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【日本大学】メチオニン代謝の異常を介した新しい肝線維化メカニズムを発見しました~脂肪肝から脂肪肝炎への進行メカニズム解明 新しい治療方法につながる可能性~

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【概 要】
 日本大学生物資源科学部バイオサイエンス学科の 細野 崇 准教授、関 泰一郎 教授らの研究チームは、脂肪肝(注1)から代謝機能障害関連脂肪性肝炎(以下、MASH、注2)へと病気が進行するメカニズムを明らかにしました。MASHは、飲酒以外の原因で脂肪肝が炎症や肝線維化(肝臓が固くなる)を起こした状態を指します。放置すると肝硬変や肝臓がんへと進行するリスクが高まることがわかっていますが、これまで進行メカニズムは不明でした。
 研究チームはマウスを使った実験を行い、病気が進行する過程で必須アミノ酸であるメチオニンの代謝に異常が生じること、さらにヒストンと呼ばれるDNAを巻きつけているタンパク質の化学反応(メチル化、注3)を介して、肝線維化が引き起こされることを突き止めました。
 研究チームは、「本研究結果は、脂肪肝からMASHへの進行を抑える治療方法に道を開く可能性がある」と期待をかけており、さらに研究を進める方針です。
本研究成果は、The Journal of Biological Chemistry誌のオンライン版に2025年11月20日付で公開されました。

【研究の背景】
 日本では、食生活の欧米化や運動不足、肥満や糖尿病といったメタボリックシンドロームの増加に伴い、脂肪肝とその進展形であるMASHがきわめて身近な肝疾患になっています。日本人の成人の少なくとも4人に1人が脂肪肝を有すると推計され、男性では約3割、女性でも1〜2割がMASLDに該当すると報告されており、世界的に見ても脂肪肝・MASLDが非常に多い国となっています。脂肪肝の原因は、飲酒による「アルコール性脂肪肝」と、飲酒以外の原因による「代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD、注2)」の2つに大別されます。脂肪肝から炎症や肝線維化を伴ったMASHへ進行する過程には、脂肪の蓄積に伴う慢性的な炎症と、それに続く肝星細胞の活性化が関与すると考えられていますが、単純性脂肪肝のままとどまる場合も存在しており、どのような要因やメカニズムによって脂肪肝からMASHに進行するのかはこれまで明らかではありませんでした。

【研究内容と成果】
 我々は、まず、脂肪肝から肝線維化が惹起されるコリン欠乏メチオニン減量高脂肪食を用いたMASHモデルマウスにおいて、肝臓組織の経時的なサンプリングを行い、メタボロミクス解析(代謝物の網羅的解析)とトランスクリプトーム解析(遺伝子発現の網羅的解析)を実施しました。その結果、メチオニンの代謝産物であるS-アデノシルメチオニン(SAM、注4)が増加し、S-アデノシルホモシステイン(SAH)が減少する、すなわちSAM/SAH比が上昇することを見出しました。実際にSAM合成酵素のメチオニンアデノシルトランスフェラーゼ阻害剤であるシクロロイシンをMASHモデルマウスに投与すると、肝臓におけるSAM/SAH比の上昇が抑えられ、脂肪肝や肝線維化が改善しました。さらに、肝臓においてヒストンのメチル化修飾パターンが変化しており、エピジェネティックな制御によって肝線維化が引き起こされることが明らかになりました。これらの変化は、コリン欠乏メチオニン減量高脂肪食とは異なるフルクトース含有高コレステロール食をレプチン欠損マウスに与える別のMASHモデルマウスにおいても認められ、同様にSAM/SAH比の上昇とヒストンのメチル化修飾の変化が観察されました。
 以上より、メチオニン代謝異常に伴う肝臓のSAM/SAH比の上昇が、ヒストンのメチル化修飾変化を介して脂肪肝から肝線維化への進行に関与することがはじめて明らかとなりました。

【今後の展望】
 日本には、現在、2000万人以上のMASLD患者がいると推計されており、そのうち約25%が炎症を伴うMASHに進行すると推定されています。日本ではMASHおよびMASLDの病態に特異的に効果を有する治療薬は承認されておらず、併存疾患の治療と生活習慣の改善が治療の中心となっています。
 今後は、今回見出した脂肪肝からMASHへの進行メカニズムが、ヒトのMASH病態形成にどの程度関与するかについて検討する必要がありますが、本研究の成果を踏まえ、メチオニン代謝を正常化する食事・栄養介入により、脂肪肝からMASHの進行を抑えるための新たな治療標的の提案につながることが期待されます。

【用語解説】
(注1)脂肪肝は、肝臓に中性脂肪が過剰に蓄積した状態です。健康な肝臓に含まれる脂肪の割合は約5%程度ですが、それ以上に蓄積すると脂肪肝と診断されます。健康診断などで指摘されることが多い病気ですが、初期にはほとんど自覚症状がないため、気づかないうちに進行していることがあります。放置すると、肝炎や肝硬変、さらには肝臓がんへと進行するリスクが高まります。

(注2)代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)と代謝機能障害関連脂肪性肝炎(MASH)は、いずれもアルコール摂取が原因ではない脂肪肝で、主にメタボリックシンドロームに関連する病態です。肝臓に中性脂肪が過剰に蓄積した脂肪肝となった病態をMASLDと呼びます。MASLDのうち、肝臓の細胞が炎症を起こして損傷し、コラーゲンなどの線維が細胞外に蓄積する肝線維化を伴う病気がMASHです。

(注3)ヒストンタンパク質のメチル化は、遺伝子発現を調節するエピジェネティクス機構の一つです。ヒストンタンパク質(DNAが巻き付くタンパク質)のアミノ酸残基にメチル基が付加されることで、DNAの構造が変化し、遺伝子の転写活性化や抑制に関与します。

(注4)SAMはメチオニン代謝中間体であり、DNA、タンパク質、リン脂質、RNA、および神経伝達物質へのメチル基転移に関与するメチル基供与体です。とくにエピジェネティクス調節においてDNAおよびヒストンメチル化の主要なメチル基供与体として、遺伝子発現制御に重要な役割を担っています。SAM/SAH比は、体内のメチル化能力のバランスを示しており、通常、この比が高いほどメチル化が活発に行われていることを意味します。

【論文情報】
タイトル:Metabolic and Epigenetic Abnormalities Cause Hepatic Fibrogenesis in Metabolic Dysfunction-Associated Steatohepatitis Model Mice
著 者:Atsushi Miura, Shiori Ikeda, Yuki Kono, Keigo Kawate, Takashi Hosono*, Taiichiro Seki
*Corresponding author
掲載誌:The Journal of Biological Chemistry
https://doi.org/10.1016/j.jbc.2025.110959

【研究助成】
本研究は、科学研究費助成事業(JSPS科研費(基盤研究(B))課題番号:19H02914; (若手研究)課題番号:19K15776)の支援により実施されました。

【問い合わせ先】
日本大学生物資源科学部バイオサイエンス学科 准教授 細野 崇
〒252-0880 神奈川県藤沢市亀井野1866
TEL:0466-84-3847
E-mail:hosono.takashi [at] nihon-u.ac.jp
※上記の[at]は@に置き換えてください。


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