肝の中でも、二次的に脂肪肝になる原因がなく、飲酒量が比較的少なく(アルコール摂取量平均20g/日 未満)、1つ以上の心代謝系危険因子(BMIまたはウエスト径、血糖またはHbA1C、血圧、中性脂肪、HDLコレステロール)を有する患者の脂肪肝のこと。
(※7)非代償性肝疾患イベント
 肝臓が硬くなると、肝臓の働きが悪くなり、腹水や肝性脳症が出現したり、食道や胃にできた静脈のこぶ(静脈瘤)から出血したりする。このような肝臓の働きが悪くなることで出現するイベントの総称。

【疋田隼人講師のコメント】
 本邦では成人の約4人に1人が脂肪肝であり、脂肪肝から肝がんを発症した患者さんは近年急速に 増加しています。今回の結果から、血液中のGDF15が高い脂肪肝患者さんは、肝がんになりやすいことが分かりました。今後は臨床現場で脂肪肝患者さんの肝がん高リスク群の絞り込みに血清GDF15を活用することができないか、臨床応用に向けてさらに研究を進めていきたいと考えています。

(参考URL)
・竹原徹郎 教授研究者総覧
 https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/13acef152a9cd152.html

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0619oosaka1.jpg 図1 脂肪肝患者のリスク分類と5年後のイベント発生率

$REEE2U5.jpg 図2 肝生検をした脂肪肝患者518名の肝がん発生率(P値はログランクテスト)

0619oosaka3.jpg 図3 肝生検をした脂肪肝患者518名の肝がん発生率、非代償性イベント発生率と予後

0619oosaka4.jpg 図4 脂肪肝患者216名の肝がん発生率、非代償性イベント発生率と予後