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琵琶湖の絶滅危惧プランクトン「ビワコツボカムリ」は日本固有の亜種だった ~中国産個体群を新亜種「ムーランツボカムリ Difflugia biwae junyangi」として記載〜

琵琶湖の絶滅危惧プランクトン「ビワコツボカムリ」は日本固有の亜種だった ~中国産個体群を新亜種「ムーランツボカムリ Difflugia biwae junyangi」として記載〜
法政大学自然科学センター・国際文化学部の島野智之教授と滋賀県琵琶湖環境科学研究センターの一瀬諭博士は、琵琶湖産のビワコツボカムリと中国・ムーラン湖産の両個体群について、前回の論文(Ichise et al., 2021)での解析を踏まえて、さらに詳細な形態計測解析をおこなった結果、両者に統計的に有意な形態的差異が認められました。この結果に基づき、中国・ムーラン湖産の個体群を新亜種「ムーランツボカムリDifflugia biwae junyangi Ichise & Shimano, 2026」として記載しました。本研究は、琵琶湖産個体群の分類学的な位置づけを明確にし、日本における保全の観点からも重要な知見となります。本研究成果は、2026年8月31日付で学術誌「Journal of Protistology」に掲載されました。

【発表のポイント】

  1. 琵琶湖の有殻アメーバ(殻をもつアメーバ)で絶滅危惧種である、ビワコツボカムリ Difflugia biwae Kawamura, 1918 について、中国・ムーラン湖産の個体群との詳細な形態計測解析をおこなった結果、両者に統計的に有意な形態的差異が認められた。
  2. この結果に基づき、中国・ムーラン湖産の個体群を新亜種「ムーランツボカムリDifflugia biwae junyangi Ichise & Shimano, 2026」として記載した。これにより、琵琶湖産のビワコツボカムリは亜種 Difflugia biwae biwae として、琵琶湖のみに分布する、すなわち日本固有の亜種であることが明確になった。
  3. 種を1つのままとして扱うよりも、種の分割や亜種の記載といった分類学的精査によって複数の個体群・種・亜種として区別することで、特定の個体群の保全目標が明確になる効果は、シロマス属(Coregonus)の魚類、アフリカゾウ、キリンなど他の分類群でも広く知られている。今回の亜種記載により、琵琶湖固有亜種としての保全上の位置づけがより明確になった。

ビワコツボカムリとは

 ビワコツボカムリ Difflugia biwae は、日本の淡水生物学の基礎を築いた川村多實二博士によって1918年に琵琶湖から新種として記載された有殻アメーバの一種です(川村、1918)。有殻アメーバとしては大型で殻の全長は最大で約0.38mm、細長いラッパ状の殻に長い一本の突起(角)をもつ特徴的な形態をもつため、同定は容易です。国内では琵琶湖以外の湖沼では確認されておらず、琵琶湖の固有種と考えられてきました(後述のとおり2005年に中国から報告されています)。
 滋賀県水産試験場と旧滋賀県立衛生環境センター(現・滋賀県琵琶湖環境科学研究センター)による111年にわたる定期的調査では、1960年代の夏(8月)には本種が琵琶湖の夏季プランクトンの優占種となっていました。しかし1970年代から次第に個体数が減少し、1981年10月9日に生きた個体が見つかったのを最後に、それ以降、生きた個体は確認されていません(一瀬ほか、 2004)。湖底には現在でも殻が堆積していますが、生存個体の発見には至っていません。この状況を受けて、2005年から滋賀県版レッドデータブックに絶滅危惧種として掲載され、2020年版でも絶滅危惧種と評価されています。

ビワコツボカムリ(上)とムーランツボカムリ(下)(撮影:滋賀県琵琶湖環境科学研究センター、一瀬諭)

研究の背景・成果

 2005年、Yang & Shenによって中国・ムーラン湖から本種が記録・報告されたことで、ビワコツボカムリが中国にも生息することが明らかになりました(Yang & Shen, 2005)。その後、Ichise et al.(2021)は現在の国際動物命名規約に基づいてネオタイプ(新たに指定した模式標本)を指定し、国立科学博物館に登録・収蔵することで、本種の分類学的安定性を確保しました。
 今回の研究では、琵琶湖産の個体群と中国・ムーラン湖産の個体群について、殻の全長・体長(殻の胴部の長さ)・突起長などの計測形質を詳細に解析しました。その結果、両個体群の間に統計的に有意な形態的差異が認められ、ムーラン湖産個体群を新亜種「ムーランツボカムリ Difflugia biwae junyangi Ichise & Shimano, 2026」として記載しました。なお、学名は中国産個体群を報告したJun Yang博士への献名です。
 また、新亜種の記載にともない、琵琶湖産個体群は基亜種として区別され、琵琶湖のみに分布する、すなわち日本固有の亜種 Difflugia biwae biwae としての保全上の独自性が明確に示されました。

研究の意義

 この亜種記載は、保全上の観点からも重要な意味をもちます。中国にはムーラン湖を含む複数の生息地が存在するため、もし琵琶湖の個体群が絶滅の危機にあっても、「種としては中国に残存しており危機的ではない」と日本の個体群の絶滅リスクを過小評価されるおそれがあります。しかし今回、琵琶湖産個体群が日本固有の亜種Difflugia biwae biwaeとして明確に位置づけられたことで、本亜種が中国産亜種とは分類学的に異なる独自の存在であり、日本において独立して保全されなければならないことが、分類学的な根拠とともに明示されました。

論文情報

■発表雑誌: Journal of Protistology
■論文タイトル: New Subspecies of Difflugia biwae Kawamura, 1918 (Amoebozoa: Tubulinea: Arcellinida) from Lake Mulan, China
■著者: Satoshi Ichise and Satoshi D. Shimano(滋賀県琵琶湖環境科学研究センター 一瀬 諭 客員研究員、法政大学 島野智之教授)
■DOI: 10.18980/jop.e010
■URL: https://www.jstage.jst.go.jp/article/jop/57/0/57_e010/_html/-char/en
■公開日: 2026年8月31日 オンライン公開

引用文献

  • 川村多實二. (1918). アメーバ類. 川村多實二(編)『日本淡水生物学 上巻』(112–116頁). 裳華房.
  • 一瀬 諭・若林徹哉・森田 尚・楠岡 泰・西野麻知子. (2004). 琵琶湖固有種ビワツボカムリ(Difflugia biwae Kawamura, 1918)の分布と消長について. 滋賀県立衛生環境センター所報, 39, 57–63.
  • Yang, J., & Shen, Y. (2005). Morphology, biometry and distribution of Difflugia biwae Kawamura, 1918 (Protozoa: Rhizopoda). Acta Protozoologica, 44, 103–111.
  • Ichise, S., Sakamaki, Y., & Shimano, S. D. (2021). Neotypification of Difflugia biwae (Amoebozoa: Tubulinea: Arcellinida) from the Lake Biwa, Japan. Species Diversity, 26, 171–186.

▼本件に関するお問い合わせ先

<原生生物種に関すること>
 法政大学自然科学センター・国際文化学部
 教授 島野 智之
 E-Mail: sim@hosei.ac.jp

<琵琶湖環境とプランクトンについて>
 滋賀県琵琶湖環境科学研究センター
 環境監視部門 生物圏係 藤原 直樹・一瀬 諭
 E-Mail: de51400@pref.shiga.lg.jp

添付資料