【中部大学】隠蔽種(いんぺいしゅ)のホタルを発見:同じ場所で時期をずらして現れる2つの近縁種—伝説のホタル研究者が90年前に残した予言を科学的に証明
【ポイント】
- 日本の野山でよく見かける昼行性のホタル「オバボタル」。幼虫はよく発光するが、成虫は発光しない。
- ホタルとしては出現時期が長く(5月-8月)不思議に思われていたが、愛知県幸田町の森で詳しく野外調査すると、6月半ばに一度いなくなって再び現れることがわかった。
- 胸部の赤と黒の模様に2パターンがあることを発見。遺伝子解析したところ、これらは明らかに別な種であることがわかった。また、それぞれが出現時期に対応していることがわかった。
- 「オバボタル」の胸部の模様に2パターンあることは、伝説のホタル学者である神田左京が昭和10年(1935年)に指摘していた。神田の観察が正しかったことが90年ぶりに確かめられ、これらが別種と判定されることが明らかになった。
【研究の概要】
中部大学応用生物学部環境生物科学科の大場裕一教授と、藤森憲臣研究員、平田秀彦研究員は、「オバボタル」と呼ばれていたホタルが2種に分けられることを明らかにしました。すなわち、本当は2種だったものが、姿が似ているため、同じ種であるとずっと信じられていたのです。今回の研究成果に関する論文は、9月4日付で、国際的な動物学の専門誌Zoological Lettersに掲載されました。
【研究の背景】
オバボタルとは
「オバボタル」(学名:Lucidina biplagiata)は、日本では北海道から本州、四国、九州まで広く分布するホタルの一種です。体長は1センチくらいで、体は黒色、胸部に2か所赤い紋があります。ゲンジボタルやヘイケボタルに見た目が似ていますが、成虫になると発光しません。昼行性(明るい時間に活動する)で、ハイキングなどで植物を注意して見ていると、葉っぱの上によくとまっているのが目につきます。日本にはホタルの仲間(ホタル科の昆虫)が51種いますが、実はゲンジボタルやヘイケボタルよりもずっと普通に見ることのできるホタルですから、野山を散策するのが好きな方ならば見たことがあるという人も多いでしょう。
ちなみに、オバボタルの「オバ」というのは「姥(うば)」に由来するそうです。私の名前「大場」に由来すると勘違いされることがよくありますが、そうではありません。
隠蔽種とは
本来は別種であるにもかかわらず見た目がひじょうに似ているために同一の種として扱われてきた生物種のことを「隠蔽種 cryptic species」と言います。隠蔽種が見つかることはたまにあります。たとえば、メダカがキタノメダカとミナミメダカの2種に分けられたこと、アマガエルがニホンアマガエルとヒガシニホンアマガエルの2種に分けられたことなどです。しかし、オバボタルようなありふれた昆虫にも隠蔽種が見つかったことは、長年ホタルを研究をしていた私たちにとっても、たいへん意外なことでした。
伝説のホタル学者が気付いていた
実は、今から90年も前に、オバボタルに2つのタイプがあることに気がついていた研究者がいました。明治から大正時代のホタル学者、神田左京(かんださきょう:1874-1939)です。神田は、ホタルの研究に生涯を捧げましたが、生前は世の中からほとんど認められることがなかった伝説の研究者です。その神田の最後にして最大の自費出版著作『ホタル』の中に、オバボタルには胸部の紋様に2つのタイプがあることが図入りで紹介されているのです。神田が「イ型」と呼んでいたタイプは、赤い紋様が小さくて、中心の黒い部分が太くて縦に真っ直ぐです。一方、「ロ型」と読んでいたタイプは、赤い紋様が大きくて、中心の黒い部分が細くて漢字の「八」を逆向きにしたような形です。
【今回の研究で明らかになったこと】
- 愛知県幸田町にある大井池わきの林道およそ800メートルの区間を、5月から8月の4ヶ月間、雨の日を除いて3年間ほぼ毎日歩き、葉の上にいる「オバボタル」の数を数えました。その結果、5月上旬に現れ始めた個体は5月末をピークに、6月半ばでは一度ほとんどいなくなりました。しかし、6月後半から再び数が増えてきて、7月頭をピークに8月頭まで数が少なくなっていきました。なお、この調査はすべて著者のひとり(藤森)が行いました。
- 同じ場所でいろいろな日時に採集した「オバボタル」の胸部を撮影して、赤い紋様を調べました。具体的には逆「八」の字の角度を分度器で測りました。その結果、5月頃に現れる「オバボタル」は逆八の字の角度が大きいものが多く、7月頃に現れる「オバボタル」は逆八の字の角度が小さいもの(真っ直ぐに近いもの)が多いことがわかりました。しかし、どちらとも言えない中間的な角度の個体もありました。なお、この解析はすべて著者のひとり(平田)が行いました。
- 5月末までに現れる「オバボタル」と6月後半以降に現れる「オバボタル」の遺伝子を解析してみました。その結果、2つの遺伝子は全く異なるものでした。なお、この解析は著者の大場と藤森と平田が行いました。
- この2つのタイプ同士が交尾するかどうかを試してみました。両方のタイプを同じケースに入れて様子を見ます。すると同じタイプ同士のオスとメスはすぐに交尾しましたが、違うタイプ同士は何時間待っても交尾しませんでした。ただし、違う時期に現れる2つのタイプ同士を揃えるのは非常に難しかったので、この実験はあまりたくさんの回数を行うことはできませんでしたが、結果ははっきりしたものでした。なお、この実験はすべて著者のひとり(藤森)が行いました。
【研究成果の意義】
隠蔽種が見つかって話題になることがありますが、メダカやアマガエルの例のように、たいていは長い日本列島の北と南で住み分けていたのが、それぞれ別種であることがわかったというケースです。この場合、北と南の個体は遺伝的にも近縁であるため、両方を一緒にすると子孫ができてしまいます。今回の研究のポイントは、愛知県幸田町の大井池わきの林道という同じ場所で調査を行っているところです。季節消長、遺伝子、胸部の模様、交配実験の結果、これまで「オバボタル」と言われていたものが2タイプ、同じ場所で違う時期に現れ、それぞれが異なる遺伝子に対応していることがわかりました。同種なのか別種なのかを考える時に重要な指標のひとつが、お互いに交尾できるかどうかです。我々はこの実験も行い、2タイプ同士は交尾できないことを確かめました。これらの結果は、これらが異なる2種であることを明確に示しています。90年前に神田左京という孤高のホタル学者が気付いていたことが、その後だれも検証することなく同じ1種だと信じられていたのが、ついにはっきりと2種であったことがわかったのです。
この話には、実は続きがあります。2種のうちどちらが本来の「オバボタル」で、どちらが新種ということになるのでしょう。「オバボタル」という種を定める基準となる「タイプ標本」と呼ばれるたった1個体の標本が、モスクワの博物館にありました。明治時代に日本のどこかで採集されてモスクワの昆虫学者に送られた標本です。2017年、著者のひとりである大場は、この標本を調べにモスクワを訪れました。そして、重たい鉄の保管庫から取り出されたその標本を見てアっと驚きました。わたしたちが2つの種を区別するポイントと考えていた胸部がなくなっていたのです。どうやらソビエト時代に標本がきちんと管理されておらず、カビが生えたり虫に食われたりしてボロボロになってしまったらしいのです。ですから、私たちは、現在のところ、この2種のどちらが本当のオバボタルなのか、分かりません。タイプ標本をもっとよく調べれば答えがわかるかもしれませんが、残念ながら現在はモスクワにもういちど見に行くことができないのです。いつかまた、モスクワを訪れることができる平和な日が来ることを楽しみにしています。
【著者たちからのメッセージ】
野山を歩くのが好きな人は、季節と共にスミレ、ホタルブクロ、リンドウが可愛らしく咲いているのを見かけるでしょう。どれも紫色をした花ですが、それぞれ違う種であることは明らかです。オバボタルもまた、野山を歩く人にはお馴染みの昆虫ですが、実はよく似た2種が違う時期に現れて、区別がつきにくいですが胸の赤い模様が違っていたのです。このことは、私たちが気が付かない生物の多様性が身近な場所にもまだ気付かれずにたくさん潜んでいることを物語ってくれます。
【論文情報】
掲載誌:Zoological Letters(シュプリンガーネイチャー社)
タイトル:A potential presence of cryptic species in the Asian common dark firefly Lucidina biplagiata(邦訳:アジアに普通に見られるオバボタルの隠蔽種の可能性について)
著者:大場 裕一(おおば ゆういち)、藤森 憲臣(ふじもり のりおみ)、平田 秀彦(ひらた ひでひこ)(連絡著者は大場、3人の著者は全員が主著者としての同等の貢献をしている)
所属:中部大学応用生物学部
DOI: https://doi.org/10.1186/s40851-026-00273-8(オープンアクセス)
【お問い合わせ先】
(研究内容について)
大場 裕一(おおば ゆういち)中部大学 応用生物学部 環境生物科学科 教授
E-mail:yoba@[at]fsc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
本件に関するお問い合わせ先
中部大学 入試・広報センター(広報課)
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- 0568-51-5541
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