【中部大学】心筋細胞内でサルコメアの連携が「1カ所ずつ切り替わることを発見—筋肉の最小単位どうしは、短縮と伸長の配置を柔軟に組み替えていた—(新谷正嶺准教授)
本研究では、心筋細胞を温めたときに現れる高頻度サルコメア自励振動(Hyperthermal Sarcomeric Oscillations:HSOs)に着目しました。HSOsでは、拍動の大きなリズムを保ちながら、サルコメア長に毎秒約5〜10回の速い内部振動が現れるため、隣接サルコメアのタイミング関係を繰り返し観察できます。
1.発表のポイント
- 約41℃まで局所的に温めた生きた新生仔ラットの心筋細胞7個について、筋肉の最小収縮単位であるサルコメア(筋節)(注1)が各細胞で5個直列に並ぶ部分を選び、それぞれの長さ変化を1秒間に500フレームで解析した。その結果、高頻度サルコメア自励振動(HSOs:Hyperthermal Sarcomeric Oscillations)(注2)中の隣接関係の切り替え230件の93.9%(216件)は、4つの隣接ペアのうち1つだけが変わる「1リンク切り替え(注3)」とわかった。
- 別の解析で補償到達距離を計算できた248件の1リンク切り替えについて、相対的な短縮部位と伸長部位の距離を「補償到達距離(注4)」として定量化した。同じ種類の切り替えでも、長さ変化の再配分は近傍で完結する場合から、観察した5サルコメア鎖の広い範囲に及ぶ場合まで変化した。
- 切り替え前に同じタイミングで動く隣接ペアが多いほど補償到達距離が大きくなった。分子モーターの確率的な動きと細胞全体の安定した拍動をつなぐ「複数サルコメア規模」の協調過程を示す成果である。
2.発表概要
中部大学 生命健康科学部 生命医科学科の新谷正嶺准教授は、心筋細胞の中で連続するサルコメアがどのように協調して動くかを、1秒間に500フレームで記録したサルコメア長データから明らかにしました。サルコメアは筋肉の最小収縮単位で、心臓の拍動は多数のサルコメアの動きが統合されて生じます。しかし、分子モーターの確率的な動きと細胞全体の安定した収縮の間にある、数個のサルコメア規模の協調は十分に分かっていませんでした。
本研究では、心筋細胞を温めたときに現れる高頻度サルコメア自励振動(Hyperthermal Sarcomeric Oscillations:HSOs)に着目しました。HSOsでは、拍動の大きなリズムを保ちながら、サルコメア長に毎秒約5〜10回の速い内部振動が現れるため、隣接サルコメアのタイミング関係を繰り返し観察できます。
解析の結果、隣接サルコメアのタイミング関係は、ほとんどの場合、1カ所ずつ切り替わりました。さらに、その局所的な切り替えに伴う相対的な短縮と伸長は、狭い範囲にも、観察した5サルコメア鎖の広い範囲にも配分されました。また、切り替え前に同じタイミングで動く隣接ペアが多いほど、再配分が広い範囲に及ぶことが分かりました。研究成果は、生物物理学の国際学術誌『Biophysics and Physicobiology』のRegularArticleとして、
査読済み論文が2026年7⽉15⽇付で科学技術振興機構(JST)が運営するJ-STAGEで早期公開されました。
研究の背景
心筋の収縮は、サルコメア内部でミオシンとアクチンが相互作用して力を発生することから始まります。一方、心筋細胞全体では、多数のサルコメアが直列・並列に連結され、規則的な拍動として働きます。従来の研究では、細胞全体の短縮量や平均サルコメア長が重視されてきましたが、隣り合うサルコメアが局所的な長さの不均⼀をどのように受け渡し、全体のリズムを保つかは大きな課題でした。
新谷准教授は、当時の共同研究者と共に2015年、温めた生きた新生仔ラット心筋細胞で、拍動より速いサルコメア自励振動であるHSOsを発見しました。今回再解析した高速度記録では、細胞周辺を37℃から約41℃へ局所的に温め、1秒間に500フレームでサルコメア長を計測しています。HSOsは、分子の動きと細胞全体の拍動の間にある、複数のサルコメアの協調を繰り返し観察するための実験モデルになります。

図1:サルコメアの構造イメージ
筋原線維の中では、筋肉の最小収縮単位であるサルコメアが直列に並びます。サルコメア内部では、ミオシン頭部がアクチンと相互作用し、収縮力を生み出します。
今回の研究成果
解析には、7個の心筋細胞から各5個、合計35個の連続するサルコメア長を用いました。5個のサルコメアには4つの隣接ペアがあります。各ペアが同じタイミングで振動する関係を同位相(I:in-phase)、反対のタイミングで振動する関係を逆位相(A:anti-phase)して分類し、
5サルコメア鎖の局所状態を「IAAI」のような4文字で表しました。(注5)
HSOsが始まると、隣接関係を安定して追跡できる時間割合は、温める前の29.8%から95.6%へ増加しました。HSOs中に検出した230件の状態遷移のうち、216件(93.9%)は4つの隣接関係の1つだけが変わる1リンク切り替えでした。また、4つのうち3つ以上が逆位相となる状態の占有率は25.4%から50.9%へ増加しました。
局所的な切り替えと、広がりの異なる長さ再配分
次に、観察した5サルコメア鎖の平均的な伸び縮みを差し引き、切り替えの前後で、鎖のどこが相対的に短くなり、どこが相対的に長くなったかを調べました。相対的な短縮側と伸長側が何サルコメア分離れているかを表す新しい指標を「補償到達距離(compensation reach, S)」と定義しました。
同じ「IAAIからIAII」への1リンク切り替えでも、相対的な短縮と伸長が近くに配置されるイベントではS=1.29、鎖の離れた場所に配置されるイベントではS=2.88となりました。つまり、位相状態では同じ局所的な切り替えに見えても、実際の長さ応答は短距離か
ら観察範囲全体へ及ぶ長距離まで変化します。

図2 同じ局所切り替えでも、長さ再配分の広がりが異なる
上段は連続する5サルコメアの長さ、中段は4つの隣接ペアの状態(黄色=I、濃青=A)、下段は切り替え前後の相対的な内部長変化(橙=相対的伸長、青=相対的短縮)です。破線は切り替え時点を⽰します。左は短距離の再配分(S=1.29)、右は観察した5サルコメア鎖をまたぐ再配分(S=2.88)の例です。
補償到達距離を計算できた248件では、Sの中央値は1.958サルコメア間隔でした。切り替え前にIであった隣接ペアが0個から4個へ増えるにつれ、Sの中央値は1.739から2.427へ増加しました。細胞ごとの差を考慮した解析では、Iの隣接ペアが1つ増えるごとにSが0.148サルコメア間隔増加し、細胞内置換検定(P=0.0002)と細胞単位のブートストラップ解析でも正の関係が支持されました。
成果の意義と今後の展開
本研究は、心筋細胞内のサルコメアがすべて一様に同期するのではなく、隣接関係を1カ所ずつ切り替えながら、相対的な長さ変化を周囲に配分することを⽰しました。局所的な同期の切り替えと、複数サルコメアにわたる長さ応答を同じイベントで結び付けた点に特徴があります。
この結果は、確率的に働くアクチン・ミオシン分子と、細胞全体の安定した拍動の間に、「複数サルコメア規模」の中間的な制御層があることを⽰唆します。局所的な不均一を消すのではなく、短縮と伸長の配置を柔軟に組み替えることが、リズムを保つ⼀つの戦略と考えられます。
本研究は7細胞、各5サルコメアの観察に基づく基礎研究であり、診断法や治療法の有効性を直接示すものではありません。今後は、より長いサルコメア鎖の追跡、局所カルシウム・力学計測との同時計測、病態モデルとの比較により、細胞全体や心筋組織へどのように広がるかを検証します。

図3切り替え前の同期状態が、長さ再配分の広がりを左右する
左:248件の1リンク切り替えで得られた補償到達距離Sの分布。縦線は中央値です。右:切り替え前にIであった隣接ペアの数が増えるほど、Sの分布と中央値(橙線)が大きくなりました。位相切り替えの集計(230件)と補償到達距離の集計(248件)は、解析⽬的ごとに条件を満たした別のイベント集団です。
3.論文の情報
雑誌名:Biophysics and Physicobiology(Regular Article/Advance Publication)
論文タイトル:Structured neighboring-sarcomere switching is coupled to variablereach internal length redistribution during hyperthermal sarcomeric oscillations in living cardiomyocytes
著者:Seine A. Shintani
公開⽇:2026年7⽉15⽇
DOI:10.2142/biophysico.bppb-v23.0024
URL:https://doi.org/10.2142/biophysico.bppb-v23.0024
4.用語解説
注1:サルコメア(筋節)
筋肉を構成する最小の収縮単位。心筋細胞では多数のサルコメアが直列・並列に並び、アクチンとミオシンの相互作用で収縮力を生み、周囲の弾性や力学的結合とともに長さが変化します。
注2:高頻度サルコメア⾃励振動(HSOs)
生きた心筋細胞を約38〜42℃に温めたときに現れる、毎秒約5〜10回の速いサルコメア振動。拍動に伴う大きな収縮リズムと共存し、速い成分はカルシウム濃度変動に大きく依存しないことが報告されています。
注3:1リンク切り替え
5サルコメア鎖にある4つの隣接関係のうち、1つだけがIからA、またはAからIへ変化し、残り3つが保たれる切り替えです。
注4:補償到達距離(compensation reach,S)
切り替え前後に生じた相対的な短縮側と伸長側が、サルコメア何個分離れているかを⽰す指標です。Sが大きいほど、長さ再配分が観察した鎖の広い範囲に及びます。
注5:位相、同位相(I)、逆位相(A)
振動のタイミング関係を表す用語です。隣接する2つのサルコメアが同じタイミングで動く関係をI、反対のタイミングで動く関係をAと分類しました。
5.お問い合わせ先
【研究内容について】
新谷正嶺 中部大学 生命健康科学部 生命医科学科 准教授
電子メール:s-shintani[at]fsc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-9180
本件に関するお問い合わせ先
中部大学 入試・広報センター(広報課)
- TEL
- 0568-51-5541
- chubu-info@fsc.chubu.ac.jp