追手門学院大学

追手門学院大学理工学部電気電子工学科の野中俊宏講師の研究チームが緑色の光を放つ新たな蛍光体の作製に成功 ― 生体内部などの温度を測定可能にする蛍光温度計の実現に向け

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追手門学院大学(大阪府茨木市、学長:真銅正宏)理工学部電気電子工学科の野中俊宏講師の研究チームは、体の奥深くや機械の内部などの温度を正確に測ることができる「蛍光温度計」の実現に向けYb³⁺(イッテルビウム)とTb³⁺(テルビウム)という元素を、LaF₃(フッ化ランタン)とLaOF(酸化フッ化ランタン)の組み合わせに加えた新しい蛍光体の作製に成功した。この成果は、より高感度で安全な温度センサーの実現につながり、将来的には医療現場や精密機器の温度管理など幅広い分野での応用が期待される。なお本研究成果は、2025年8月8日(日本時間)に学術誌『Sensors and Materials』に掲載され、当該号の表紙を飾っている。

【本件のポイント】
●Yb³⁺とTb³⁺という発光に関わる元素をLaF₃とLaOFの組み合わせに加えて新しい蛍光体を合成
●赤外線を当てると青や緑の光が生じ、それらの光は赤外線を2回分吸い込んで発生することを確認
●より高感度で安全な温度センサーの実現につながり、将来的には医療現場や精密機器の温度管理など幅広い分野での応用に期待

【概 要】
 体の表面温度を非接触で測る"赤外線体温計"は、コロナ禍を経て日常的にも使われるようになっているが、測定対象の材質・色など表面の状態に影響を受けやすく、実は体の奥深くやエンジン内部のように、表面ではない部分の温度を測ることはできない。もし体の中や機械の内部まで正確に温度を測れる技術があれば、医療や産業の現場で大きな進歩が期待できる。
 野中講師の研究グループは、赤外線を吸収して可視光を放つ「アップコンバージョン型蛍光体」という特殊な材料を利用し、生体内でも使える新しい温度センサーの開発を目指している。
 今回、Yb³⁺(イッテルビウム)とTb³⁺(テルビウム)という元素を、LaF₃(フッ化ランタン)とLaOF(酸化フッ化ランタン)の組み合わせに加えた新しい蛍光体を作製し、その発光の仕組みを詳しく調べた。その結果、赤外線を当てると青や緑の光が生じ、これが赤外線を2回分吸収して光に変える現象によることを確認した。この成果は、より高感度で安全な温度センサーの実現につながり、将来的には医療現場や精密機器の温度管理など幅広い分野での応用が期待される。

【研究の背景】
 近赤外線を可視光に変換するアップコンバージョン(UC)[用語1]技術は、近年注目を集めている。UC型蛍光体は、バイオイメージング、光触媒、温度センシングなどに応用されている。UC型蛍光体の発光効率を向上させるには、非放射損失[用語2]を最小化する必要があるため、一般に低フォノンエネルギー[用語3]のフッ化物がホスト材料[用語4]として用いられる。
 本研究では、LaF₃-LaOF複合体をホスト材料として用いた。原料のLaF₃を熱処理することで、LaF₃の一部が酸化され、LaF₃-LaOF複合体が形成される。当研究グループは、LaF₃からLaOFへの完全な転化よりも、LaF₃-LaOF複合体の形成がフォトルミネッセンス(PL)[用語5]強度をより増強することを実証している。また、本研究ではドーピング材料[用語6]としてYb-Tbの組み合わせを用いた。Yb-Tbの蛍光は協同過程[用語7]に起因し、低い発光効率を伴うことが欠点である。しかしながら、Tb³⁺は他の希土類(Er³⁺、Ho³⁺、Tm³⁺など)とは異なる分光特性を有するため、特定の波長での発光を実現する上で有用である。Tb³⁺の発光は4f軌道内の電子遷移に起因し、緑色発光が一般的である。
 本研究では、固相反応法[用語8]によりLaF₃-LaOF:Yb³⁺/Tb³⁺を合成し、モル比の変化が試料の結晶構造および光学特性に及ぼす影響を分析した。本研究の目的は、LaF₃-LaOF:Yb³⁺/Tb³⁺の発光メカニズムの解明することである。LaF₃へYb³⁺およびTb³⁺をドーピングする研究は過去に報告されているが、固相反応法によってYb³⁺およびTb³⁺をドーピングしたLaF₃-LaOF複合体の発光特性は、これまで報告されていない。さらに、Tb³⁺をドーピングした蛍光体は温度センサーとして機能することが先行研究で報告されているため、本研究においても温度センシングへの応用を目指している。

【研究内容と成果】
 LaF₃-LaOF:Yb³⁺/Tb³⁺は固相反応法により合成され、モル比の変化が結晶構造と光学特性に及ぼす影響を分析。反射率の分析から、波長約950nmにおけるYb³⁺(2F7/2→2F5/2)の吸収ピークが確認された。X線回折装置、走査型電子顕微鏡、およびエネルギー分散型X線分析装置による解析から、合成された試料はLaOF:Yb³⁺/Tb³⁺およびLaF₃:Tb³⁺から構成されていた。PLスペクトルは波長486nm(5D4→7F6)、541nm(5D4→7F5)、583nm(5D4→7F4)、620nm(5D4→7F3)にピークを示し、特に541nmのピークが顕著であった。PL強度の励起パワ-依存性の分析において、波長486nmおよび541nmにおける傾きが約2になることから、発光メカニズムは2光子過程であることが明らかになった。

【今後の展望】
 今回の研究では、特定のエネルギー状態(5D4と呼ばれる場所)から生じる光を観測した。しかし、温度センサーとして機能させるためには、もう一つの状態(5D3)からの光も引き出すことが重要であることが分かっている。
 そのため、今後は電子がよりスムーズにエネルギーをやり取りできるようにフラックス剤を導入し発光効率の向上を図るなどの工夫を加える予定。これが実現すれば、より高感度で信頼性の高い温度センサーの開発につながり、医療や産業など幅広い分野で役立つことが期待される。

【論文情報】
・論文タイトル: Enhanced Green Emission in Solid-state-synthesized LaF₃-LaOF:Yb³⁺/Tb³⁺ Upconversion Phosphors
・著 者: Toshihiro Nonaka, Mutsuto Yamamoto, Takahito Imai, and Shin-Ichi Yamamoto  
・雑誌名: Sensors and Materials
・DOI: https://doi.org/10.18494/SAM5773
・公開日: 2025年8月8日(日本時間)
・URL: https://sensors.myu-group.co.jp/article.php?ss=5773

 本研究は、主に以下の事業の支援を受けて実施された。
・科研費 若手研究, 23K13377

【用語説明】
1. アップコンバージョン: 複数の低エネルギー光子を吸収して、より高エネルギーの光子を放出する現象
2. 非放射損失: 光を出さずに、熱や他の粒子の運動エネルギーなどに変換されてしまうエネルギー損失
3. フォノンエネルギー: 結晶中の原子の集団的な振動が持つ、最小単位のエネルギー
4. ホスト材料: 発光など機能を担う成分を支える"母体"となる材料
5. フォトルミネッセンス: 物質が光を吸収して励起され、その後、光を放出する現象
6. ドーピング材料: 元の材料(ホスト)の性質を変えるために、少量加える不純物や添加元素
7. 協同過程: 2つの励起イオンが同時にエネルギーを出し合い、1つの高エネルギー光子を生み出す現象
8. 固相反応法: 固体同士を直接反応させて新しい固体材料を作るシンプルな合成法

▼本件に関する問い合わせ先

追手門学院 広報課

蛯原・織田

住所

: 〒567-0013 大阪府茨木市太田東芝町1-1

TEL

: 072-665-9166

E-mail

koho@otemon.ac.jp