傷を治しに向かう細胞は、向かわない細胞より温度が高い — 温度をシグナルに使った 細胞の振る舞い制御に糸口 –【神奈川工科大学、慶應義塾大学、自然科学研究機構 生命創成探究センター / 生理学研究所 / 基礎生物学研究所】
本研究成果は学術雑誌 Optics Continuum にて5月3日(米国東部時間)に公開されました。
私たちの体は細胞という1ミリの1/10~1/100程度の大きさの小さな単位で作られています。長い間、このような小さな空間ごとに、区別された温度を維持することができるとは、物理学の常識の中で想像されたこともないことでした。
この系に対し、リーダー細胞とフォロワー細胞の温度をそれぞれ計測し、また結果が測定法に由来する誤りでないことを明確にするため、有機ポリマーを利用した蛍光寿命イメージング顕微鏡法(※1)と、量子ナノドットを利用した蛍光波長シフト顕微分光法(※2)の、全く異なる二つの方法を用い計測を行いました。
これにより、リーダー細胞がフォロワー細胞より温度が高い、という現象は、一つの手法に起因した誤差によってたまたまそのように観察されたのではなく、複数の異なる原理の手法で確認できる現象であることを明らかにしました。これは、細胞のような小さな空間ごとに温度差が存在する、という確かな証拠を一つ加える重要な結果です。
以上の結果から、細胞温度の上昇は、細胞の移動を開始させ、運動を維持させるという役割を担う可能性があることが明らかになりました。これは、生体内の微小な空間における温度差が、生理的な役割、すなわちこの場合であれば、傷を治そうと働きかける役割があることを示唆する点で大きな意義のある結果です。
本研究により、傷を埋めようとする細胞は、同じ組織の中にある同種の動かない細胞に比べて温度が高いこと、また温度が上昇させられることがきっかけとなって、細胞の移動が始まり、温度が下がると移動が止まることが確認されました。
炎症を起こしている組織の温度が上昇し、それに伴い、組織修復のプロセスの一端を担う免疫細胞の一種について炎症部位への移動が促進されることを報告した論文が、本論文とほぼ同時に発表されています[1]。このことは、組織の炎症・修復のプロセスで、温度が修復を早めるためのシグナルとして利用されている可能性を別の視点からサポートしていると考えられます。
今後は、温度上昇によって細胞内部でどのような変化が起き、実際に移動や変形に結びついているのか、そのメカニズムの解明が待たれます。同時に、赤外レーザーをはじめとする、副作用の生じにくい方法で、温度変化を人体の深部にできた損傷や、老化に伴って治癒しにくくなった傷の修復誘導に応用することなどが考えられます。
タイトル:Temperature elevation detection in migrating cells.
タイトル和訳:移動する細胞の温度上昇の検出
著者:中村隆之1、坂本丞2、岡部弘基3、谷口篤史2、山田貴大1、野中茂紀2, 4、亀井保博2、舟橋啓1、富永真琴4, 5 、広井賀子1, 6
1慶應義塾大学 2自然科学研究機構 基礎生物学研究所 3東京大学薬学研究科 4自然科学研究機構 生命創成探究センター 5自然科学研究機構 生理学研究所 6神奈川工科大学創造工学部
掲載誌:Optics Continuum (DOI: 10.1364/OPTCON.453885)
<用語説明>
※1 蛍光寿命イメージング顕微鏡法: 蛍光色素が個々に持つ蛍光寿命を、顕微システムで測定する技術。今回は特に、共著者の一人である東京大学岡部弘基助教の開発した、哺乳動物体温付近に高い感受性のあるfluorescent polymeric thermometer (FPT) [2]を用い、撮像する細胞中に分散させ、構造中のポリマーが温度に依存して相転移することによる蛍光寿命の変化を擬似カラーで可視化している。
※2 蛍光波長シフト顕微分光法: 量子ドットを構成する半導体が、吸収した紫外線のエネルギーを半導体内の電子のギャップ移動を介して再び蛍光として放出する際、環境の温度に依存して放出する蛍光波長が変化する性質を利用し、変化を検出するのに十分な解像度の分光システムを搭載した共焦点蛍光顕微鏡または超解像度蛍光顕微鏡を用いて、個々の量子ドットの発する蛍光波長の変化から温度変化を検出する方法。今回は特に、細胞内の温度変化を検出するために広井らが開発した計算手法[3]をさらに改良し、多くの量子ドット間の温度を比較可能な手法で計測を行った。
[2] Okabe, K., Inada, N., Gota, C. et al. Intracellular temperature mapping with a fluorescent polymeric thermometer and fluorescence lifetime imaging microscopy. Nat Commun 3, 705 (2012). https://doi.org/10.1038/ncomms1714
[3] Tanimoto, R., Hiraiwa, T., Nakai, Y. et al. Detection of Temperature Difference in Neuronal Cells. Scientific Reports 6, 22071 (2016). https://doi.org/10.1038/srep22071
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