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「行動の段取り」を支える神経機構を前頭前野に発見 ~高次脳機能障害の病態解明につながる発見~玉川大学脳科学研究所が論文を発表

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玉川大学脳科学研究所(所長:木村實)の大学院生 佐賀洋介(工学研究科脳情報専攻博士課程後期)らは、高次脳機能の中枢である前頭前野が「行動の段取り」を制御する過程において、必須となる神経活動を同定することに成功。この発見は、高次脳機能障害の病態解明やリハビリテーションプログラムの開発につながることが期待される。この研究成果は、7月21日(日本時間)に米国神経科学協会機関誌「The Journal of Neuroscience」のオンライン版に掲載された。

1 研究の背景:
 人間は設定されたゴールに向かって行動するが、一つの行為だけでゴールが達成できることは稀であり、複数の行為を段取りよく実行する必要がある。しかし、脳血管障害などで前頭前野の機能が失われると、こうした行動制御の過程に大きな問題が生じる。料理を例にあげると、皮をむく、肉を切るなどの一つ一つの行為は正しくできるにもかかわらず、全体として「段取り」よく料理することが大変困難になり、これを完成させることができなくなる。このように、感覚機能や運動機能に障害がないにもかかわらず、複雑な行動の制御に問題が生じる病態は高次脳機能障害と呼ばれ、社会問題の一つとなっている。

 こうした特徴的な症状から、大きく発達した大脳皮質の4分の1を占める前頭前野が「行動の段取り」を支える役割を担っていると考えられてきたが、その神経メカニズムは依然として不明だった。我々は、前頭前野の機能障害によって、一定間隔で提示される感覚刺激を数えられなくなる、複数の物事の前後関係の把握ができなくなる、という症例報告に注目し、「段取り」の形成にあたって最も基礎となるもの、即ち、「行動の段階」を前頭前野がモニターしているのではないか?という作業仮説を立てて本研究を行った。

2 研究の概要:
 視覚、聴覚、あるいは、触覚による信号が数秒毎に次々に与えられるなかで、4回目の信号が提示されたら速やかにボタンを離すことによって報酬がもらえるという行動課題を、被験体に学習させた。この課題を成功するためには、各種感覚情報を受容する度に一段、二段、三段と段階を更新し、四段となったところで行動のゴーサインを出さなくてはならない。(添付資料;図2上段)。こうした課題設定は、行動の段階を反映する神経細胞活動の検出を可能とした。課題を遂行している被験体の前頭前野から神経細胞活動を記録したところ、行動の段階を反映する多彩な細胞活動が見出された。ある細胞集団は、一つの段階に選択的な活動を示した(添付資料;図2、細胞A~E)。また、別の細胞集団は、連続する二段階あるいは三段階に選択的な活動を示した(添付資料;図2、細胞F~J)。更に、これらの活動は視覚、聴覚、触覚といった感覚情報の種類とは直接結びつかない抽象的なものであることと、段階の切り替えは感覚情報が提示されてから0.5秒という早さで起こることも明らかとなった。

 こうした結果により、1)前頭前野は自分自身が現在どの段階にあるのかを一、二、三、四、…という抽象的レベルで逐次モニターしていること、2)各段階が多様な選択性を持つ活動によって多重に表現されていること、が示された。

3 発見の意義:
 「行動の段取り」を構築するにあたって必須となるこうした神経メカニズム(「行動の段階」を反映する活動)があることは今から60年も前にアメリカの心理学者のLashleyによって予言されていたが、今回の研究で、その実態を解明することに成功した。先に述べたように、高次脳機能障害の患者さんは、計画的な行動を段取り良く行うことができなくなってしまう。今回発見された神経メカニズムの喪失がこうした病態を引きおこす主要因であることが考えられることから(添付資料;図3)、今後、高次脳機能障害の病態解明やリハビリテーションプログラムの開発につながることが期待される。

【用語の説明】
■高次脳機能
 記憶、注意、意思決定、行動計画などの認知的な脳情報処理過程のことであり、前頭前野を初めとする大脳皮質連合野がその機能の中心を担っている。

■前頭前野
 前頭前野は、大脳皮質の最前部にある領域で、ヒトでの発達が著しい(添付資料;図1、黒く塗った部分が前頭前野)。脳に存在するあらゆる情報を集めるハブとして位置づけられ、こうした情報を巧みに利用しながら、複雑な行動の制御過程において中心的な役割を果たしている。      

■高次脳機能障害
 大脳皮質連合野の機能脱落により、感覚機能や運動機能に異常がないにもかかわらず、高次脳機能に関する障害が選択的に生じる病態のこと。

■The Journal of Neuroscience(ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス)
 4万人の会員からなる世界最大の神経科学分野の学会である北米神経科学学会の機関誌であり、質の高い論文が掲載されている。

■神経細胞活動
 細胞の一種である神経細胞は、樹状突起というアンテナを伸ばしており、ここで他の神経細胞からの入力を受け取る。入力の総和がある一定の値を超えると電気的活動を起こすため、これを記録することができる。

【論文名】
Development of multidimensional representations of task phases in the lateral prefrontal cortex.(前頭前野における行動段階の多重表現)

【著者】
佐賀洋介  玉川大学大学院 工学研究科 脳情報専攻 博士課程後期
射場美智代 ペンシルベニア大学 Senior Research Investigator(上級研究員) 
丹治 順  玉川大学脳科学研究所 客員教授
東北大学脳科学センター 包括的脳科学研究・教育推進センター長
星 英司*  玉川大学脳科学研究所 特別研究員
        東京都医学総合研究所 固有研究職員(副参事研究員)
(*Corresponding author)

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