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ヒトラクトフェリンとヒト血清アルブミンの融合タンパク質が、 がん細胞転移に関係する遊走を強力に阻害することを発見 東京工科大学

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東京工科大学(東京都八王子市、学長:大山恭弘)大学院バイオ・情報メディア研究科の佐藤淳教授らの研究グループは、ヒトラクトフェリン(以下、hLF)とヒト血清アルブミン(以下、HSA)の融合タンパク質が、がん細胞の転移に密接に関係する遊走を強力に阻害することを発見しました。

 同グループでは、hLFとHSAの融合(hLF-HSA)が、hLFによるがん細胞の増殖抑制作用を増強することをすでに確認(注1)していますが、これに加えて転移を抑制する可能性が示されました。現在、hLFを用いたバイオ医薬品開発のベンチャー企業(注2)において、がんや脊髄損傷、急速進行性糸球体腎炎、敗血症などの治療薬の開発に着手しています。
 本研究成果は、国際科学雑誌「BioMetals」オンライン版(9月27日付け)に掲載されました。

【研究背景】
 ラクトフェリンは、多くの哺乳動物の乳に含まれており感染防御機能をもったタンパク質です。自然免疫で機能するhLFは、抗腫瘍、抗炎症、抗酸化作用などの機能を有することから、バイオ医薬品としての応用が期待されています。hLFとHSAの融合により、hLFの体内安定性およびがん細胞の増殖抑制作用が向上するという研究成果を踏まえ、本研究では、がん細胞株の遊走に対する効果を検証しました。

【研究内容】
 hLFとHSAの融合タンパク質(hLF-HSA)は、CHO細胞を用いた遺伝子組換え技術により作製しました(図1)。がん細胞の遊走に対する効果は、ヒト肺腺がんの細胞株であるPC-14を用いた2つの異なるがん細胞遊走アッセイ(注3)で検証しました。hLFによるがん細胞の転移や遊走に対する抑制効果は、これまで多くの研究で報告されていますが、今回の検証では、hLFはPC-14の遊走を促進しました。一方、融合タンパク質であるhLF-HSAは、PC-14の遊走をほぼ完全に阻害しました。この作用は、hLFとHSAを同時に添加しても観察されないことから、hLFとHSAとの融合が作用発現に重要であることが示唆されました(図2)。この作用は、前述2つの実験方法で確認されました。
 さらに、このメカニズム探索を目的に、がん細胞の遊走と転移を促進するマトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP)の発現に着目して解析しました。PC-14細胞に対し、hLF処理ではMMP-1の発現が上昇、hLF-HSA処理では抑制しました。一方、MMP-9の発現にはいずれも影響しませんでした(図3)。実際、hLFおよびhLF-HSA処理したPC-14細胞にMMPの阻害剤を添加すると、hLFで促進されたPC-14の遊走が完全に抑制されたのに対して、hLF-HSAの作用には影響しませんでした。これにより、PC-14細胞の遊走に対するhLF、hLF-HSAの異なる作用は、MMP-1への発現調節の違いによることが明らかとなりました。以上の結果から、hLF-HSAはがん細胞への増殖抑制のみならず、その遊走も強力に阻害する可能性が示されました。

[図1] ヒト血清アルブミン融合ヒトラクトフェリン(hLF-HSA)
[図2] 各種タンパク質添加によるPC-14細胞の遊走に対する影響(染色部分が遊走したがん細胞、Boyden chamber assayによる)

【社会的・学術的なポイント】
 hLFにHSAを融合したhLF-HSAは、がん細胞の増殖抑制作用に加え、がん細胞の転移に密接に関係するその遊走を強力に阻害することが示されたことから、抗腫瘍薬としての実用化が期待されます。また、同研究グループは、hLFの脊髄損傷モデルにおける治療効果を発見しており、hLF-HSAはhLFより高い効果を示すことから、hLF-HSAを用いた脊髄損傷治療薬の開発も進めています。

[図3] 各種タンパク質添加によるMMP-1、MMP-9の発現への影響(Western blotによる)

(注1)Ueda K. et al., Eur J Pharm Sci. 2020
(注2)株式会社S&Kバイオファーマ(本社:神奈川県川崎市、代表:加賀谷伸治)
 ホームページ: https://skagayasandk.wixsite.com/website
(注3)がん細胞が生体内を移動することを遊走といい、がん細胞が転移する際の重要なステップとなります。がん遊走アッセイとは、がん細胞の移動を、培養プレートや、メンブレン(膜)を使って観察し、評価する方法。本実験では、Wound healing assayとBoyden chamber assay の2つの手法を用いた。

【論文情報】
論文名: Hana Nopia, Daisuke Kurimoto & Atsushi Sato, Albumin fusion with human lactoferrin shows enhanced inhibition of cancer cell migration
URL: https://link.springer.com/article/10.1007/s10534-022-00447-9

■東京工科大学 大学院 バイオ・情報メディア研究科 佐藤 淳(⽣物創薬)研究室
 遺伝子組換え、生化学、細胞培養技術を基盤とした生物創薬に関する研究を行っている。
 工学的な発想で、創薬という「モノ作り」を推進している。
[主な研究テーマ]
1.自然免疫で機能する多機能性タンパク質であるラクトフェリンの機能解析(特に抗腫瘍作用)
2.体内安定性を高めたラクトフェリンのバイオ医薬品としての開発
3.疾患に関連する糖鎖を標的とするバイオ医薬品の開発
4.ファージディスプレイ法を用いた新規機能ペプチドの創製

■大学院バイオ・情報メディア研究科WEB
 https://www.teu.ac.jp/grad/gaiyou/index.html

■本件に関するお問い合わせ先
 片柳学園 コミュニケーション企画部
 担当:大田
 TEL: 042-637-2109
 E-mail: ohta(at)stf.teu.ac.jp
 ※(at)は@に置き換えてください

20221102release1a.jpg [図1] ヒト血清アルブミン融合ヒトラクトフェリン(hLF-HSA)

20221102release2a.jpg [図2]各種タンパク質添加によるPC-14細胞の遊走に対する影響 (染色部分が遊走したがん細胞、Boyden chamber assayによる)

20221102release3a.jpg [図3]各種タンパク質添加によるMMP-1、MMP-9の 発現への影響(Western blotによる)