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【麻布大学】研究グループが三毛猫の毛色を決める遺伝子をついに発見

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九州大学生体防御医学研究所(研究当時)の佐々木裕之特別主幹教授(現:高等研究院)、同大学大学院歯学研究院の松田美穂准教授、国立遺伝学研究所の藤英博特命准教授、中村保一教授、国際基督教大学の歐陽允健助教、東京大学の鵜木元香准教授、アニコム先進医療研究所株式会社の松本悠貴研究員(麻布大学特任准教授兼任)および、近畿大学農学部の佐渡敬教授らの研究グループは、オレンジ遺伝子の正体が「ARHGAP36」であることを突き止めました。

<ポイント>
① 三毛猫やサビ猫のほとんどがメスで、オレンジ/黒の毛色を決める遺伝子がX染色体上にあることまでは分かっていましたが、その具体的な遺伝子は特定されていませんでした。
② 今回の研究により、三毛猫などオレンジ色の毛を持つ猫には、X染色体上のARHGAP36遺伝子領域に約5,000塩基の欠失があることが明らかになりました。
③ さらにこのARHGAP36遺伝子内の欠失の発見を手掛かりとして、60年前に提唱された三毛猫やサビ猫の毛色を決める仕組みが実際に働いていることを、世界で初めて証明しました。
④ 本研究プロジェクトは、九州大学クラウドファンディングによる支援を受けました。

<概要>
 三毛猫やサビ猫はメスばかりであること、オレンジ/黒の毛色を決める「オレンジ遺伝子」がX染色体上にあることは120年以上前から知られていました。1961年、メスの細胞では一対のX染色体の片方がランダムに選ばれて不活性化される(※1)という仮説が提唱され、三毛猫やサビ猫の模様はこの仮説と合致する例として広く受け入れられてきました。しかし、それから60年以上経った今日まで、オレンジ遺伝子の正体やその働きについては明らかになっていませんでした。

 九州大学生体防御医学研究所(研究当時)の佐々木裕之特別主幹教授(現:高等研究院)、同大学大学院歯学研究院の松田美穂准教授、国立遺伝学研究所の藤英博特命准教授、中村保一教授、国際基督教大学の歐陽允健助教、東京大学の鵜木元香准教授、アニコム先進医療研究所株式会社の松本悠貴研究員(麻布大学特任准教授兼任)および、近畿大学農学部の佐渡敬教授らの研究グループは、オレンジ遺伝子の正体が「ARHGAP36」であることを突き止めました。

 本研究グループは、福岡市内の様々な毛色を持つ18匹の猫のDNAを解析し、オレンジ毛を持つ猫のX染色体にはARHGAP36遺伝子内に約5,000塩基の欠失があることを見つけました。さらに50匹以上の猫を調べ、海外のデータも参照したところ、この欠失の有無とオレンジ毛の有無が完全に一致していました。この欠失領域には、動物種を超えて高度に保存された配列が含まれ、この配列がARHGAP36の発現を制御している可能性が強く示唆されました。次に、オレンジ毛が生えた皮膚での遺伝子発現を調べたところ、欠失によってARHGAP36の発現が上昇し、その結果としてメラニン合成遺伝子群が抑えられ、黒色のユーメラニンからオレンジ色のフェオメラニン(※2)へと合成の切り替えが起きることが示唆されました。さらに、遺伝子の発現を抑制するDNAメチル化の状態を調べたところ、ARHGAP36はX染色体の不活性化に伴って高度にメチル化されることが分かりました。これらの結果から、オレンジ遺伝子の正体はARHGAP36であり、60年前に提唱された通り、この遺伝子の不活性化がオレンジ/黒の斑の形成に関与することが明らかになりました。

 本研究成果は、⽶国の雑誌「Current Biology」に2025 年5⽉16⽇(金)午前0時(⽇本時間)に掲載されました。なお、同雑誌の同じ号にはStanford大学のGregory Barsh教授らの類似の論文が掲載されており、日米の独立した研究がほぼ同時に同じ結論に到達しました。

佐々⽊特別主幹教授からひとこと:
エピジェネティクス(※3)の代表例である三毛猫やサビ猫のオレンジ/黒の毛色の原因遺伝子は、長年気になっていた謎でした。今回、退職を機にクラウドファンディングによる資金集めに挑戦し、多くの皆様のご支援を受けて長年の夢を実現できたことは望外の喜びです。私たちの身の回りには未解決の問題がたくさんあります。生物学の面白さ、生命の神秘を少しでも感じていただけたら嬉しいです。

【研究の背景と経緯】
 三毛猫(図1)やサビ猫がほぼ全てメスであること、猫のオレンジ/黒の毛色を決める「オレンジ遺伝子」が性染色体であるX染色体上にあることは、120年以上前から知られていました。1961年、英国のMary Lyon博士は、メスの初期胚の細胞において、2本あるX染色体のうち1本がランダムに不活性化され、その後その細胞が増殖して体の各部位を占めるようになるという仮説を提唱しました。また、これにより三毛猫やサビ猫の斑状の毛色を説明できることを示唆しました。この仕組みはX染色体のランダム不活性化として知られ、エピジェネティクスの代表例として生物学の教科書にも掲載されています。しかし、「具体的にオレンジ遺伝子の実体は不明で、どのような仕組みで毛色を決めているのか、実際に不活性化されるのか」については、これまで明らかにされていませんでした。

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図1.三毛猫
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【研究の内容と成果】

 本研究グループは福岡市内の動物病院の協力を得て、様々な毛色を持つ18匹の猫からDNAを収集し、これらの猫のゲノムDNAの配列を解析しました。その結果、オレンジ毛を持つ猫はX染色体上のARHGAP36遺伝子内に約5,000塩基の欠失を有することが明らかになりました(図2)。その周辺にも小さな(1塩基〜数塩基程度)変異がありましたが、これらはオレンジ毛ではない猫にも存在しているため、それらが毛色を決めるという可能性は否定されました。さらに50匹以上の猫で検証したところ、この欠失の有無とオレンジ毛の有無が完全に一致しました。珍しいオスの三毛猫にもこの欠失がありました。この欠失領域には動物種を超えて高く保存された配列が含まれ、ヒトゲノムのデータベースを参照したところ、この配列が遺伝子発現を制御する領域である可能性が示唆されました。また、この欠失は海外のオレンジ毛を持つ猫にも見られるため、世界中に最も広まっているオレンジ毛の表現型の起源はひとつである可能性が高いことも分かりました。 

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図2. 約5,000塩基の欠失の同定
ピンクの枠は、X染色体上のARHGAP36遺伝子内に見つかった約5,000塩基の欠失領域を示す(上)。毛色と性別が異なる3匹の猫について、この領域周辺の配列データの厚みを示す(下)。オスはX染色体を1本、メスは2本持つ。オレンジ毛のオス猫ではこの領域が欠失しているため、配列を解析したデータの厚みがほぼゼロである。三毛猫では片方のX染色体でこの領域が欠失しているため、データの厚みが周辺の半分になっている。
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 次に、三毛猫のオレンジ・黒・白の各色の毛が生えた皮膚における全遺伝子の発現量を調べたところ、オレンジ毛の皮膚ではARHGAP36の発現が上昇し、同時にメラニン合成に関わる遺伝子群の発現は抑えられていました。このことから、約5,000塩基の欠失によってARHGAP36の発現制御が変化し、その影響でメラニン合成遺伝子群の発現が抑えられ、黒色のユーメラニンからオレンジ色のフェオメラニンへの合成に切り替わると考えられました(図3)。さらに、ゲノム上のDNAメチル化状態を調べたところ、ARHGAP36領域内の制御配列はオス猫ではほぼメチル化されていないのに対して、メス猫では高度にメチル化されていました(図3)。この結果から、メス猫ではARHGAP36がX染色体の不活性化に伴うメチル化を受けていることが強く示唆されました。また、ヒトやマウスの遺伝子発現解析の結果から、ARHGAP36は猫以外の哺乳動物でもX染色体の不活性化を受けることが確認されました。以上の結果から、オレンジ遺伝子の正体はARHGAP36であると本研究グループは結論づけました。

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図3. 本研究で明らかになったオレンジ/黒の斑ができる仕組みの概要図
三毛猫やサビ猫(ほぼ全てメス)の2本のX染色体の一方にARHGAP36遺伝子領域内の欠失がある。オレンジ毛の部分では欠失のあるX染色体が活性化されているが、この配列の欠失はARHGAP36の異常な発現上昇を招く。これがユーメラニン合成遺伝子群を抑制し、その結果フェオメラニン合成へとシフトすると考えられる。黒毛の部分では欠失のないX染色体が活性化されているが、この配列はARHGAP36の発現を適度に抑制し、逆にユーメラニン合成遺伝子群の発現は高い状態に保たれ、黒色のユーメラニンが優勢になる。
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【今後の展開】
 今回、オレンジ遺伝子がARHGAP36であることが明らかになりましたが、同定された欠失がユーメラニン合成をフェオメラニンの合成へと切り替える機構の全貌は解明されていません。最近報告された高品質な猫のiPS細胞を用いる研究が、この謎を解き明かす手がかりになるかも知れません。また、世界中のオレンジ毛を持つ猫の多くが同じ欠失を持つことから、この変異の歴史的な起源が注目されます。古代の猫の絵画やミイラなどを調べると、この欠失がいつどこで生じたのかを特定する手がかりを掴めるかも知れません。最後に、ARHGAP36遺伝子はヒトにもありますが、ヒトでは肌の色や毛色に関わるという報告はなく、ある種の腫瘍、先天性の減毛症、皮膚の基底細胞癌、異所性骨化症などの病気と関わることが知られています。この遺伝子の研究は、ヒトの病気の解明にも役立つことでしょう。

【用語解説】
(※1) X染色体の不活性化
メスはX染色体を2本持つが、そのうちの1本を働かない状態(不活性化)にするエピジェネティクスの仕組み。どちらのX染色体が不活性化されるかは初期胚において細胞ごとにランダムに決まるため、毛色の模様などに影響する。

(※2) ユーメラニン/フェオメラニン
動物の毛や皮膚に含まれるメラニン色素には複数の種類がある。ユーメラニンは黒の色素で髪や皮膚を暗く見せる。フェオメラニンは赤みを帯びた色素で、オレンジ色の毛色に関与する。

(※3) エピジェネティクス
DNAの配列自体は変えずに遺伝子の働きを調節する仕組みのこと。環境や細胞の状態に応じて、遺伝子のオン・オフを切り替える役割を担っている。

【謝辞】
 この研究プロジェクトの研究費の一部は、九州大学クラウドファンディングを通して619人の方々のご寄附によって支援されました(https://readyfor.jp/projects/calico60)。この場を借りて厚くお礼申し上げます。

【論文情報】
掲載誌:Current Biology
タイトル:A deletion at the X-linked ARHGAP36 gene locus is associated with the orange coloration of tortoiseshell and calico cats
著者名:Hidehiro Toh, Wan Kin Au Yeung, Motoko Unoki, Yuki Matsumoto, Yuka Miki, Yumiko Matsumura, Yoshihiro Baba, Takashi Sado, Yasukazu Nakamura, Miho Matsuda, Hiroyuki Sasaki.
藤 英博、歐陽允健、鵜木元香、松本悠貴、三木佑果、松村友美子、馬場義裕、佐渡 敬、中村保一、
松田美穂、佐々木裕之
DOI:10.1016/j.cub.2025.03.075

【お問合せ先】
<研究に関すること>
九州⼤学 高等研究院
特別主幹教授 佐々⽊ 裕之(ササキ ヒロユキ)
TEL:092-642-6759
Mail:hsasaki@bioreg.kyushu-u.ac.jp



▼本件に関する問い合わせ先

事務局 入試広報・渉外課

中山、檜垣

住所

: 神奈川県相模原市中央区淵野辺1-17-71

FAX

: 042-754-7661

E-mail

koho@azabu-u.ac.jp

pr250516_1.jpg 図1.三毛猫

pr250516_2.jpg 図2. 約5,000塩基の欠失の同定

pr250516_3.jpg 図3. 本研究で明らかになったオレンジ/黒の斑ができる仕組みの概要図