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蚊のオスが「メスの羽音」に惹かれる理由を解明 ~行動の性差を生む遺伝子 fruitless がオスの耳をつくる~

蚊のオスが「メスの羽音」に惹かれる理由を解明 ~行動の性差を生む遺伝子 fruitless がオスの耳をつくる~
【本研究のポイント】
・約100年前から知られる蚊の行動の性差に、鍵となる遺伝子 fruitless 注1)を同定。
・fruitless が機能しないオスは、夕暮れに集まらずメスの羽音にも誘引されない。
・その耳は音をほとんど増幅できず、脳へ届く聴覚信号も大きく減っていた。
・fruitless とその下流の遺伝子は、蚊の防除に向けた新たな標的となりうる。

【研究概要】

 名古屋大学大学院理学研究科/トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の ロー ユーミン 博士研究員、マシュー スー 助教、上川内 あづさ 教授らの研究グループは、米国アイオワ大学の Eberl Daniel 教授らとの共同研究で、遺伝子 fruitless(フルートレス)が、デング熱などを媒介するネッタイシマカのオスに特異的な聴覚系を成り立たせることで、メスの羽音に誘引されるというオス特有の繁殖行動を成立させていることを発見しました。
 蚊のオスは夕暮れに群れをつくり、飛来したメスの羽音を聞きつけて交尾します。一方で、メスはオスの羽音には誘引されません。約100年前から知られるこの際立った行動の性差を生み出す遺伝子は、これまで不明でした。本研究グループは、fruitless のオス型タンパク質 FruM を欠くオスが、夕暮れに他のオスと集まる行動を示さずメスの羽音への誘引も完全に失うこと、そしてその背景に聴覚系の大きな機能変化があることを見いだしました。FruM を欠くオスの耳は、メスの羽音を能動的に増幅する仕組みを失い、脳へ届く聴覚情報も大きく減っていました。
 オスは聴覚を頼りにメスを見つけて交尾するため、その聴覚を支える fruitless やその下流の遺伝子を標的とすることで、蚊の繁殖を抑える新たな防除法につながることが期待されます。
 本研究成果は、2026年10月28日午前3時(日本時間)付で生命科学分野の国際学術誌『PLOS Biology』に掲載されました。

【研究背景と内容】

 ネッタイシマカは、デング熱、ジカ熱、黄熱などを媒介する蚊です。そのオスは夕暮れになると集まって群れをつくり、そこへ飛来したメスの羽音を聞きつけて追いかけ、交尾します(図1)。メスはこうした羽音への応答行動は示さず、交尾を終えると宿主を探して吸血し、産卵します。オスにとって聴覚は交尾に欠かせない感覚であり、その仕組みを解き明かすことは、蚊の繁殖を制御する新たな戦略につながると期待されています。

図1 蚊の配偶行動
オスの蚊は群れを作ってメスの飛来を待つ。メスが近づくとその羽音を聞きつけて、オスはメスに接近
して求愛し、交尾に至る。雌雄の羽音の高さは異なっており、ネッタイシマカのオスでは約750Hz、
メスでは約450Hzである。Loh et al., 2026より抜粋。

 蚊は、触角に音を受容する聴覚器官(以下、耳)を持ちます。この耳は、触角基部にあるジョンストン器官注2)と、そこから伸びる長い鞭節から構成されています(図2)。ジョンストン器官には、中枢神経系から下行する遠心性神経系注3)が投射して、その機能を調節しています。これは他の昆虫では見られない特徴で、むしろ脊椎動物の耳の仕組みと類似しています。この機能調節の仕組みに、蚊では性差があることが知られています。また、耳が最もよく反応する音の高さにも、蚊の雌雄で大きな違いがあります。

図2 蚊の聴覚器官
私たちの鼓膜のように、鞭節が音を受けて振動する。
その振動が触角基部のジョンストン器官に伝わり、内部の神経細胞を活性化する。

 昆虫において、神経機能に性差をもたらす遺伝子の一つが fruitlessです。ショウジョウバエを用いた研究で、性決定の遺伝子機構の下流で、主に fruitless の機能が行動の性差を担うことが明らかにされてきました。蚊においても、FruM を欠くオス(以下、変異オス)が交尾に失敗することは報告されていましたが、その原因は不明であり、蚊の耳における fruitless の役割は未解明でした。
 本研究ではまず、変異オスが、夕暮れに他のオスと集まる行動を示さないことを見いだしました。飼育ケージ内でのオス集団の飛翔を追跡すると、正常なオスがケージ中央付近に集まるのに対し、変異オスではそうした集合が見られませんでした(図3)。音への誘引を調べる行動実験でも、正常なオスがメスの羽音に相当する400〜500 Hz 付近の周波数を持つ純音に強く誘引されたのに対し、変異オスは実験に用いたすべての周波数で誘引されませんでした。

図3 蚊の飛翔行動の比較
蚊の飛翔を飼育ケージ下から撮影し、その軌跡をヒートマップで描画した。オス(♂)は中心に集まるが、メス(♀)や変異オス(fruM♂)はより外縁部に分布した。Loh et al., 2026より改変。

 そこで、fruitless の耳での発現を調べたところ、ジョンストン器官の神経細胞で強い発現が見られました(図4)。この結果から fruitless が耳の働きそのものに関わっている可能性が出てきたため、次に耳の性能を詳しく調べました。蚊のオスの耳は、自ら振動することで、感度が最も高くなる音の高さ(周波数)を能動的に調節しています。正常なオスでは、この感度のピークをメスの羽音の帯域に合わせています。ところが、耳の振動を精密に測る装置(レーザードップラー振動計注4))で調べると、変異オスでは感度のピークがより高い音域側へずれ、メスの羽音の帯域から外れていました。さらに電気生理学的計測から、同じ強さの音に対する聴覚神経の応答が、正常なオスの約6分の1にまで減弱していることが分かりました。音をとらえる耳の働きが大きく損なわれており、これが音への誘引の消失につながったと考えられます。

図4 ジョンストン器官でのfruitlessの発現
fruitless遺伝子の発現を、tdTomatoマーカーで可視化した(黄色)。
青色は抗HRP抗体で可視化された神経組織の分布を示す。Loh et al., 2026より改変。

耳が自ら振動するこの仕組みは、ふだんは脳から伸びる遠心性神経系によって抑えられています。その抑制を取り除く処理と、ジョンストン器官の神経細胞を直接活性化する処理の2通りを試したところ、正常なオスでは耳が自ら大きく振動することで音を大きく増幅する現象が現れた一方、変異オスではこの現象は観察されませんでした。耳の内部を詳しく調べると、この増幅を制御する神経のつながり方も、変異オスではその一部がメス型へと変化していました。
 最後に、耳で発現する遺伝子を網羅的に調べたところ、変異オスでは多数の遺伝子の発現が変化していました。変化した遺伝子を絞り込むと、ジョンストン器官の神経細胞が振動を生み出す際に働くと考えられている分子モーター「ダイニン」の遺伝子が複数見つかり、耳の増幅機能が損なわれたこととよく対応しました。ダイニンには多くの種類があり、オスとメスでは発現するものが違います。なかでも、メスの耳で発現の高いダイニン遺伝子の一つは、正常なオスでは FruM によって抑え込まれていると考えられました。実際、この遺伝子の調節領域を用いた試験管内の実験(ゲルシフト解析注5))により、FruM の DNA 結合ドメインがこの領域に結合することを確かめました。以上の結果から、FruM は、メス型の遺伝子を直接抑える一方で、オス型の遺伝子を間接的に高めていることが示唆されました。こうした遺伝子レベルの調節の積み重ねが、メスの羽音をとらえるオス特有の耳を成り立たせていると考えられます。

【成果の意義】

 本研究は、fruitless がオスの聴覚を成り立たせていることを明らかにしました。とりわけ重要なのは、fruitless が末梢の感覚器(耳)そのものの性能を決めていることを示した点です。ショウジョウバエの耳には雌雄の違いがほとんどなく、性決定のしくみが感覚器の性能をどう変えるのかを問うことはできませんでした。約2億5千万年前に分かれたこの2種のあいだで、fruitless が聴覚系において新たな役割を担うようになったと考えられます。雌雄で大きく異なる蚊の耳を研究することで、この問いに正面から取り組むことができます。
 本研究の成果は、蚊の防除にも応用が期待されます。交尾の成立にはオスがメスの羽音を聞き分けることが欠かせないため、fruitless とその下流の遺伝子を標的とすれば、繁殖そのものを妨げられる可能性があります。今後は、FruM が直接制御する遺伝子のさらなる検証や、発生過程における作用機序の解明を進め、標的となる遺伝子を絞り込んでいくことが課題です。

本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR2147)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「マテリアマインド」(JP24H02200)、基盤研究(B)(JP26K01748)、若手研究(JP22K15159)、Human Frontier Science Program(RGP0033/2021)、名古屋大学 Tokai Pathways to Global Excellence(0121an0002)、日本学術振興会 外国人招へい研究者(S22091)および特別研究員(24KJ1285)の支援のもとで行われたものです。

【用語説明】
注1)fruitless(フルートレス):
昆虫の性決定経路の下流に位置する遺伝子。性そのものを決めるのではなく、神経系の雄性化を通じて行動の性差を生み出す。転写因子をコードし、雌雄で異なるスプライシングを受けるため、オスでのみ機能的なタンパク質 FruM がつくられる。

注2)ジョンストン器官:
触角基部にある聴覚器官。触角の振動を神経信号に変換する。ネッタイシマカのオスでは約15000個の感覚神経細胞を含み、メスの羽音を感度よく検出する。

注3)遠心性神経系:
中枢神経系から感覚器へ向けて情報を送る神経の集団。蚊の聴覚系では、周波数特性や増幅を調節していることが知られている。

注4)レーザードップラー振動計:
レーザー光の反射を利用して微小な物体の振動を非接触で計測する装置。蚊の触角のナノメートル単位の振動を測定できる。

注5)ゲルシフト解析:
タンパク質と DNA を試験管内で混ぜ、DNA の移動速度の変化から両者の結合を検出する手法。

【論文情報】
雑誌名:PLOS Biology
論文タイトル:fruitless is essential for male Aedes aegypti mosquito attraction to female flight sounds
(fruitless はネッタイシマカのオスがメスの羽音に誘引されるために必須である)
著者:YuMin M. Loh、Alberto J. Thornton、WenWei Loh、Tai-Ting Lee、Wan-Tze Chen、Yifeng Y. J. Xu、Jia Xin Yap、土屋 雄一朗、Daniel F. Eberl、Matthew P. Su、上川内 あづさ
所属:名古屋大学大学院理学研究科、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)、名古屋大学高等研究院、米国アイオワ大学生物学部
※ Matthew P. Su(名古屋大学大学院理学研究科 助教)と上川内 あづさ(同 教授)は共同責任著者

DOI:10.1371/journal.pbio.3004041
https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3004041

※【WPI-ITbMについて】(https://www.itbm.nagoya-u.ac.jp)
名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の1つとして採択されました。ITbMでは、精緻にデザインされた機能をもつ分子(化合物)を用いて、これまで明らかにされていなかった生命機能の解明を目指すと共に、化学者と生物学者が隣り合わせになって融合研究をおこなうミックス・ラボ、ミックス・オフィスで化学と生物学の融合領域研究を展開しています。「ミックス」をキーワードに、人々の思考、生活、行動を劇的に変えるトランスフォーマティブ分子の発見と開発をおこない、社会が直面する環境問題、食料問題、医療技術の発展といったさまざまな課題に取り組んでいます。これまで10年間の取り組みが高く評価され、世界トップレベルの極めて高い研究水準と優れた研究環境にある研究拠点「WPIアカデミー」のメンバーに認定されました。

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