【高知大学】“永遠の化学物質”PFASがヒトのタンパク質に認識される構造的特徴を解明 ― 脂肪酸との類似性だけでは説明できない可能性を示す、水分子ネットワークとの関わり ―
FABP3は、細胞内で脂肪酸に結合し、その輸送や代謝に関わるタンパク質です。本研究では、PFASの一種であるPFHpAとPFOAに着目し、同程度の長さを持つ脂肪酸注3と比較しました。その結果、PFHpAとPFOAは、これらの脂肪酸よりも低いIC50値を示しました。さらに、X線結晶構造解析注4により、これらのPFASがFABP3に結合した状態を原子レベルで観察したところ、PFASは脂肪酸と似た位置に結合する一方で、タンパク質内部の水分子ネットワークの近くに配置されることが分かりました。これらの結果は、PFASの認識には、脂肪酸との形の類似や疎水性だけでなく、水分子ネットワークとの関わりが寄与する可能性を示しています。
本成果は、PFASが体内でタンパク質とどのように関わるのかを理解するための基礎的な知見です。ただし、本研究はPFASの健康影響そのものを直接示したものではありません。
本成果は、Elsevier社の学術誌International Journal of Biological Macromolecules(2026 年 5 月 25 日)にて公開されました。
【ポイント】
・環境汚染物質として注目されている有機フッ素化合物PFASの一部が、ヒトの脂肪酸結合タンパク質FABP3に対して、同程度の長さを持つ脂肪酸よりも低いIC50値を示すことを明らかにしました。
・PFASとFABP3の結合状態をX線結晶構造解析により原子レベルで観察し、PFASが脂肪酸と似た位置に結合することを明らかにしました。
・PFASの認識は、脂肪酸との形の類似や疎水性だけでは十分に説明できない可能性があり、タンパク質内部の水分子ネットワークが関与する可能性を示す構造的特徴が観察されました。
【研究の背景】

PFASは、水や油をはじき、熱や薬品にも強い性質を持つ有機フッ素化合物の総称です。これらの性質を利用して、PFASはさまざまな製品や産業分野で使われてきました。一方で、環境中で分解されにくく、体内に蓄積する可能性があることから、「永遠の化学物質」とも呼ばれ、近年大きな関心を集めています。
PFASが体内でどのように運ばれ、どのようなタンパク質と結合するのかを明らかにすることは、PFASの体内でのふるまいを理解する上で重要です。

ANS蛍光置換アッセイにより、脂肪酸およびPFASがFABP3に結合する性質を比較した。縦軸はIC50値を示し、値が小さいほど、同じ実験条件下ではFABP3に認識されやすいことを示す。PFASであるPFHpAおよびPFOAは、同程度の長さを持つ通常の脂肪酸C7:0およびC8:0よりも低いIC50値を示した。
本研究では、ヒト脂肪酸結合タンパク質FABP3に注目しました。FABP3は、心臓や筋肉などに多く存在し、細胞内で脂肪酸に結合して、その輸送や代謝に関わるタンパク質です。脂肪酸は生体内のエネルギー源として重要な分子です。
PFASの一部は、通常の脂肪酸とよく似た細長い形をしています(図1)。そのため、PFASが脂肪酸と同じようにFABP3に結合し、脂肪酸の輸送に影響を与える可能性があります。しかし、PFASがFABP3にどのように認識されるのか、また通常の脂肪酸との違いは何かについては、十分に分かっていませんでした。
【研究の目的・内容・成果】
研究グループは、PFASの一種であるPFHpAとPFOAを用い、それぞれと長さが近い脂肪酸C7:0およびC8:0と比較しました。
まず、PFASと脂肪酸がFABP3にどの程度結合しやすいかを、蛍光プローブを用いた方法で比較しました。その結果、PFHpAとPFOAは、同程度の長さを持つ脂肪酸C7:0およびC8:0よりも、低いIC50値を示しました(図2)。IC50値は実験条件によって変わる見かけの指標ですが、この結果から、PFHpAとPFOAは同じ測定条件では通常の脂肪酸よりもFABP3に認識されやすい可能性が示されました。
次に、PFASがFABP3に認識されやすい背景を調べるため、PFASがFABP3の内部に入った状態をX線結晶構造解析によって詳しく観察しました。その結果、PFASはFABP3内部の脂肪酸を受け入れるくぼみに入り、脂肪酸とよく似た位置に結合していることが分かりました(図3)。

FABP3に結合した脂肪酸およびPFASを棒モデルで示した。C7:0、C8:0、PFHpA、PFOA、C16:0は、それぞれ緑、青、ピンク、黄、サーモン色で示した。(a)5種類のFABP3複合体の主鎖構造を重ね合わせた図。(b)FABP3に結合したC7:0、C8:0、C16:0の重ね合わせ。(c)FABP3に結合したPFHpA、PFOA、C16:0の重ね合わせ。
しかし、PFASが認識されやすいことは、脂肪酸と形が似ていることだけでは十分に説明できない可能性があります。FABP3の内部には水分子が集まった領域があり、PFASに多く含まれるフッ素化鎖は、この水分子ネットワークの近傍に配置されていました(図4)。通常の脂肪酸では炭素と水素からなる部分が、PFASでは炭素とフッ素からなる部分に置き換わっています。この違いが、FABP3によるPFASの認識に関与している可能性があります。
本研究では、同程度の長さを持つPFASと脂肪酸を直接比較しました。その結果、PFASがFABP3に認識されやすい背景として、タンパク質内部の水分子ネットワークが関与する可能性が、原子レベルの構造情報から示唆されました。

FABP3の内部には、脂肪酸やPFASを受け入れるくぼみがあります。図では、通常の脂肪酸である(a)C7:0、(b)C8:0と、PFASの一種である(c)PFHpA、(d)PFOAがFABP3に結合した状態を比較した。タンパク質内部の水分子は水色の丸で示した。
【成果の意義/今後の展望】
本研究の成果は、PFASが体内のタンパク質にどのように認識されるのかを理解するための基礎的な知見です。これまで、PFASが脂肪酸結合タンパク質に結合する理由として、脂肪酸と似た形をしていることや疎水性の寄与が考えられてきました。本研究では、同程度の長さを持つPFASと脂肪酸を直接比較し、PFASの認識にはそれらだけでは十分に説明できない要因が関わる可能性を示しました。特に、PFASに特徴的なフッ素を多く含む部分が、タンパク質内部の水分子ネットワークの近くに配置されることから、水分子を介した相互作用がPFASの認識に寄与する可能性が示唆されました。
この成果は、PFASが体内でどのようにタンパク質と結合し、どのように運ばれる可能性があるのかを考える上でも重要です。また、将来的には、PFASの体内動態やリスク評価、代替物質の性質を検討するうえで、分子レベルの基礎情報となることが期待されます。
ただし、本研究はPFASの健康影響そのものを直接証明したものではありません。今回明らかにしたのは、PFASの一部がヒトの脂肪酸結合タンパク質FABP3に認識される仕組みの一端です。今後は、他のタンパク質との相互作用や、細胞内・生体内での挙動も含めて、さらに研究を進める必要があります。
【論文情報】
掲載雑誌:International Journal of Biological Macromolecules
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0141813026026371
論文名:Intermolecular interactions of perfluoroalkyl acids with human heart-type fatty acid-binding protein
DOI:https://doi.org/10.1016/j.ijbiomac.2026.152710
著者:Serina Maekawa, Nagisa Takamiya, Haruka Terawaki, Nozomi Kondo, Fumio Hayashi,Takafumi Shimoaka,Shigeru Matsuoka,Nobuaki Matsumori,Michio Murata,Masashi Sonoyama,Shigeru Sugiyama
本研究は、公益財団法人ノバルティス科学振興財団奨励金(No. 24‒032)の助成を受けて実施されました。
[用語解説]
注1) PFAS
有機フッ素化合物の一群です。水や油をはじき、熱や薬品に強い性質を持つため、さまざまな製品や産業分野で使われてきました。一方で、環境中で分解されにくく、体内に蓄積する可能性があることから、環境や健康への影響が懸念されています。
注2) FABP3
ヒト心臓型脂肪酸結合タンパク質のことです。H-FABPとも呼ばれます。心臓や筋肉などに多く存在し、細胞内で脂肪酸に結合して、その輸送や代謝に関わります。
注3) 脂肪酸
生体内でエネルギー源として使われる分子の一つです。FABP3のようなタンパク質は、細胞内での脂肪酸の輸送や代謝に関わります。
注4) X線結晶構造解析
結晶化した分子の三次元構造をX線の回折を利用して詳細に観察することができる実験的手法の1つです。結晶にX線を照射すると多数のさまざまな大きさの斑点からなる回折像が形成されますが、この回折像の斑点の位置や大きさから結晶内の原子や分子の位置が計算できます。本研究では、PFASがFABP3のどこに、どのように結合しているかを調べるために使用しました。
注5) IC50と結合性
IC50は、本研究で用いた蛍光プローブ置換アッセイにおいて、分子がタンパク質に結合する性質を比較するための見かけの指標です。本研究では、FABP3にあらかじめ結合させた蛍光物質が、PFASや脂肪酸によってどれだけ置き換えられるかを調べました。IC50の値が小さいほど、少ない量で蛍光物質を置き換えたことを意味します。ただし、IC50は実験条件によって変わる値であり、タンパク質と分子の結合の強さそのものを直接表す値ではありません。本研究では、同じ条件で測定したPFASと脂肪酸を比較することでPFASがFABP3に認識されやすい可能性を示しました。
【問い合わせ先】
<研究内容について>
高知大学理工学部化学生命理工学科
教授 杉山成
TEL:088-844-8286 E-mail:ssugiyama●kochi-u.ac.jp
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