金沢工業大学

【自閉スペクトラム症進行のモニタリングや治療薬の有効性評価に期待】脳由来神経栄養因子BDNFの産生障害と自閉症との関係を解明し新たな自閉症診断マーカーを提唱--金沢工業大学、富山大学、藤田医科大学など

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金沢工業大学応用バイオ学科の小島正己教授と、清華大学、首都医科大学付属北京天壇病院、富山大学、藤田医科大学、前橋工科大学などによる共同研究チームは、このたび、脳由来神経栄養因子BDNF (Brain-derived neurotrophic factor) の産生障害と自閉症の関係を解明し、新たな自閉症診断マーカーを提唱しました。

神経栄養因子BDNFは、神経細胞の成長、生存、神経伝達伝達の亢進などの生理作用をその受容体TrkBを介して行う脳の成長因子として注目されています。小島教授はBDNFと脳の健康および疾患の関係の解明を目指しており、本研究ではそのBDNFの産生が非効率となったモデルマウスがASD (Autism Spectrum Disorder 自閉スペクトラム症)様の表現型を示すこと、神経伝達とその構造に異常があることを見出しました。しかし、このBDNFの産生不全を自閉症の解明と治療および診断の技術開発につなげることは重要であるため、小島教授は中国の清華大学、首都医科大学付属北京天壇病院の臨床研究チームとの共同研究を行いました。その結果、血漿(注1)中のBDNF濃度がASD (Autism Spectrum Disorder 自閉スペクトラム症)のバイオマーカー(注2)として機能する可能性が見出され、ASDの疾患進行のモニタリングや治療薬の有効性に関する科学的評価につながる極めて重要な臨床データの発表に至りました。

当研究成果はNature Publishing Groupが発行する精神医学系科学誌「Molecular Psychiatry」(モレキュラ サイキアトリー)のオンライン版に2024年5月18日に掲載されました。

【掲載論文誌】
Molecular Psychiatry

【論文タイトル】
Inhibiting proBDNF to mature BDNF conversion leads to ASD-like phenotypes in vivo

【発行日】
18 May 2024

【執筆者】
Feng Yang, He You, Toshiyuki Mizui, Yasuyuki Ishikawa,
Keizo Takao, Tsuyoshi Miyakawa, Xiaofei Li, Ting Bai, Kun Xia, Lingling Zhang, Dizhou Pang, Yiran Xu, Changlian Zhu, Masami Kojima & Bai Lu

【DOI】
10.1038/s41380-024-02595-5
https://doi.org/10.1038/s41380-024-02595-5

【本共同研究の背景】
疫学研究によると、世界における自閉症の有病率は1%に達しており、この障害は子どもたちの心身の健康の大きな脅威となっています。自閉症の子どもたちが確かな治療介入を受けられなかった場合、生涯にわたる心身の健康、社会的交流、学習、自立した生活、就労に影響することになり、長期的なケアとサポートは家族に大きな負担を強いることになります。

近年の遺伝学的研究では、自閉症発症に関連する変異遺伝子として、FMR1、SHANK3などが報告されており、遺伝子変異や染色体異常と自閉症の発症の関係性を強く示唆しています。そしてこれらの変異遺伝子に共通する特徴は、神経伝達を行うシナプスの構造と機能に影響しているという点にあります。

興味深いことは、これらの遺伝子変異を持つモデル動物を作製すると、反復行動や社会的相互作用の障害など、自閉症患者様表現型が観察されることです。さらに重要なことは、これらのモデル動物のほぼすべてが、シナプス密度の変化、シナプスタンパク質合成の異常、シナプス可塑性の障害など、シナプスの機能と構造に欠陥を示すことです。つまりこれらのモデル動物の所見は、脳内シナプスの構造と機能の異常が自閉症発症の重要要因であることを強く示唆しています。

遺伝的要因に加えて、環境要因も指摘されています。出生前の感染症や薬物使用と環境的暴露は、神経シナプスの発達と機能に影響して、自閉症発症リスクを高める可能性があります。

ASDを治療する特効薬がないことを考えると、その研究を深めることは特に重要かつ喫緊の課題といえます。これは、早期スクリーニング、診断、介入を実現するだけでなく、患者の予後を最適化し、生活の質を向上させ、家族や社会の負担を軽減し、精密な薬剤戦略を開発するための強固な基盤を築くことにもつながります。

ASDの発症において遺伝的要因が重要な役割を果たしているにもかかわらず、ASD患者の多くは明確な家族歴がないため、研究がより複雑になっています。特定の遺伝子変異に限定された従来のASDの動物モデルは、ASDの複雑な多様性を完全に模倣することができず、ASDの病因と治療戦略の研究を制限しています。

【本共同研究の成果について】
金沢工業大学の小島正己教授は、清華大学(中国北京市)のBai Lu教授、首都医科大学付属北京天壇病院(中国北京市)のFeng Yang教授、富山大学(富山県富山市)の高雄啓三教授、藤田医科大学(愛知県豊明市)の宮川剛教授、前橋工科大学(群馬県前橋市)の石川保幸准教授をはじめとする研究チームによる共同研究を行い、新たな自閉症モデルマウスと自閉症診断バイオマーカー候補を見出し、精神疾患研究の専門誌Molecular Psychiatry誌にその成果論文を発表しました。

この研究は、脳由来神経栄養因子(BDNF)の産生過程の異常が神経シナプスの構造と機能の異常を引き起こし、自閉症の病因において中心的役割を果たすことを提唱しており、自閉症の治療と診断につながる新たな一歩を踏み出すものです。

小島教授らは、BDNFの産生不全マウス(BDNFmet/leu)のシナプス解析、マウスの行動解析を行い、BDNFの産生不全と自閉症様行動の関係を示しました。清華大学のBai Lu教授はこのBDNFの産生不全が神経伝達に影響することを以前に行った電気生理学の研究から見出しており、BDNFの「陰陽仮説」を提唱しています。

本研究のBDNFmet/leuマウスは、神経細胞の樹状突起の複雑性の低下、未熟なスパインの増加、成熟スパインの減少、シナプスタンパク質の変化、シナプス伝達の低下、社会的行動の障害、ヒトの自閉症患者に見られるような反復行動を含むASD関連の表現型を示します。つまり、これまで報告されてきた自閉症の遺伝的要因や環境的要因に関する研究とは異なり、BDNFというシナプス伝達に重要な神経栄養因子タンパク質の産生機能障害が自閉症発症の鍵であることを示唆しました。

もう一つの重要な発見は、BDNFmet/leuマウスモデルは、特に、ASD患者の「自己刺激」行動に類似した定型行動である「星を見る」などの顕著な反復行動が見られることです。この行動は、ASD児、特にトゥレット症候群において顕著とされます。BDNFmet/leuマウスのこうした行動表現型は、病態研究や薬剤開発のための貴重な観察指標と考えられます。

本共同研究の強みは、神経栄養因子BDNFの産生不全をヒト研究にまで展開したことにあります。つまり首都医科大学付属北京天壇病院のFeng Yang教授が率いる研究チームは、臨床症例対照研究において、ASDの子どもの血漿中のproBDNFとmBDNFの濃度が有意に減少し、proBDNFとmBDNFの比率が上昇傾向にあることを見出しました。この重要な発見は、自閉症病態の理解において新たな方向性を与えるだけでなく、脳内のproBDNFからmBDNFへの変換メカニズムの障害と、ASD患者の行動特性との間に密接な関係があることを示しています。そしてこの発見は、これらの血漿指標が自閉症スペクトラムのバイオマーカーとして機能する可能性を示唆しており、疾患進行のモニタリング、薬剤有効性の評価を可能にする科学的根拠を提供するものと期待されます。

本研究は神経栄養因子BDNFの産生低下が自閉症の病因において中心的役割を果たすことを提唱したもので、本発見は、ASDの診断と治療を前進させる新たな方向性を示しています。そして本疾患の進行をモニタリングし、薬剤の有効性を評価するためのバイオマーカー研究への進展が期待されます。

本研究が、自閉症の治療と診断の研究を促進し、本精神疾患分野の研究のための道を開くことを願っています。

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(22K06448)、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)(JPMJCR0833)の支援のもとで行われました。

【用語解説】
注1) 血漿
血漿は、血液において血球成分(赤血球、白血球、血小板など)以外の成分を指す。そこに含まれるのは、タンパク質、ブドウ糖、脂質、金属イオン、ビタミンなどであり、体の各部位に栄養を運ぶと同時に老廃物を運び出すはたらきも行う。

注2) バイオマーカー
バイオマーカーは、疾患の有無や進行状態を示す生理学的指標とされる。 本研究のような血中成分、血圧や心拍数、血圧や心電図などのデータに対しても使われる。


▼本件に関する問い合わせ先

金沢工業大学 広報課

住所

: 石川県野々市市扇が丘7-1

TEL

: 076-246-4784

FAX

: 076-248-7318

E-mail

koho@kanazawa-it.ac.jp