北里大学

Gタンパク質共役型受容体Bai3欠損マウスは蝸牛形成異常と難聴を呈する--音を感知する末梢感覚器が、強くしなやかな構造を維持するメカニズムの一端を解明--北里大学

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北里大学医学部の三枝智香講師、藤岡正人教授、山下拓教授らの研究グループは、慶應義塾大学医学部の柚﨑通介教授らと共同で、Gタンパク質共役型受容体であるbrain-specific angiogenesis inhibitor 3 (Bai3) がマウスの聴覚系において重要な機能を持つことを明らかにしました。私たちが外界からの音を感知する末梢感覚器が、音圧由来の振動に負けない、強くしなやかな構造を維持する分子メカニズムの一端を解明した発見です。本研究成果は2023年12月4日付でInternational Journal of Molecular Science (IF 5.6)に掲載されました。

■研究成果のポイント
Bai3はマウス蝸牛のpillar cell【※1】で発現しており、Bai3遺伝子を欠くマウスにおいてはpillar cellの形成に異常が認められたことから、Bai3がpillar cellの形成に必須の遺伝子であることが分かりました。
pillar cellにおけるBai3遺伝子の発現や機能が示されたことで、蝸牛pillar cell形成分子機構の一端が明らかになりました。
Bai3遺伝子を欠くマウスは難聴を呈したことから、難聴研究のモデルマウスとして応用することで、今後の難聴発症機構の研究や治療方法の探索が発展することが期待されます。

研究の背景
 難聴には遺伝子変異が原因の遺伝性難聴や加齢に伴う加齢性難聴、ウイルス感染による難聴など様々な種類の難聴があり、いずれも生活の質を著しく低下させる症候です。しかしながら、その発症機構は未だ不明な点も多く、根本的な治療方法はありません。
 聴覚系の末梢器官である蝸牛内には約50種類の細胞があると言われており、それらの細胞が音刺激に対して協調的に働くことで聴覚受容器としての機能が維持されています。中でもpillar cellは感覚上皮の中央に位置するコルチトンネル【※2を形成する細胞です。コルチトンネルは感覚上皮の構造を維持し、音刺激を正確に受容し、中枢に伝える上で必須の構造ですが、コルチトンネルを形成するpillar cellの形態形成の分子機構はほとんど明らかにされていませんでした。

研究内容と成果
 今回、研究グループでGタンパク質共役型受容体であるBai3のマウス蝸牛での発現様式を解析したところ、新生仔においては有毛細胞※3で、成獣においてはpillar cellでBai3が発現していることが分かりました(図1)。Bai3欠損マウス※4では高音域で聴力の低下を認め(図2)、さらにBai3欠損マウスのpillar cellの直径は比較対照群である野生型マウスのものより細いことが分かりました(図3)。Bai3欠損マウスの一部のコルチトンネルは潰れた形態を示しました(図4)。一方で、老齢Bai3欠損マウスにおいては、有毛細胞やらせん神経節細胞※5の脱落を認めました(図5)。
 以上のことから、Bai3はマウス蝸牛pillar cellの形成もしくは維持において必須の役割をもつことが分かりました。本研究により、これまで不明であったpillar cell形成分子機構の一端を明らかにすることができました。

■今後の展開

 Gタンパク質共役型受容体であるBai3には特異的に結合するリガンドが存在し、マウス蝸牛ではC1ql1【※6が外有毛細胞※7で発現していることが近年報告されましたが、その受容体であるBai3の蝸牛内での発現や機能については不明でした。Bai3は小脳や嗅覚系における神経伝達に重要であることがこれまで報告されており、聴覚系におけるBai3の発現様式および機能について明らかにすることで聴覚系の発生機構や機能について重要な知見を得られることが予想されました。
 今回の研究によりBai3がpillar cellの形成あるいは維持に重要であることが明らかとなりましたが、予想される細胞骨格とBai3の関連については未だ詳細は明らかになっておりません。今後さらに研究を発展させることで蝸牛の形態形成や機能の分子機構についてより詳細な知見を得られると考えられます。このような基礎的知見を積み重ねていくことで未だ不明の難聴発症機構の解明や、治療標的を見出すことに貢献できると期待されます。

■論文情報
掲載誌:International Journal of Molecular Science
論文名:Brain-Specific Angiogenesis Inhibitor 3 Is Expressed in the Cochlea and Is Necessary for Hearing Function in Mice
著 者:Chika Saegusa, Wataru Kakegawa, Eriko Miura, Takahiro Aimi, Sachiyo Mogi, Tatsuhiko Harada, Taku Yamashita, Michisuke Yuzaki and Masato Fujioka
DOI:10.3390/ijms242317092
・本研究はJSPS研究費 JP20H05628、JP22K18399、JP21H04839、JP21K09569、公益財団法人武田科学振興財団、公益財団法人大樹生命厚生財団からの助成を受けたものです。

■用語解説
※1 pillar cell
 柱細胞ともいう。pillar cellによって蝸牛のコルチトンネルの構造が維持される。
※2 コルチトンネル
 基底板上の外柱細胞と内柱細胞に囲まれた領域。感覚上皮構造の維持や、コルチ器における電気エネルギー産生に重要な役割を持つ。
※3 有毛細胞
 聴覚受容器である蝸牛内のコルチ器にある感覚毛を持つ細胞。3列の外有毛細胞(※7参照)と1列の内有毛細胞があり、主に内有毛細胞において、鼓膜からの物理的な信号が電気信号に変換され、中枢に伝えられる。
※4 Bai3欠損マウス
 Bai3遺伝子を発生工学的手法により欠損させたマウス。Bai3遺伝子の発現を欠くマウスである。
※5 らせん神経節細胞
 双極性神経細胞であり、内有毛細胞からの電気信号を蝸牛神経核に伝える。
※6 C1ql1
 補体C1qファミリーに属するC1q様分子1(C1q-Like protein 1)。脳内などに豊富に存在し、シナプス形成や機能を制御することが知られている。
※7 外有毛細胞
 有毛細胞(※3参照)のうち、規則正しく3列に並んだ細胞のこと。音刺激の増幅を行う。

■問い合わせ先
【研究に関すること】
 北里大学医学部 分子遺伝学
 ・教授 藤岡正人
  e-mail:mtfuji@kitasato-u.ac.jp
 ・講師 三枝智香
  e-mail:saegusa.chika@kitasato-u.ac.jp
【報道に関すること】
 学校法人北里研究所 総務部広報課
 〒108-8641東京都港区白金5-9-1
 TEL:03-5791-6422
 e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp

【図1】マウス蝸牛におけるBai3の発現.png 【図1】マウス蝸牛におけるBai3の発現:新生仔(P3)では有毛細胞(A)、成獣(9週齢)ではpillar cell(B、黄矢印)で発現している。

【図2】聴性脳幹反応(ABR).png 【図2】聴性脳幹反応(ABR):Bai3欠損マウス(黒ライン)の聴力閾値は高音域において野生型マウスよりも高い値を示す。

【図3】Bai3欠損マウスのpillar cellの直径は野生型より細い(黄矢頭)。.png 【図3】Bai3欠損マウスのpillar cellの直径は野生型より細い(黄矢頭)。

【図4】Bai3欠損マウスには潰れたコルチトンネルが認められる(右図)。.png 【図4】Bai3欠損マウスには潰れたコルチトンネルが認められる(右図)。

【図5】老齢マウスのらせん神経節細胞.png 【図5】老齢マウスのらせん神経節細胞:Bai3欠損マウスでは基底回転のらせん神経節細胞が脱落している。