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【龍谷大学】日本酒の発酵プロセスにおいて乳酸が酵母の発酵特性を調節する可能性を示唆

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龍谷大学農学部 田邊公一教授らが伝統的な「生酛造り(1)」と現代的な日本酒醸造における酵母と乳酸の働きを比較・検討。清酒酵母には、乳酸に対する独自の応答機構が存在する可能性を見出す

【本件のポイント】
・ブドウ糖(グルコース)を優先的にエタノールに変換する性質である「グルコース抑制」が失われた [GAR+]細胞。生酛酵母は、産業用酵母や実験室酵母に比べて[GAR+]細胞の自然発生頻度が高いことを確認
・日本酒の発酵プロセスにおいて深い関係にある酵母と乳酸について、乳酸は単なる静菌剤としてだけではなく、酵母の発酵特性を調節する可能性を示唆
・本研究成果は、酵母研究のジャーナル『Yeast』誌に掲載


【本件の概要】
龍谷大学 発酵醸造微生物リソース研究センター(2)長の田邊 公一教授と同副センター長の島 純教授らの研究グループは、日本酒醸造において乳酸添加が酵母の発酵能に及ぼす影響に関して論文を発表しました。
日本酒の発酵プロセスでは、米のデンプンから麹由来の酵素によって生成するグルコース(ブドウ糖)を酵母がアルコールに変換する反応が主で、その際に雑菌の増殖を抑える働きのある乳酸と酵母は切っても切れない関係にあります。現代的な日本酒醸造においては、酒母またはもろみに乳酸を添加して雑菌の増殖を抑制します。近年の研究では、Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ)という酵母の中に[GAR+]細胞と呼ばれる発酵能が変化した細胞が発生すること、またこの[GAR+]細胞が乳酸添加によって顕著に増加することが示されています。
本研究では、日本酒の伝統的な醸造方法「生酛造り」の生酛酵母、産業用酵母、実験用酵母の間で、[GAR+]細胞の自然発生頻度について調べました。その結果、生酛酵母は、産業用酵母や実験室酵母に比べ、[GAR+]細胞の自然発生頻度が高いことが確認されました。また、生酛酵母の発酵能力は産業用酵母よりも低く、乳酸の添加により、産業用酵母は[GAR+]細胞数が増加し発酵能力が低下しましたが、生酛酵母は影響を受けませんでした。これらの結果から、乳酸は、産業用酵母株では[GAR+]細胞の出現を促進することにより発酵を抑える方向に調節する一方で、生酛酵母株では乳酸による発酵能の調節を受けにくい可能性が示唆されました。
以上の結果より、乳酸は単なる静菌剤としてだけではなく、酵母の発酵特性を調節すると考えられます。今後、乳酸の濃度を厳密に調節することで、新たな日本酒醸造方法の開発が実現する可能性があります。

1.発表論文
英文タイトル:Emergence of [GAR+] cells in yeast from sake brewing affects the fermentation properties
タイトル和訳:清酒酵母における[GAR+]細胞の出現が発酵特性に及ぼす影響について
著者名:田邊 公一1・3・前田 夏美1・奥村 穂香2・島 純 2・3
所 属:1農学部食品栄養学科、2農学部植物生命科学科、 3発酵醸造微生物リソース研究センター
掲載誌:Yeast(Wiley社)
URL: https://doi.org/10.1002/yea.3844 ※2023年2月8日Web公開済
※本研究にあたって、滋賀県内で生酛造りに積極的に取り組んでおられる酒造会社2社よりサンプルを提供いただきました。

2.図1.「生酛造りと現代的な日本酒造りの比較」
(a)伝統的な生酛造りでは、醸造環境から酵母と乳酸が酒母に持ち込まれ、増殖する。
(b)現代的な日本酒造りでは、産業用に生産された酵母と乳酸を酒母に添加する。

3.用語解説
(1) 生酛造り(きもとづくり)
生酛造りは、現存する酒造りの技法の中でもっとも伝統的な造り方で、日本酒の発酵の元になる「酒母を手作業で造る製法」です。酒母は酛(もと)とも呼ばれ、蒸した米と水に麹、乳酸を加えたもの。現代的な日本酒造りでは乳酸は人工のものを添加しますが、生酛造りでは乳酸を添加せず、酒母の中で乳酸菌が乳酸を自然に産生するように手間と時間をかけて造ります。
(2) 龍谷大学 発酵醸造微生物リソース研究センター
滋賀県の発酵醸造産業を支援することを目指して2021年度に開設。発酵醸造に有用な微生物の収集とデータベースの構築、およびそれらを活用した応用研究の展開を目的として研究活動を行っています。
微生物収集にあたっては、主に滋賀県の食品や自然環境から、麹菌、酵母、乳酸菌を網羅的に探索・収集し、保存しています。これらの微生物について、菌種同定と発酵特性の解析を実施し、得られたデータをもとにデータベースの構築を進めています。


問い合わせ先:龍谷大学 発酵醸造微生物リソース研究センター
Tel 075-645-2154 E-Mail hakko-rc@ad.ryukoku.ac.jp HP https://hakko.ryukoku.ac.jp/


図1.「生酛造りと現代的な日本酒造りの比較」.png 図1.「生酛造りと現代的な日本酒造りの比較」