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KRAS変異がんの発生と多様化につながるDNA複製ストレス耐性機構を解明~細胞が複製の進め方を切り替える分子スイッチを発見~

KRAS変異がんの発生と多様化につながるDNA複製ストレス耐性機構を解明~細胞が複製の進め方を切り替える分子スイッチを発見~
東京医科大学(学長:宮澤啓介/東京都新宿区)医学総合研究所 未来医療研究センター ゲノムストレス応答学部門 塩谷文章 教授(特任)、京都大学大学院生命科学研究科 附属放射線生物研究センター ゲノム損傷応答学分野 五十嵐太一 特任助教、安原崇哲 教授らの研究グループは、がん遺伝子KRASによってDNA複製に強い負荷がかかった細胞が、複製の進め方を切り替えることで生き残る仕組みを明らかにしました。

がん遺伝子KRASは、多くのがんで変異が認められる代表的ながん遺伝子です。KRASが活性化した細胞では、DNA複製に強い負荷がかかる「DNA複製ストレス」(注1)が生じます。しかし、このような状態で細胞がどのようにDNA複製を続け、生き残るのかは十分に分かっていませんでした。研究グループは、DNA複製が妨げられた際に、複製困難な領域を一時的に残したまま、その先からDNA合成を再開する「リプライミング」(注2)を担う酵素PrimPol(注3)に着目しました。本研究では、PrimPolがリン酸化されていない状態ではDNA複製の進行を減速させて複製フォーク(注4)を安定に保つ一方で、複製ストレス応答を担うATR-Chk1経路によってリン酸化(注5)されると、リプライミングを促進することを明らかにしました。すなわち、PrimPolのリン酸化状態が、DNA複製の進め方を切り替える分子スイッチとして働くことが分かりました。

本研究は、KRAS変異がんの発生やがん細胞の多様化を支えるDNA複製ストレス耐性の仕組みを明らかにした成果です。今後、がんのゲノム不安定性(注6)やがんの進展の理解を深め、複製ストレス耐性に基づく新たながん治療法や予防法の開発に向けた基盤となることが期待されます。

この研究成果は、2026年10月1日、国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。

【概要】 

東京医科大学(学長:宮澤啓介/東京都新宿区)医学総合研究所 未来医療研究センター ゲノムストレス応答学部門 塩谷文章 教授(特任)、京都大学大学院生命科学研究科 附属放射線生物研究センター ゲノム損傷応答学分野 五十嵐太一 特任助教、安原崇哲 教授らの研究グループは、がん遺伝子KRASによってDNA複製に強い負荷がかかった細胞が、複製の進め方を切り替えることで生き残る仕組みを明らかにしました。

がん遺伝子KRASは、多くのがんで変異が認められる代表的ながん遺伝子です。KRASが活性化した細胞では、DNA複製に強い負荷がかかる「DNA複製ストレス」(注1)が生じます。しかし、このような状態で細胞がどのようにDNA複製を続け、生き残るのかは十分に分かっていませんでした。研究グループは、DNA複製が妨げられた際に、複製困難な領域を一時的に残したまま、その先からDNA合成を再開する「リプライミング」(注2)を担う酵素PrimPol(注3)に着目しました。本研究では、PrimPolがリン酸化されていない状態ではDNA複製の進行を減速させて複製フォーク(注4)を安定に保つ一方で、複製ストレス応答を担うATR-Chk1経路によってリン酸化(注5)されると、リプライミングを促進することを明らかにしました。すなわち、PrimPolのリン酸化状態が、DNA複製の進め方を切り替える分子スイッチとして働くことが分かりました。

本研究は、KRAS変異がんの発生やがん細胞の多様化を支えるDNA複製ストレス耐性の仕組みを明らかにした成果です。今後、がんのゲノム不安定性(注6)やがんの進展の理解を深め、複製ストレス耐性に基づく新たながん治療法や予防法の開発に向けた基盤となることが期待されます。

この研究成果は、2026年10月1日、国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。

【本研究のポイント】

・がん遺伝子KRASが活性化すると、DNA複製に強い負荷がかかる「DNA複製ストレス」が生じることを示しました。

・PrimPolは、リン酸化されていない状態では、DNA複製の進行をあえて減速させる「active fork slowing(AFS)」(注7)を促し、複製フォークを安定に保つことを明らかにしました。

・ストレスが慢性的に続くと、複製ストレス応答を主導するATR-Chk1経路がPrimPolをリン酸化し、複製困難な領域を一時的に残したままDNA合成を進める「リプライミング」を促進することを明らかにしました。

・AFSやリプライミングなどの複製ストレス耐性機構は、細胞の生存を支える一方でゲノム不安定化を許容し、がんの発生やがん細胞の多様化につながる可能性があります。

【研究の背景】

DNA複製は、細胞が増殖するために必要不可欠な過程です。一方で、がん遺伝子の活性化などによりDNA複製に過度な負荷がかかると、「DNA複製ストレス」が生じ、ゲノム不安定性や細胞死を引き起こします。研究グループはこれまでに、代表的ながん遺伝子であるKRASが活性化すると、転写活動とヘテロクロマチン(注8)形成が関わるDNA複製ストレスが生じることを報告してきました。

本研究では、このKRASによって引き起こされる特徴的な複製ストレスを、KRAS-induced heterochromatin-associated replication stress(K-HaRS)(注9)として定義し、その細胞応答を解析しました。K-HaRSは、KRASが活性化した初期の細胞だけでなく、複製ストレスに適応した細胞やKRAS変異をもつがん細胞でも持続しており、この応答はKRAS変異をもつ細胞に特徴的であり、KRAS変異をもたない肺腺がん細胞では認められにくいことが分かりました。しかし、細胞がこのKRAS特有の複製ストレスにどのように耐え、DNA複製を継続して生き残るのかは十分に分かっていませんでした。【図1】

【図1】発がん性KRASは転写活動とヘテロクロマチン形成を介してDNA複製を妨害する。細胞がK-HaRSに応答し、適応していく過程は不明だった。

【本研究で得られた結果・知見】

本研究では、KRASが活性化した直後の細胞、複製ストレスに適応した細胞、さらにKRAS変異をもつ肺腺がん細胞を用いて、K-HaRSに対する細胞応答を解析しました。その結果、K-HaRSが生じた初期段階では、リン酸化されていないPrimPolが、複製フォークの安定化に関わるSMARCAL1(注10)と協調し、DNA複製の進行をあえて減速させる「active fork slowing(AFS)」を促すことが分かりました。この初期応答により、細胞は複製フォークを安定に保ち、強い複製ストレス下でもDNA複製を破綻させずに進めることができます。

一方、K-HaRSが慢性的に続くと、複製ストレス応答を主導するATR–Chk1経路がPrimPolをリン酸化し、PrimPolの働きはリプライミングへと切り替わります。本研究では、PrimPolのリン酸化状態を検出するためのリン酸化特異的抗体を独自に開発し、KRAS変異がん細胞でPrimPolのリン酸化が高まっていることを確認しました。リプライミングでは、複製困難な領域を一時的に残したまま、その先からDNA合成を再開することで、持続的な複製ストレス下でもDNA複製を継続できます。さらに、このATR–Chk1–PrimPol経路による切り替えがうまく働かない場合、細胞はより変異を生じやすい損傷乗り越えDNA合成(translesion DNA synthesis:TLS)(注11)に依存してDNA複製を進めるようになることも示されました。【図2】

【図2】K-HaRSに応答して、急性的には非リン酸化PrimPolがSMARCAL1と共同して複製フォーク進行の減速(AFS)を担う一方で、適応過程では、ATR-Chk1依存的なリン酸化を受けたPrimPolがリプライミングを担う。

【今後の研究展開および波及効果】

DNA複製は本来、遺伝情報を正確に子孫細胞へ受け渡すための過程です。しかし、がん遺伝子KRASが活性化した細胞では、DNA複製に強い負荷がかかり、細胞はAFSやリプライミングなどの複製ストレス耐性機構を用いて生き残り、これらの制御が乱れた場合には、より変異を生じやすい損傷乗り越えDNA合成にも依存するようになります。本研究は、このような生存の仕組みが、ゲノム不安定化を許容し、がんの発生やがん細胞の多様化につながる可能性を示しました。これは、がんゲノム解析で観察される変異の蓄積を、その結果だけでなく、それを生み出す仕組みとして理解するための重要な手がかりとなります。

今後、K-HaRSと複製ストレス耐性機構をさらに解析することで、がんになる前の細胞でゲノム不安定化がどのように始まり、がん化へ進むのかという、発がん研究の根本的な問題の解明につながることが期待されます。また、PrimPolのリン酸化状態は、複製ストレス耐性の状態を示すマーカーとなる可能性があります。本研究で独自に開発したPrimPolリン酸化特異的抗体を活用することで、がんの超早期診断や、発がんリスクの高い細胞状態を検出して介入する新たながん予防法の開発につながることが期待されます。

さらに、ATR–Chk1経路によるPrimPolのリン酸化制御は、リプライミングとAFSを切り替える分子スイッチとして働きます。この仕組みを薬剤で人為的に偏らせることができれば、KRAS変異がん細胞を特定の複製ストレス応答に追い込み、がん細胞を選択的に排除する新たな治療戦略の開発にもつながる可能性があります。

【論文情報】

タイトル:PrimPol Toggled by ATR Modulates Fork Slowing and Repriming under Oncogenic KRAS-induced Replication Stress

著  者:Taichi Igarashi, Takaaki Yasuhara *, Bunsyo Shiotani *

(*:責任著者)Lead Contact: Bunsyo Shiotani

掲載誌名:Nature Communications

DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-026-77585-y

【主な競争的研究資金】

JSPS科研費(22H03745、23K24999、23H04274、25H00990、25KJ0198)、京都大学大学院生命科学研究科附属放射線生物研究センターCORE program、京都大学SPIRIT2 2025、公益財団法人高松宮妃癌研究基金、AMED-PRIME、JST創発的研究支援事業

【用語説明】

(注1)DNA複製ストレス

細胞がDNAを複製する際に、複製の進行が妨げられたり遅くなったりする状態。放置されると、DNAの損傷やゲノム不安定化につながる。

(注2)リプライミング

DNA複製が複製困難な領域で止まりかけた際に、その場所を一時的に残したまま、下流側からDNA合成を再開する仕組み。

(注3)PrimPol

DNA複製が妨げられた際に、複製困難な領域の先からDNA合成を再開する「リプライミング」に関わる酵素。本研究では、リプライミングだけでなく、複製フォークを減速させるAFSにも関与することが明らかになった。

(注4)複製フォーク

DNA複製が進行している先端部分。二本鎖DNAがほどかれ、新しいDNA鎖が合成される場所を指す。

(注5)リン酸化

タンパク質にリン酸基が付加される化学修飾。タンパク質の働きや相互作用を切り替えるスイッチとして機能することが多い。

(注6)ゲノム不安定性

細胞の遺伝情報に変異や染色体異常などが蓄積しやすくなった状態。がんの発生、進展、がん細胞の多様化に関わる。

(注7)active fork slowing(AFS)

DNA複製に負荷がかかった際に、複製フォークの進行をあえて遅くし、一時的に安定化させる応答。新しく合成されたDNA鎖を巻き戻すなどして複製フォークを保護し、問題の解消後に複製を再開することで、複製の破綻を防ぐ働きがある。

(注8)ヘテロクロマチン

DNAがタンパク質とともに固く折りたたまれた状態のゲノム領域。通常は遺伝子の働きが抑えられやすく、DNA複製の進行にも影響を与える。

(注9)K-HaRS

KRAS-induced heterochromatin-associated replication stressの略。本研究で定義した、がん遺伝子KRASによって引き起こされる、転写活動とヘテロクロマチン形成に関連したDNA複製ストレス。

(注10)SMARCAL1

DNA複製が困難に直面した時に、複製途中のDNA構造を一時的に巻き戻すなどして、複製フォークを安定に保つタンパク質。本研究では、PrimPolと協調してAFSを促すことが示された。

(注11)損傷乗り越えDNA合成/translesion DNA synthesis(TLS)

DNA上の損傷や複製困難な領域を乗り越えてDNA合成を進める仕組み。複製を継続できる一方で、通常のDNA複製よりも変異が生じやすい場合がある。

〇研究内容に関するお問い合わせ先

東京医科大学 医学総合研究所 未来医療研究センター ゲノムストレス応答学部門

教授(特任) 塩谷文章

E-mail:shiotani.bunsho.8e@tokyo-med.ac.jp

分野HP:https://sites.google.com/view/bunsyo-lab/home

京都大学大学院生命科学研究科 附属放射線生物研究センター ゲノム損傷応答学分野

教授 安原崇哲

E-mail:yasuhara.takaaki.7r@kyoto-u.ac.jp

分野HP:https://www.rbc.kyoto-u.ac.jp/genome_stress/

〇取材に関するお問い合わせ先

学校法人東京医科大学 企画部 広報・社会連携推進室

TEL:03-3351-6141(代表)

E-mail:d-koho@tokyo-med.ac.jp

大学HP:https://www.tokyo-med.ac.jp/

京都大学 広報室 国際広報班

TEL:075-753-5727

E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

本件に関するお問い合わせ先

企画部 広報・社会連携推進室

住所
〒160-8402 東京都新宿区新宿6-1-1
TEL
03-3351-6141(代)
E-mail
d-koho@tokyo-med.ac.jp

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