抗ウイルス薬ファビピラビルの活性化の鍵となる酵素反応を可視化 ―高い薬効を発揮できる新薬の創製へ向けた新たな手法開拓―(北里大学)
■研究成果のポイント
・酵素HGPRTがファビピラビルを活性型へと変化させる反応を、NMRでリアルタイムに直接観測
・HGPRTが酵素活性を発揮するうえで特に重要な「ホットスポット残基」を同定し、その役割を解明
・NMRデータと分子動力学シミュレーションを統合的に解析し、酵素-薬剤相互作用の機序を解明
・本手法は、より高い薬効をもつ新規抗ウイルス薬やプロドラッグの設計への応用が期待される
■研究の背景
ファビピラビル※1は、ヒト体内に投与後、吸収された細胞内で様々な酵素群により代謝されることで抗ウイルス活性を発揮できるようになる「プロドラッグ」※2です。ファビピラビルが代謝される過程での律速反応※3は、酵素HGPRT※4によるホスホリボシル化※5であり、この反応効率がファビピラビルの薬剤としての有効性を大きく左右します。しかし、これまでの構造解析では、酵素HGPRTを構成するアミノ酸残基のうち、どの残基が実際にファビピラビルのホスホリボシル化に重要な寄与をしているのか十分に解明されておらず、ファビピラビルが活性型に変換される具体的な機序は未解明でした。
■研究内容と成果
本研究では、ファビピラビルを構成する分子の中にフッ素原子 (19F) が含まれていることに着目し、核磁気共鳴 (NMR) 分光法を用いて高い分解能で19Fを直接観測できる「19F-NMR」※6実験を行うことで、酵素HGPRTの働きでファビピラビルがホスホリボシル化を受ける反応をリアルタイムで観測することに成功しました。さらに、遺伝子工学的な技術により、酵素HGPRTの中の特定のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基に置換した変異型HGPRT酵素を作製して19F-NMR実験を行うことで、ファビピラビルと酵素HGPRTの結合親和性やホスホリボシル化反応の速度論的パラメータ (Kmやkcatなど) に特に顕著な影響をおよぼす「ホットスポット残基」※7を明らかにすることに成功しました。
さらに、分子動力学シミュレーションや結合自由エネルギー計算などの計算科学的手法を行い、NMR実験から得られた反応速度パラメータと整合する分子構造上の特徴を、詳細に分析しました。その結果、酵素HGPRTのホットスポット残基が果たしている役割を分子レベルで明らかにすることができました。特に、これまでの構造解析では機能的な役割が十分に解明できていなかった140番目のリジン残基※8について、その機能的意義と重要性を明らかにすることができました。
■今後の展開
本研究で展開した、NMR分光法と計算科学的手法を融合した解析手法は、ファビピラビルに限らず、さまざまなプロドラッグや薬剤-酵素反応系に応用可能です。そして本手法は、薬剤が「なぜ効くのか、なぜ効かないのか」を分子レベルで説明することを可能にし、創薬研究における試行錯誤を減らす新たな設計指針の構築にもつながると考えられます。
2020年からパンデミックを引き起こした新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) により、当時、新規抗ウイルス薬の開発が世界的急務となりました。この出来事は、将来的にも人類が新興感染症の脅威に曝される可能性が常にあり、それに対抗する新薬を開発するための技術革新を続けていくことの重要性も教えてくれました。今後は、将来のパンデミックの可能性に備え、より効率良く代謝されて従来薬よりも高い薬効を発揮できる新規抗ウイルス薬の設計などに本手法が活用されると期待されます。
また、本手法の中心的実験法であるNMRは、量子力学に基づく最先端の「超偏極」技術を利用すれば、感度を100~1000倍のオーダーで向上できる可能性があります。今後、超偏極技術※9で超高感度化したNMR実験法の開発を進めて、本手法の更なる次世代化と創薬技術の劇的な進歩を目指した研究へと発展させていきます。さらに、超偏極技術はMRIの高感度化にも適用可能であるため、超偏極MRIによる医療診断への応用と技術革新など、広範な研究分野への波及効果が期待できます。
■論文情報
掲載誌:Scientific Reports
論文名:Investigation of the functional hot-spot residues of an enzyme by real-time monitoring of the enzymatic reaction using NMR and computational approaches
著 者:Toshihiko Sugiki*, Tomoki Yoshida*, Masaki Tsukamoto, Koichiro Miyanishi, Akinori Kagawa,
Natsuko Miura, Tomoto Ura, Jun Fukazawa, Yuko Hatanaka, Tsuyoshi Murata, Toshimichi Fujiwara, Masahiro Kitagawa, Yasushi Morita, Kumiko Sakai-Kato, Yoichi Takakusagi, Nobutada Tanaka, Makoto Negoro (*共同筆頭著者)
DOI:10.1038/s41598-026-35354-3
・本研究はJSPS科研費 JP21K06046およびJP23K05654、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム (MEXT Q-LEAP) JPMXS0120330644、公益財団法人カシオ科学振興財団研究助成 J41-42の助成を受けたものです。
■用語解説
※1 ファビピラビル
富士フイルム富山化学株式会社が開発し、新型インフルエンザ等の新興ウイルス感染症にも有効性が期待できる抗ウイルス薬。
※2 プロドラッグ
投与前は薬剤としての効果を発揮しない化学構造をしているが、投与後、生体内に存在する複数の酵素によって代謝されることで初めて活性型へと構造が変化し、薬効を発揮するようになる薬剤。
※3 律速反応(律速過程)
連続する一連の反応の過程で、最も速度が遅く、反応全体の進行スピードを決定づける過程。
※4 HGPRT
ヒトが体内に普遍的にもつ酵素で、普段はプリン代謝等の役割を担っているが、ファビピラビルをホスホリボシル化する反応も担う。
※5 ホスホリボシル化
リン酸とリボース(ヌクレオシドの一種)が結合した構造をもつホスホリボシル基が、酵素などの働きによって他分子に共有結合すること。
※6 19F-NMR
フッ素原子 (19F) を直接観測する核磁気共鳴分光法。19Fは高感度であるだけでなく、生体分子にはほとんど含まれていないため、バックグラウンドとなる夾雑信号を観測することなく目的分子(薬剤等)に含まれている19Fだけを明瞭に検出することができるなど、様々な特長をもつ。
※7 ホットスポット残基
酵素などのタンパク質を構成するアミノ酸残基のうち、酵素の活性や他分子との相互作用など、そのタンパク質が機能を発揮するうえで特に重要なキープレーヤー的な働きをするもの。
※8 リジン残基
アミノ酸の一種であるリジンが、酵素などのタンパク質を構成する成分となったもの。
※9 超偏極技術
量子力学に基づく技術で、NMRの感度を抜本的かつ劇的に増強できる。世界的に激しい技術開発が進められている最先端の研究分野であり、特に大阪大学の根来 誠教授らが開発に成功した国産の技術である「トリプレットDNP」は、創薬のためのNMR実験に加え、MRIを用いた生体イメージングや医療診断などの高感度化へ応用が期待される画期的なものとして注目されている。
■問い合わせ先
≪研究に関すること≫
北里大学薬学部薬学科
准教授 杉木 俊彦
e-mail:sugiki.toshihiko@kitasato-u.ac.jp
≪取材に関すること≫
学校法人北里研究所 広報室
〒108-8641東京都港区白金5-9-1
TEL:03-5791-6422
e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp