近畿大学

生命が多様性を生み出す仕組みの謎に迫る! 生殖細胞で組換えタンパク質が特定のDNAに結合するメカニズム ―不要な結合を除去することが重要だった―

大学ニュース  /  先端研究  /  大学間連携

  • ★Facebook
  • ★Twitter
  • ★Google+
  • ★Hatena::Bookmark

【研究成果のポイント】
●哺乳類の生殖細胞において、組換えタンパク質がDNA組換えの起こる場所にのみ結合する仕組みを解明
●タンパク質のDNA結合を安定化する仕組みではなく、不安定化する仕組みに着目することで新たな仕組みが明らかに
●生殖補助医療や不妊治療への応用に期待

【概要】
大阪大学蛋白質研究所の伊藤将助教、藤田侑里香特任研究員(常勤)、古郡麻子准教授、篠原彰教授、近畿大学農学部の松嵜健一郎講師、国立遺伝学研究所先端ゲノミクス推進センターの豊田敦特任教授らの研究グループは、DNA組換えが活発に起こる哺乳類の生殖細胞※1 において、DNA組換えに必要なタンパク質がDNA上の無関係な場所に結合することを防ぐ仕組みを新たに明らかにしました。
私達は、生殖器官内の生殖細胞において、父親と母親から受け継いだDNAを組換えによりシャッフルすることで、新たな遺伝情報を持つ精子や卵子を獲得します。DNA組換えの鍵を握るRAD51タンパク質は、DNAに結合することでDNA組換えをスタートさせます。これまで、RAD51タンパク質がどのように組換えが起こる場所のみを狙ってDNAに結合できるのかについては解明されていませんでした。
今回、伊藤将助教らの研究グループは、マウスをモデルとして用いることで、哺乳類の生殖細胞が、組換えが起こらない場所に結合したRAD51タンパク質を積極的に外すことで、組換えが起こる場所のみにRAD51タンパク質を結合させる仕組みを明らかにしました。この仕組みが破綻すると、DNA組換えがうまく行かなくなり、結果的に精子ができなくなります。本研究成果は、哺乳類が精子や卵子を安定的に産生する仕組みや、生命が多様性を生み出す仕組みの理解に繋がり、将来的には生殖補助医療や不妊治療への発展が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Nature Communications」に、10月27日23時(日本時間)にオンライン掲載されました。

【研究の背景】
私達人間のように有性生殖を行う生き物は、生殖器官内の生殖細胞で積極的にDNA組換えを行います。DNA組換えは、例えば皮膚などの細胞では、紫外線照射などにより"たまたま"生じたDNAの傷を修復するために必要な仕組みで、あまり活発には起こりません。しかし生殖細胞は、1細胞当たり200-300箇所でDNAを自ら切断し、DNA組換えにより切断されたDNAを修復します。この時に、父親と母親から受け継いだDNAを組換えることで、精子や卵子は新たな遺伝情報を獲得します。生殖細胞で起こるDNA組換えは、生命の多様性創出の原動力であり、生命が進化し、存続していく上でも必要なプロセスだと考えられています。
DNA組換えは、DNA切断後に突出した一本鎖DNA※2 にRAD51タンパク質がフィラメント状に巻き付き、相同なDNA配列※3 を持ったDNAを探すことによって始まります。RAD51タンパク質はDNA配列を認識して結合するわけではなく、細胞に存在する全ての二本鎖DNA及び一本鎖DNAに結合する能力を持ちます。しかし、実際に細胞内ではRAD51タンパク質はDNA組換えが行われる一本鎖DNAにしか結合しません。これまで、RAD51タンパク質がどのように組換えが起こる一本鎖DNAのみを狙ってDNAに結合できるのかについては、解明されていませんでした。

【研究の内容】
本研究では、RAD51タンパク質をDNAから外す役割を担うタンパク質に着目しました。RAD51タンパク質のDNAへの結合は、安定化と不安定化のバランスによってコントロールされていることが知られていましたが、RAD51タンパク質のDNAへの結合を不安定化する仕組み、すなわち、RAD51タンパク質をDNAから外す仕組みについてはあまりよくわかっていませんでした。そこで、伊藤助教らの研究グループは、RAD51タンパク質をDNAから外す活性を持つFIGNL1タンパク質の機能を、マウスの生殖細胞を用いて検証することにしました。生殖細胞でFIGNL1タンパク質を欠損する変異体マウスを作製した結果、オスマウスの精巣が縮小し、精子の数が大幅に減少しました。さらに、精巣内の精母細胞※4 を観察したところ、RAD51タンパク質がDNA上の数百箇所に蓄積し、DNA組換えの異常が見られました。
FIGNL1の欠損によるRAD51タンパク質のDNAへの結合が、DNA組換えの場所以外で起こっているかどうか調べるために、生殖細胞においてDNA切断が起こらない、すなわちDNA組換えが起こらない変異体マウスを作製しました。その結果、DNA切断が起こらない精母細胞でも、FIGNL1の欠損によりRAD51タンパク質がDNA上に蓄積することがわかりました。
以上の結果から、FIGNL1タンパク質が、DNA組換えが起こる場所以外に結合したRAD51タンパク質を外すことで、RAD51タンパク質が組換えの起こる一本鎖DNAにのみ結合できる仕組みが存在することが初めて明らかになりました。また、この仕組みが正常なDNA組換えと精子形成に必須であることも明らかになりました。
【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】
生殖細胞におけるDNA組換えの破綻は、不妊症やダウン症等の疾患の一因であることが知られています。また、本研究ではDNA組換えが活発に起こる生殖細胞に着目しましたが、DNA組換えは体中の細胞に生じたDNAの傷の修復に必要であり、DNA組換えの破綻が細胞のがん化を引き起こすことも知られています。本研究成果は、生命がDNA組換えを首尾よく実行するために備えている仕組みの更なる理解に繋がり、将来的な生殖補助医療や不妊治療、がん治療への発展が期待されます。

【特記事項】
本研究成果は、2023年10月27日23時(日本時間)に米国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:"FIGNL1 AAA+ ATPase remodels RAD51 and DMC1 filaments in pre-meiotic DNA replication and meiotic recombination"
著者名 :Masaru Ito(伊藤将)1*, Asako Furukohri(古郡麻子)1, Kenichiro Matsuzaki(松嵜健一郎)2, Yurika Fujita(藤田侑里香)1, Atsushi Toyoda(豊田敦)3, and Akira Shinohara(篠原彰)1*(*共同責任著者)
著者所属:1大阪大学蛋白質研究所、2近畿大学農学部生物機能科学科、3国立遺伝学研究所先端ゲノミクス推進センター
DOI  :https://doi.org/10.1038/s41467-023-42576-w
なお、本研究は、JSPS科学研究費の助成及び「先進ゲノム支援(PAGS)」の支援を受けて行われました。

【用語説明】
※1 生殖細胞:生殖器官に存在する、精子や卵子の産生に必要な細胞の総称。
※2 突出した一本鎖DNA:通常のDNAは二本の鎖が螺旋状の構造を取るが、DNA二本鎖の切断後には、一本鎖が削り込みを受けることで、一本鎖DNAが突出した構造を取る。
※3 相同なDNA配列:DNAはアデニン、チミン、グアニン、シトシンの4種類の核酸が連続した構造を取る。核酸の並び方、すなわち配列が同じDNA(相同なDNA)を探し出すことで、父親由来と母親由来のDNAの同じ染色体上の同じ場所のDNAの間で組換えを起こすことが可能になる。
※4 精母細胞:オスの精巣に存在する生殖細胞の一種。活発なDNA組換えは精母細胞で起こる。メスの卵巣に存在する同様の細胞は卵母細胞と呼ばれる。

【伊藤助教のコメント】
タンパク質が特定の場所に結合して機能できる仕組みが、実は無関係の場所への結合を取り除くことで成り立っているという、新たな発見をすることができました。「DNA組換え」と聞くと「遺伝子組換え食品」を思い浮かべる方が多いと思いますが、DNA組換えは不妊症やダウン症、がんなどと密接な関連があります。将来の医療応用に繋がるような、基礎的発見を積み重ねていきたいと思います。

【関連リンク】
農学部 生物機能科学科 講師 松嵜健一郎(マツザキケンイチロウ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2295-matsuzaki-kenichiro.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/

▼本件に関する問い合わせ先

広報室

住所

: 〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3-4-1

TEL

: 06‐4307‐3007

FAX

: 06‐6727‐5288

E-mail

koho@kindai.ac.jp

1.jpg 図1 哺乳類の生殖細胞においてRAD51をDNA組換え部位以外から外す仕組み。通常の生殖細胞(野生型)では、DNA組換えの鍵を握るRAD51タンパク質と、同様の機能を持つDMC1タンパク質はDNA組換えが起こる場所(組換え部位)にのみ結合し、両親由来のDNAの組換えと精子形成を促す。一方、FIGNL1タンパク質の欠損細胞(Fignl1変異体)では、RAD51/DMC1タンパク質が組換え部位から適切に外れないのみならず、組換え部位以外にも結合してしまうため、結果的に精子形成がうまくいかない。

2.jpg 図2 マウス精母細胞において見られるRAD51タンパク質のDNAへの結合。通常の精母細胞(野生型)では、DNA組換え部位へのRAD51タンパク質の結合が点状に観察される(左上)。一方、FIGNL1タンパク質の欠損細胞(Fignl1変異体)では、倍以上のRAD51タンパク質の結合が見られる(右上)。DNA組換えが起こらない場合は通常RAD51タンパク質のDNAへの結合が見られない(左下)が、FIGNL1タンパク質を欠損させるとDNA組換えが起こらなくてもRAD51タンパク質がDNAに結合する(右下)。