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【東京医科大学】アルツハイマー病のアミロイド斑内における自己抗体の存在とその意義 ~抗体の二面性と治療薬開発におけるピットフォール~

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東京医科大学(学長:宮澤啓介/東京都新宿区)人体病理学分野 高橋礼典准教授、長尾俊孝主任教授と沖縄県立中部病院 内原俊記医師らによる研究グループは、アルツハイマー病(AD)脳内のアミロイド斑には、アミロイドβペプチド(Aβ)に対する自己抗体が存在することを世界で初めて示しました。これは今後の抗体治療の開発や治療薬の投与方法に大きな影響を与えると考えられます。
本研究成果は、2025年10月30日付で、国際学術誌「Journal of Alzheimer’s Disease」に掲載されました。

【概要】 
 東京医科大学(学長:宮澤啓介/東京都新宿区)人体病理学分野 高橋礼典准教授、長尾俊孝主任教授と沖縄県立中部病院 内原俊記医師らによる研究グループは、アルツハイマー病(AD)脳内のアミロイド斑には、アミロイドβペプチド(Aβ)に対する自己抗体が存在することを世界で初めて示しました。Aβは正常脳にも存在しますが、AD脳ではアミロイド斑として沈着し、認知症の原因になるとも考えられています。
 現在、そのAβに結合させて排除することを目的として、Aβに対する抗体を投与する抗体治療が行われています。本研究では、治療前からアミロイド斑内にはAβに対する自己抗体が存在することを明らかにしました。
 この成果は、今後の抗体治療の開発や治療薬の投与方法に大きな影響を与えると考えられます。本研究成果は、2025年10月30日付で、国際学術誌「Journal of Alzheimer's Disease」に掲載されました。

【本研究のポイント】
●Aβを排除するために、体内で産生されたAβに対する抗体(抗AβIgG自己抗体)が体液中に存在していることは既に知られていたが、本研究では、アミロイド斑内にも抗AβIgG自己抗体が存在することを初めて示した。
●現在のAβ抗体療法は充分に有効な治療とは言えないため、アミロイド斑内の抗AβIgG自己抗体に着目することで、より効果的な治療薬の開発が期待される。

【研究の背景】
 AD脳組織に、合成したAβを投与するとアミロイド斑に結合することは既に知られています。しかし、合成Aβを過剰に投与しても、アミロイド斑が次第に膨大化することはなく、アミロイド斑は常に一定の大きさにとどまるという現象が報告されています。また、アミロイド斑の形成過程で、Aβの沈着に伴い多くのタンパク質も共に凝集され、その中には免疫グロブリンIgG抗体が含まれることも報告されています。そこで我々は、投与した合成Aβが結合する特異的なタンパク質がアミロイド斑には存在し、それは体内で産生されたAβに対する自己抗体ではないかと考え、本研究に取り組むこととしました。

【本研究で得られた結果・知見】
 一つの結合部位に対して複数のタンパク質が競合して結合する性質を利用し、タンパク質間の結合性を評価する競合結合アッセイ法は、多くの研究分野で用いられています。このアッセイ法を組織切片上に応用し、新たに「組織競合結合アッセイ法」を確立しました。本アッセイ法を用いることで、AD脳組織に投与した合成Aβと特異的に結合するタンパク質が、アミロイド斑に存在することを明らかにしました(図1)。さらに、超解像顕微鏡を用いてアミロイド斑内で、投与したビオチン化合成Aβ42(Bio42)とIgG抗体が共存していることを示しました(図2A)。加えて、免疫沈降法およびウエスタンブロット法を用いて、Bio42がAD脳組織内のIgG抗体と直接結合することを確認しました(図2B)。以上の実験結果を整理すると次の結論が導かれます。

①アミロイド斑にはBio42が特異的に結合するタンパク質が存在している(図1)
②アミロイド斑内でBio42とIgG抗体が共存している(図2A)
③AD脳組織内のIgG抗体はBio42と直接結合する(図2B)

これら3点から、アミロイド斑内には、脳組織に投与したBio42が結合する抗AβIgG自己抗体が存在していることが示唆されます。

 (図1上段)投与するAβとして、凝集性が最も高いAβ42を合成し(左枠内1: Pep42)、可視化するためにPep42をビオチン(2)で標識してBio42 (3)も作製しました。アミロイド斑と結合したBio42は茶色に染色されます(4)が、ビオチン標識されていないPep42は結合しても発色されません(5)。Bio42の量を一定に保ちつつ(1μg/ml)、Bio42と競合するPep42の量を増やしてAD脳組織切片に投与すると、Pep42/Bio42の比率が0.01、0.1、1、10と高くなるにつれて、Bio42の結合はPep42によって阻害され、アミロイド斑の染色濃度は減少します (右表)。(下段図)組織競合結合アッセイ法による代表的な染色結果です。Bio42はアミロイド斑に結合して茶色く染色され(矢頭)、血管壁(*)にも結合しています(A)。Pep42/Bio42の比率が0.1(B)、10(C)と高くなるにつれ、染色されるアミロイド斑の染色濃度と数が減少しています。
 (図2A)脳組織に投与したBio42とIgG抗体を二重蛍光染色し、鮮明な画像を撮像できる超解像顕微鏡を用いてアミロイド斑を観察したところ、Bio42(緑色)とIgG抗体(赤色)が重なり合い、黄色い部分が散見され(Merge)、両者の共存を確認できます。(図2B)免疫沈降法により、Bio42に結合するAD脳組織由来のタンパク質を回収します。回収したタンパク質(1)とAD脳組織(2)をそれぞれ抗IgG抗体(IgG)でブロッティングにより検出したところ、IgG抗体と同じ位置(矢頭)にバンドが検出され(*)、IgG抗体がBio42に直接結合していることが確認できます。

【今後の研究展開および波及効果】
 高齢化社会において、ADの有効かつ実践的な治療法の確立は重要な課題です。現在、ADに対して抗体療法が用いられており、一部の患者にはある程度の有効性が報告されています。しかしながら、治療費は高額であり、また副作用が生じることもあるため、現実的な治療法とは言い難い状況にあります。今後もAβに着目した抗体療法の開発は、世界的に進められていくことが予想されます。その際、「アミロイド斑内には治療前から抗AβIgG自己抗体が存在している」という提唱に基づき、次の3つの可能性を考慮した治療薬開発や投薬方法が望まれます(図3)

①ADや認知症患者脳内には多数のアミロイド斑が形成されているため、能動免疫療法のために投与されたAβは、アミロイド斑内の抗AβIgG自己抗体に吸収される(図3, 1)。
②アミロイド斑形成時にIgG抗体もAβとともに凝集されることから、受動免疫療法のために投与された抗Aβ抗体もアミロイド斑に凝集される(図3, 2)。
③血管壁内にも抗AβIgG自己抗体が存在しているため(図1*)、抗体治療薬を過剰に投与すると免疫複合体が血管壁に沈着し、副作用としての血管炎を起こす(図3、3)。

自己抗体には、Aβを排除すると共に、治療効果の低下や副作用を引き起こす二面性があります。この二面性を考慮することにより、有効な新規治療薬の開発が期待できます。

【論文情報】
タイトル:One of the binding proteins for administered Aβ appears to be anti-Aβ IgG antibody in amyloid plaques
著  者: Reisuke H. Takahashi⋆, Mayumi Yokotsuka, Ayako Nakamura, Toshitaka Nagao, Gunnar K. Gouras, Toshiki Uchihara(⋆:責任著者)
掲載誌名:Journal of Alzheimer's Disease
DOI: https://doi.org/10.1177/13872877251389631

【主な競争的研究資金】
文部科学省科研費基盤(C)2 3 K 0 6 8 1 1

【人体病理学分野HP】
https://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/shinryo/byouri/index.html

▼本件に関する問い合わせ先

企画部 広報・社会連携推進室

住所

: 〒160-8402 東京都新宿区新宿6-1-1

TEL

: 03-3351-6141(代)

E-mail

d-koho@tokyo-med.ac.jp

画像1.jpg 図1.Pep42によるBio42のアミロイド斑への結合阻害

画像2.png 図2.Bio42とIgG抗体のアミロイド斑内における共存と直接結合(Bar:5μm)

画像3.png 図3.免疫療法によりAD・認知症患者脳内で予想される変化