昭和医科大学

【昭和医科大学】ミトコンドリアゲノム解析で発見された"隠れた種多様性"―小笠原諸島のリクヒモムシ、広域分布種とは異なる系統を確認―

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昭和医科大学(東京品川区/学長:上條由美)の蛭田眞平准教授(富士山麓自然・生物研究所)、海洋研究開発機構の波々伯部夏美研究員らのグループは、ミトコンドリアゲノム解析と形態比較により、日本国内のリクヒモムシが種レベルで異なる2つのグループに分かれることを明らかにしました。小笠原諸島のリクヒモムシは、これまで同一種と考えられてきた世界に広く分布するグループとは形態やミトコンドリアのゲノム構造が異なる系統でした。さらに、1980年代の博物館標本の再検討により過去の分布も確認されました。本研究は、島嶼生態系保全におけるDNA情報に基づく種同定・分類の重要性を示しました。

1.概要
 小笠原諸島では、外来生物が島の生態系に影響を及ぼすことが懸念されています。本研究では、その一因とされてきた小笠原諸島および沖縄県与那国島に生息する陸生の紐形動物(ひもがたどうぶつ)*¹ 、リクヒモムシ属(Geonemertes属)*²について、ミトコンドリアゲノム に*³基づく分子系統解析*⁴および外部・内部形態の比較研究を実施しました。

 その結果、日本国内には、
・小笠原諸島に固有と考えられる系統(小笠原系統)
・太平洋〜大西洋の熱帯・亜熱帯域に広く分布する系統(広域分布系統、与那国島を含む)
の2つのグループが存在することを明らかにしました。

 リクヒモムシ属は、陸上に生息する数少ない紐形動物で、ワラジムシ、ガ、クモ、巻貝などさまざまな小型土壌動物を捕食する肉食性の生態をもちます。
 これまで小笠原諸島のリクヒモムシは、パラオから原記載*⁵され世界各地に広く分布するとされる Geonemertes pelaensis と同一種と考えられてきましたが、近年の研究で、摂食生態が異なる可能性が指摘されていました。また、小笠原ではリクヒモムシが在来のクモや昆虫などの節足動物を多く捕食することで、生態系に影響を及ぼす可能性が懸念されていました。しかし、これらの先行研究はいずれも形態の違いに基づいた種判定にとどまり、DNA情報に基づく検証は行われていませんでした。

 本研究では、ミトコンドリアゲノムに基づく分子系統解析と形態比較により、小笠原諸島のグループが、太平洋〜大西洋の熱帯〜亜熱帯域に広く分布するグループ(与那国島を含む)とは、ゲノムサイズ・遺伝子配置・形態的特徴のいずれにおいても明瞭に異なることを示しました。
 さらに、1980年代に小笠原諸島・父島から採集された博物館標本を再検討した結果、小笠原諸島では以前から広域分布するグループとは種レベルで異なるグループが継続して分布している可能性も確認されました。

 本成果は、これまで注目されてこなかった小型無脊椎動物において、形態・DNA情報に基づく正確な種同定と標本資料を活用した時系列的モニタリングが、島嶼生態系の生物多様性理解と保全に不可欠であることを示しています。

2.背景
 海洋島は、一般に固有種が多く生息し独自の進化過程をもつ一方で、生物侵入による影響を受けやすいという特徴をもっています。東京の南約1,000kmに位置する小笠原諸島は、長期間の地理的隔離によって形成された独自の島嶼生態系を有し、2011年にユネスコ世界自然遺産に登録されました。

 紐形動物は、世界で約1,350種が知られる無脊椎動物で、柔らかくニョロニョロとしたひも状の体をもちます。大多数の種は海底に生息しますが、一部の種は淡水域や陸上にも進出しています。その中でもリクヒモムシ属(Geonemertes属)は、熱帯から亜熱帯の島嶼にかけて広く分布する陸生のヒモムシとして知られています。

 日本では、小笠原諸島および南西諸島からリクヒモムシ属の分布が報告されており、形態学的な類似性から、これまで世界各地に分布するGeonemertes pelaensisと同一種と考えられてきました。
 しかし近年、小笠原諸島の個体では、クモや小型昆虫などを活発に捕食する様子が観察されており、セーシェル諸島など他地域で報告されている貝類捕食型のG. pelaensisとは摂食生態が異なることが指摘されています。また、小笠原ではリクヒモムシが在来のクモや昆虫などの節足動物を多く捕食することで、生態系に影響を及ぼす可能性も懸念されています。これらの生態学的な違いは、地域間での種の分化を示唆するものの、これまでの報告は形態観察に基づくものであり、DNA情報による検証は行われていませんでした。
 本研究では、小笠原諸島および与那国島に生息するリクヒモムシ属を対象に、ミトコンドリアゲノム解析と形態比較によって分類学的位置づけを再評価しました。さらに、1980年代に採集された博物館標本を再調査し、過去からの分布の継続性についても検証しました。

3.成果
 今回の研究では、次世代シークエンサーで決定した小笠原諸島および与那国島のリクヒモムシのミトコンドリアゲノムを解析し、国内のリクヒモムシには種レベルで異なる2つのグループ(小笠原系統と広域分布系統)が存在することを明らかにしました(図1, 2)。

■ゲノムサイズの大きな違い
・小笠原系統: 約18,700塩基対
・広域分布系統(与那国島など): 約31,700塩基対
 後者は後生動物の一般的なミトコンドリアゲノムの約2倍で、遺伝子配置も大きく異なりました。広域分布系統の特徴は、遠く離れたニューカレドニア、カリブ海マルティニーク島産の個体とも一致していました(図3)。

■遺伝的距離の大きな開き
 ミトコンドリアCOX1遺伝子部分の比較では、両系統の遺伝的差異は6.7~8.6%に達し、紐形動物の同種内で一般的に見られる変異範囲を超えていました。
→ 両者が別種である可能性を強く示す結果です。

■形態的な違いも一致
・体色
・背中の縦筋模様の太さ
・吻(獲物捕獲器官)内部の副針嚢の数

 これらが系統間で異なることが確認され、DNA解析と形態の両面から、別系統であると裏づけられました。

■1980年代採集の標本との一致
 小笠原・父島で1980年代に採集され、オランダのナチュラリス生物多様性センターに収蔵されている標本を再調査したところ、現在の個体とほぼ同じ形態を示しました(図4)。
→ 小笠原系統が長期間にわたり同地で生息していた可能性が示されました。

4.今後の展望
 今後は、小笠原系統や広域分布系統がどのように成立したのかを明らかにするため、より詳細な遺伝的解析を進める予定です。これにより、リクヒモムシ属における島嶼での分化過程や、地史的・生態的背景に基づく歴史的な経緯の理解が一層進むことが期待されます。

 また、本研究で示したように、博物館標本は過去の分布記録を検証し、生物多様性の中長期的な変化を明らかにするうえで極めて有効です。過去から現在、そして未来をつなぐ博物館標本とDNA情報の活用は、気候変動や人為的影響が島嶼生態系に及ぼす影響を科学的に評価するうえで重要な手がかりとなります。

 本研究は、見落とされがちな小型無脊椎動物の多様性を明らかにするものであり、島嶼生態系のモニタリングや自然保護政策の基礎資料としても重要な成果です。

5.発表論文
・タイトル: Unrecognized Species-Level Diversity of Terrestrial Nemerteans in the UNESCO World Heritage Ogasawara Islands Revealed by Mitogenomics.
・著者: 波々伯部夏美、蛭田眞平、矢吹彬憲、吉野広軌、久末遊、澤田直人、上島励、柁原宏
・掲載誌: BMC Ecology and Evolution
・掲載日: 2025年12月19日
・DOI: 10.1186/s12862-025-02468-7
・掲載URL: https://doi.org/10.1186/s12862-025-02468-7


【用語解説】
*1 紐形動物(ひもがたどうぶつ)
 紐形動物門(Phylum Nemertea)に属する無脊椎動物で、「リボンワーム」とも呼ばれる。細長く柔らかい体をもち、主に海産で、超深海から潮間帯まで広く生息する。

*2 リクヒモムシ属(Geonemertes属)
 紐形動物門の中では数少ない陸上性の一群。湿った落ち葉層や石、レンガの下などに生息する。肉食性で、クモや小型昆虫、巻貝などを捕食する。熱帯〜亜熱帯の島嶼に分布し、日本では小笠原諸島と沖縄県から報告されている。

*3 ミトコンドリアゲノム
 動物の核とミトコンドリアにはそれぞれ独自のDNAが存在する。一般に、ミトコンドリア由来DNAは核由来DNAと比較して変異・進化の速度が速く、動物分類群間の系統関係を調べるために適している。

*4 分子系統解析
 DNAなど分子レベルの情報を比較し、生物同士の進化的なつながり(共通祖先や分岐関係)を明らかにする手法。形態では見分けられない隠蔽種(いんぺいしゅ)や見分けにくい偽隠蔽種(ぎいんぺいしゅ)などを識別するのにも有効である。

*5 原記載(げんきさい)
 新種を正式に記載した最初の論文および命名行為のこと。今回のGeonemertes pelaensisは、1863年にドイツの動物学者カール・ゴットフリート・ゼムパー(Carl Gottfried Semper)が、パラオ産の標本をもとに原記載した。

【 図 】
《図1》 国内に分布するリクヒモムシ属(Geonemertes属)
 小笠原諸島(父島)で採集されたリクヒモムシ(左)と、与那国島で採集された広域分布系統(右)。体色や背中の縦筋模様幅のほか、吻の副針嚢の数に違いがみられる。

《図2》 リクヒモムシ属の遺伝的分化と地理的分布
 AはミトコンドリアCOX1遺伝子の部分配列(573bp)に基づく分子系統樹。小笠原系統(オレンジ)と、バミューダ諸島・キューバ・マルティニーク島・ニューカレドニア・沖縄諸島などに分布する広域分布系統(青)は明瞭に分かれ、両者が別系統であることを示す。
・CC BY-NC-ND 4.0に基づき論文より引用し日本語に改変。

《図3》 ミトコンドリアゲノムに基づくリクヒモムシ属の分子系統学的位置、遺伝子配置およびゲノムサイズの比較
(A)ミトコンドリアゲノム上の13個のタンパク質コード遺伝子と2つのrRNA遺伝子に基づく分子系統樹。
(B)ミトコンドリア遺伝子の配置比較。リクヒモムシ属では、遺伝子の配置が祖先的な海産種と大きく異なる。
(C)ゲノムサイズの比較。広域分布系統のリクヒモムシは他種と比較して著しくゲノムサイズが増加している。
・CC BY-NC-ND 4.0に基づき論文より引用し日本語に改変。

《図4》 1980年代に小笠原諸島・父島で採集されたリクヒモムシの標本
(A)1987年に採集された標本。
(B)1986年に採集された標本。
 これらの標本はいずれも1980年代当時に Geonemertes pelaensis として同定されたもので、現在はオランダのナチュラリス生物多様性センターに収蔵されている。
・CC BY-NC-ND 4.0に基づき論文より引用。


▼本件に関する問い合わせ先
 昭和医科大学 富士山麓自然・生物研究所
 准教授 蛭田 眞平 (ひるた しんぺい)
 E-mail: hiruta@cas.showa-u.ac.jp

 国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター
 研究員 波々伯部 夏美 (ほおかべ なつみ)
 E-mail: hookaben@jamstec.go.jp

 国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター
 主任研究員 矢吹 彬憲 (やぶき あきのり)
 E-mail: yabukia@jamstec.go.jp

▼本件リリース元
 学校法人 昭和医科大学 総務部 総務課 大学広報係
 TEL: 03-3784-8059
 E-mail: press@ofc.showa-u.ac.jp

昭和医科大学_図1.jpg 図1 国内に分布するリクヒモムシ属(Geonemertes属)

昭和医科大学_図2.jpg 図2 リクヒモムシ属の遺伝的分化と地理的分布

昭和医科大学_図3.jpg 図3 ミトコンドリアゲノムに基づくリクヒモムシ属の分子系統学的位置、遺伝子配置およびゲノムサイズの比較

昭和医科大学_図4.jpg 図4 1980年代に小笠原諸島・父島で採集されたリクヒモムシの標本