清泉女子大学

清泉女子大学が東京都指定有形文化財に指定された「旧島津公爵家袖ヶ崎本邸洋館」のお披露目会を開催

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清泉女子大学(東京都品川区)では今年3月、東京都の指定有形文化財に指定された感謝を込めて、6月10日に旧島津公爵家袖ヶ崎本邸洋館のお披露目会を開催。当日は島津家第32代当主で島津興業会長の島津修久氏をはじめ、設計者であるジョサイア・コンドル研究の第一人者・河東義之氏らによる講演などが行われた。

 清泉女子大学の象徴である本館は、大正時代に島津公爵邸としてイギリス人建築家ジョサイア・コンドル氏により設計されたイタリア・ルネサンス様式の洋館である。
 建設当時から奇跡的に現存するステンドグラスなど、現存する氏の住宅建築作品として歴史的価値のあるこの施設を、同大ではいまも学びの場として使用し、学生たちに本物の文化に触れる環境を提供している。

 大正6年(1917年)5月には大正天皇、皇后が行幸啓され、この折、寺内首相、松方正義、 牧野伸顯、山本権兵衛、東郷平八郎、樺山資紀らの政府高官、陸海軍の将星等が多数参列した。3日後、島津家では新築披露のため朝野の名士約2,000名を招待し、盛大な園遊会を開催したことが知られている。

 その後、昭和初期には金融恐慌のあおりで島津家も財政的な打撃を受け、当初2万8千坪あった敷地を、昭和4年(1929年)には8千余坪を残して周辺部を売却。その後、第二次世界大戦の苛烈化に伴い大邸宅の維持が困難となり、島津家は袖ヶ崎邸も日本銀行に売却した。

 戦中、戦災を免れた邸宅は戦後、昭和21年(1946年)1月にGHQの管理下に入り、駐留軍の将校宿舎として昭和29年(1954年)まで使用された。そして接収解除後の昭和36年(1961年)7月、清泉女子大学は日本銀行から土地と建物を購入し、昭和37年(1962年)4月に神奈川県横須賀から大学を移転して、今日に至っている。

 6月10日に開催されたお披露目会では、門野泉学長の挨拶、丹下甲一・鹿児島県副知事の祝辞に続き、島津家第32代当主・島津修久氏(島津興業会長)が講演。精矛神社宮司・島津義秀氏による薩摩琵琶演奏をはさんで、ジョサイア・コンドル研究の第一人者である河東義之氏が「コンドルと旧島津公爵家袖ヶ崎本邸洋館」、東京都教育庁の鈴木徳子学芸員による「近代建築の文化財指定」と題する講演会などが催された。

ジョサイア・コンドル(Josiah ConderIII 1852~1920)について
 英国・ロンドン出身の建築家。明治10(1877)年、日本政府の招きにより来日したお抱え技師で、工部大学校建築学科の教授になるとともに、数多くの官公署の建物や華族、財閥の邸宅の設計に当たった。主なものとしては、鹿鳴館、ニコライ堂、岩崎久彌邸、古河虎之助邸、三井倶楽部、旧東京帝室博物館、旧海軍省、旧大審院などがある。辰野金吾ら、創生期の日本人建築家を育成し、近代建築界の基礎を築いた。

(参考)
・旧島津公爵邸案内(清泉女子大学ホームページ)
 http://www.seisen-u.ac.jp/shimazu/01history.html
・清泉女子大学本館(旧島津公爵邸)が東京都指定有形文化財に指定(大学プレスセンター)
 http://www.u-presscenter.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=3795

▼本件に関する問い合わせ先
 清泉女子大学 学長室 (広報担当:角田)
 〒141-8642 東京都品川区東五反田3-16-21
 TEL: 03-3447-5551(代表)
 FAX: 03-5421-3274
 E-mail: gakucho-shitsu@seisen-u.ac.jp

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