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弘前大学の太田俊准教授らの研究グループが目に見えない有害物質の存在を「色の変化」で知らせる金属材料を開発

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弘前大学理工学研究科の太田俊准教授を中心とする共同研究グループは、揮発性有機化合物(VOC)を検出する新たなメカニズムを発見した。この研究成果は、VOC検出に関して、既知の3d遷移金属錯体が抱えるVOC応答範囲の制限を解消する新たな方向性を提案し、今後国内外において、このメカニズムを利用したさまざまなVOC検出材料が開発されると期待される。本研究成果は米国化学会『Inorganic Chemistry』にFeatured Articleとして2025年7月21日にオンライン掲載されたほか、弘前大学理工学研究科大学院生の村上辰成さんが日本化学会第105春季年会(2025)において口頭発表を行い、学生講演賞を受賞した。

本件のポイント
・3d遷移金属錯体による揮発性有機化合物(VOC)検出の新たなメカニズムを発見した。
・本研究成果は、従来の3d遷移金属錯体が抱えてきたVOC応答範囲の制限を解消する材料開発の新たな方向性を提案する。
・今後、このメカニズムに基づくさまざまなVOC検出材料の開発が国内外において進められると期待される。

本件の概要
 弘前大学大学院理工学研究科の村上辰成さん(博士後期課程2年生)、太田俊准教授、岡﨑雅明教授、京都大学大学院工学研究科の増野敦信特定教授らの共同研究グループは、揮発性有機化合物(VOC)を検出する新たなメカニズムを発見した。
 VOCは、常温常圧で揮発性(注1)を有し、大気中へと放出されやすい有機化合物の総称で、VOCの多くは健康被害や大気汚染を引き起こすため、高価な分析機器を用いずにVOCを検出できる材料が求められている。そのような材料として、化合物の蒸気に応答して可逆的に色が変化する性質(ベイポクロミズム)を示す3d遷移金属錯体(注2)が注目されている。しかし、従来の3d遷移金属錯体のベイポクロミズムは高い配位能(注3)を持つVOCでしか起こらないため、検出可能なVOCの種類は限られていた。
 同グループは、あるカチオン(注4)性のニッケル錯体がアセトンやジクロロメタンなどのVOCの蒸気に応答してベイポクロミズムを示すことを見出した。さらに、このベイポクロミズムが対アニオン(注4)の可逆的な配位を利用する先例のないメカニズムで進行することを明らかにした。
 本研究成果は、VOC検出に関して、既知の3d遷移金属錯体が抱えるVOC応答範囲の制限を解消する新たな方向性を提案し、今後、国内外において、このメカニズムを利用したさまざまなVOC検出材料が開発されると期待される。

 本研究成果は、米国化学会『Inorganic Chemistry』にFeatured Articleとして2025年7月21日付でオンライン掲載された。また、日本化学会第105春季年会(2025)において村上さんが本研究成果について口頭発表を行い、4月18日に行われた同実行委員会による選考の結果、学生講演賞を受賞している。

研究の背景
 揮発性有機化合物(VOC)は、常温常圧で揮発性を有し、大気中へと放出されやすい有機化合物の総称である。VOCの多くは、さまざまな健康被害や大気汚染を引き起こすことから、作業環境や家庭環境中のVOCを迅速かつ簡単に検出できる材料が求められている。
 高価な分析機器を用いずにVOCを検出する材料の一つとして、化合物の蒸気に応答して可逆的に色が変化する性質(ベイポクロミズム)を示す3d遷移金属錯体が挙げられる。この材料群はVOCが中心金属へと直接配位することでベイポクロミズムを示す(図1(左))。そのため、金属への配位能が高いとされるVOCしか検出できないという課題があった。
 この課題に対して、本研究では、対アニオンの可逆的な配位を利用することで、配位能が低いとされるVOCの検出が可能となることを見出した(図1(右))。

発表内容
 まず同グループは、図2に示すニッケル錯体1の粉末を作製した。この粉末に、空気中25℃でアセトン、ジクロロメタンの蒸気をそれぞれさらしたところ、黄色から緑色へと最短5分で色が変化した。色が変化した後の粉末を空気中で放置することで、色が元に戻ることも確認した。アセトン、ジクロロメタンはどちらも金属への配位能が低いとされている(アセトンの配位能: -1.0, ジクロロメタン: -1.8)。そのため、中心金属へのVOCの配位とは異なるメカニズムでベイポクロミズムが進行したと考えられる。
 同グループは、錯体1が、配位能の高い塩化物イオン(配位能: +1.1)を対アニオンとしていることに着目し、この塩化物イオンがニッケルへと可逆的に配位することでベイポクロミズムが起こったのではないかと考えた(図1(右))。この仮説を実証するため、第一原理計算(注5)により塩化物イオンが配位した錯体のモデル構造を立て、X線吸収微細構造(XAFS)スペクトル(注6)のシミュレーションと、アセトン蒸気により色が変化した粉末の実測データとの比較を行った。その結果、色が変化した後の固体では、塩化物イオンがニッケルへと配位していることが支持された。
 本研究では、VOC応答範囲も調べ、その結果、アセトニトリル(配位能: -0.2)、テトラヒドロフラン(配位能: -0.3)、ジエチルエーテル(配位能: -1.4)、酢酸エチル(配位能: -0.9)などの配位能が低いVOCの蒸気もセンシングできることがわかった(図3)。これらの結果は、対アニオンの可逆的な配位を利用したベイポクロミズムが、さまざまな配位能が低いVOCの検出に利用できることを示している。

今後の展開
 本研究成果は、VOC検出に関して、3d遷移金属錯体が抱えてきたVOC応答範囲の制限を解消する新たな方向性を提案する。今後、国内外において、このアプローチに基づくさまざまなVOC検出材料が開発されるものと期待される。同グループは、今後、この材料の応用へも取り組んでいく。

研究サポート
 本研究は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(C)(課題番号 22K04854)、国立研究開発法人 科学技術振興機構 次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号 JPMJSP2152)、新井財団の支援により実施した。X線吸収微細構造スペクトルの測定は高エネルギー加速器研究機構つくばキャンパスのフォトンファクトリーを利用した(課題番号 2023G040)。また、X線結晶構造解析には、弘前大学研究・イノベーション推進機構共用機器基盤センター登録機器を利用した。

論文情報
・雑誌名: Inorganic Chemistry
・題名: Vapochromism Induced by Volatile Organic Compounds with Low Coordinating Ability in a Benzimidazole-derived N-Heterocyclic Carbene-Ni(II) Complex(ベンゾイミダゾール骨格を持つN-ヘテロ環状カルベン配位Ni(II)錯体が低い配位能の揮発性有機化合物により示すベイポクロミズム)
・著者名: Tatsunari Murakami(村上辰成), Atsunobu Masuno(増野敦信), Masaaki Okazaki(岡﨑雅明), Shun Ohta(太田俊)
・DOI: 10.1021/acs.inorgchem.5c02168
・URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.inorgchem.5c02168

用語解説
 注1:揮発性...常温で気体になりやすい性質。
 注2:3d遷移金属錯体...周期表上、第4周期の第3族から第12族まで(スカンジウムから亜鉛まで)の遷移金属原子あるいはイオンに配位子と呼ばれる無機あるいは有機化合物が結合してできた分子。
 注3:配位能...化合物が中心金属にどの程度配位しやすいのかを示す統計的な値。この値が高い化合物ほど金属へと配位しやすく、低いほど配位しにくい。
 注4:カチオン・アニオン...それぞれ正の電荷、負の電荷を持つイオン。
 注5:第一原理計算...実験データを利用せず、量子力学の基本原理から物質の電子状態などを予測する量子化学計算。
 注6:X線吸収微細構造(XAFS)スペクトル...ここでは、試料に含まれるニッケルのK吸収端付近の吸収スペクトルのことを指す。

▼本件に関する問い合わせ先

弘前大学

住所

: 青森県弘前市文京町1番地

TEL

: 0172-39-3012

FAX

: 0172-37-6594

20250722_r_press_01.png 図1:(左)従来の3d遷移金属錯体によるVOC検出メカニズムと(右)本研究で見出したVOC検出メカニズム

20250722_r_press_02.png 図2:(左)錯体1の構造と(右)アセトンやジクロロメタンの蒸気にさらすことによる粉末の色の変化

20250722_r_press_03.png 図3:さまざまなVOC蒸気による錯体1の色変化