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全方向にわたって高感度で画質の優れたγ線画像を取得可能な新手法の提案・実証に成功 -- 北里大学

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北里大学医療衛生学部 村石浩准教授らの研究グループは、遠隔から飛来するγ線の強度分布を高感度で撮影可能な唯一の方法として知られている「コンプトンカメラ法」において、画質を大幅に向上させることが可能な新手法を世界で初めて提案・実証することに成功しました。本手法により、今後、病院などの放射線管理区域における環境モニタリング可視化装置の実現、福島原発事故で飛散した放射性セシウムの屋外での可視化による除染作業の効率化、コンプトンカメラ法をベースとした次世代核医学診断装置の高性能化、及び次世代宇宙γ線観測衛星技術の精度向上などが大いに期待されます。

 本研究成果は、応用物理学分野における国際学術雑誌Japanese Journal of Applied Physicsにおいて速報(Rapid
Communications)にて論文が掲載(日本時間2020年8月25日午前8時)されました。

■研究成果のポイント
・コンプトンカメラ法で得られるγ線画像は、γ線源が存在しない方向に疑似ピーク(ゴースト)が出現してしまうため、真のγ線強度を表す画像の取得が原理的に困難と考えられてきました。
・今回、撮影時に検出器を回転させながらデータ収集し、フィルタ逆投影法(X線CTで用いられる画像再構成法)を応用した先の提案手法で画像再構成を行うことで、ゴーストのない優れたγ線画像の取得が可能であることを世界で初めて提案・実証しました。

■研究の背景
 1MeV領域のエネルギーを持つγ線のイメージング技術は、福島原発事故で飛散した放射性セシウムの可視化がトリガーとなり、近年、劇的な進歩を遂げています。なかでも、「コンプトンカメラ技術」は、高感度で撮影可能な唯一の方法であり、最新の放射線デバイス技術(シンチレータ、光検出器、半導体検出器)を総動員することで、(1)環境中や施設内で放射性物質を可視化可能なカメラ開発、(2)次世代核医学診断装置開発、(3)次世代宇宙γ線天文衛星における検出器開発、などが国内外で盛んに行われています。ここで、典型的なコンプトンカメラは、図1(a)に示すように複数のγ線カウンターを配置し、入射γ線があるカウンターで「コンプトン散乱」した後、もうひとつのカウンターで「光電吸収」することで、時間的に同時に2つのカウンターから出力された微弱な電気信号を同時計数することでデータが収集されます。画像再構成では、γ線イベントごとにこれらの信号強度(エネルギー損失量に相当)からγ線入射角度θが分かるので、図1(b)のように半径θのリングを逆投影して積み重ねていくことで、γ線画像の形成が可能となります。しかしながら、逆投影するリングのパターンは、γ線カウンターの配置数で制限されるため、リングを重ねていった際に、γ線ピーク以外のところで疑似的な重なり(これをゴーストと呼ぶ)が出現してしまうので、真のγ線強度を表す画像の取得が原理的に困難であると考えられてきました。

■研究内容と成果
 このような背景の中、我々の研究グループは、先の研究において、X線CT、SPECT、PETなどの断層撮像装置の画像再構成法として用いられている「フィルタ逆投影法」の原理をコンプトンカメラ法に簡易的に応用する手法を初めて提案し、実際のコンプトンカメラで得られたγ線画像において、画像の鮮鋭化や、バックグラウンド領域をゼロレベルに抑えることが可能であることを実証しました(Watanabe et al., Japanese Journal of Applied Physics (2018))。これにより、コンプトンカメラ法においてシフト不変(注1)な線形システムの実現に近づきましたが、一方で、ゴースト成分の除去が大きな課題として残っていました。
 そこで、今回、撮影時に検出器を回転させながらデータ収集を行い(図1(c))、更に、フィルタ逆投影法による先の提案手法で画像再構成を行うことで、ゴーストがなくバックグラウンド領域をフラットなゼロレベルに抑えた優れたγ線画像の取得が容易に可能であることを提案・実証しました。図2は、今回の実証試験に用いたコンプトンカメラの模式図と外観です。結晶シンチレータと光電子増倍管を組み合わせたγ線カウンターをわずか6本のみ使用(オクタヘドロンの頂点に結晶を配置)し、自動回転ステージに固定・制御することでダイナミックデータ収集を実現しました。ここで、360度にわたって回転する際にカウンター配置が重ならない(繰り返さない)ように、垂直方向の位置をわざとずらしてカウンターを配置したことがポイントとなります(リングパターンの更なる増加を実現)。図3は、実験で得られた全方向γ線画像の例を表しています(視野中心(水平・垂直0度方向)に22Na(ナトリウム22)密封線源を配置)。まず、従来法(図3(a):単純逆投影、回転なし)では、視野中心に広がったγ線ピークが現れるものの、γ線源以外に多数のゴーストが出現し、更にバックグラウンド領域がかさ上げされたゼロレベルでない画像が形成されます。ここで、先の提案手法を適用すると(図3(b):フィルタ逆投影法、回転なし)、視野中心のピークがシャープになると同時にバックグラウンド領域をゼロレベルにおさえた画像の取得が可能となります。しかしながら、ゴーストが残存してしまい画質の向上が困難であるのが見て取れます。そこで、今回、回転によるダイナミックデータ収集を行うことで(図3(c):フィルタ逆投影法、回転あり)、γ線源の鮮鋭化を維持しつつ、バックグラウンド領域においてゴーストがなくフラットなゼロレベルに抑えた画像の取得が可能であることを実証しました。この結果は、γ線源が視野内のあらゆる位置にある場合においても同様の傾向を示し(図4(左))、更に、2つの線源がある場合においても独立な線源の重ね合わせとして画像が取得可能(図4(右))であることが確認されました。すなわち、今回の提案手法は、コンプトンカメラ法においてこれまで困難とされてきたシフト不変なγ線画像の取得が容易に可能(言い換えると、シフト不変な線形システムの実現が可能)であることを意味しています。

■今後の展開
 「放射線検出器を動かしながらデータ収集を行う」というアイデアは、核医学診断で用いられているSPECT装置(コリメータ式ガンマカメラを患者の体軸の周りで回転させながらデータ収集を行うことで、体内における放射性医薬品の集積を表す断層像を取得する検査)で行われています。今回、我々はコンプトンカメラにおいて世界で初めてダイナミックデータ収集を遂行し、優れたγ線画像の取得が可能である結果を実証しました。今回実証したタイプのコンプトンカメラは、福島フィールドや東日本全体における0.23(注2)~1μSv/hの低線量放射能汚染箇所の可視化を大幅に容易にすることが期待され、本技術の製品化の検討が大いに期待されます。また、病院や加速器施設における放射線管理区域では、現在、電離箱をベースとしたエリアモニタを施設内に設置することで、「検出器位置での空間線量の定点観測データ」を放射線管理指標としていますが、本手法を適用することで、今後は、「イメージング機能を備えたエリアモニタ」の実現に期待がかかります。更に、SPECT、PETに代わる次世代の核医学診断装置として、コンプトンカメラ法をベースとした検出器開発の基礎研究が国内外で盛んに行われていますが、本手法で提案するように、ダイナミックデータ収集機能を備えることで画質向上が大いに期待されます。

■論文情報
・掲載誌:Japanese Journal Applied Physics (Rapid Communications)
・論文名:Shift-invariant gamma-ray imaging by adding a detector rotation function to a high-sensitivity omnidirectional Compton camera(高感度全方向コンプトンカメラに回転機能を加えることによるシフト不変なγ線イメージングの実現)
・著者:Hiroshi Muraishi, Ryoji Enomoto, Hideaki Katagiri, Mika Kagaya,Takara Watanabe, Naofumi Narita, Daisuke Kano, Saki Ishikawa, Hiromichi Ishiyama
・DOI: 10.35848/1347-4065/abb20d
・URL: https://doi.org/10.35848/1347-4065/abb20d

 本研究は、北里大学医療衛生学部 村石浩准教授が中心となり進めた内容で、東京大学宇宙線研究所 榎本良治准教授、茨城大学理学部 片桐秀明准教授、成田尚史氏、仙台高等専門学校 加賀谷美佳助教、国立がん研究センター東病院 加納大輔博士、渡辺宝博士、北里大学医学部 石山博條教授、北里大学大学院医療系研究科 石川咲貴氏の協力のもとで行われました。

 本研究成果は、以下の研究助成を受けて得られました。
・科学研究費補助金(基盤研究(B):19H04492)「高感度γ線コンプトンカメラ技術の医療現場への実践的展開」、2019-2022年度、代表:村石浩
・科学研究費補助金(基盤研究(B):15H04769)「結晶シンチレータによる医療用高感度γ線コンプトンカメラの開発」、2015-2018年度、代表:村石 浩

 本研究は、以下のアイデアを応用した内容です。
・村石 浩、特願2018-177648、放射線検出装置、放射線検出方法及びプログラム、日本国特許(2018)

■注釈
(注1)シフト不変:ここでは、「撮影されたγ線点源の画像が視野内のどの方向においても同じ形状となる」ことを意味します。このことは、広がったγ線強度分布が点線源の重ね合わせとして表すことが可能(すなわち、コンプトンカメラにおいて線形システムを実現)であることを意味します。
(注2)0.23μSv/h:環境省が設定した除染対象地域における線量の下限値を表しています(ちなみに、国内の屋外におけるバックグラウンドレベルは、通常、0.05μSv/h程度です)。

■問い合わせ先
≪研究に関すること≫
 北里大学医療衛生学部医療工学科
 准教授 村石浩(ムライシ ヒロシ)
 TEL:042-778-8099
 E-mail:muraishi@ahs.kitasato-u.ac.jp

≪報道に関すること≫
 学校法人北里研究所
 総務部広報課
 TEL:03-5791-6422
 E-mail: kohoh@kitasato-u.ac.jp

図1.jpg 図1 (a)コンプトンカメラの模式図 (b)画像再構成法(従来法) (c)画像再構成法(提案手法)

図2.jpg 図2 今回の実証試験に用いたコンプトンカメラの模式図と外観写真

図3.jpg 図3 実験で得られた全方向γ線画像の例(視野中心に22Na密封線源(放射能:1.6MBq、511keVγ線放出)、検出器—線源間距離1m、エイトフ図法で表示(左右が水平方向、上下が垂直方向を表す))  (a)単純逆投影、回転なし(従来法) (b)フィルタ逆投影法、回転なし(先の提案手法Watanabe et al.,JJAP,2018) (c)フィルタ逆投影法、回転あり(本研究による提案手法)

図4_左側.jpg 図4(左) γ線源がさまざまな方向にある場合の結果(22Na密封線源、検出器—線源間距離1m、画像フィルタあり、回転あり) (a)-(h):γ線源を1つ配置した場合

図4_右側.jpg 図4(右) γ線源がさまざまな方向にある場合の結果(22Na密封線源、検出器—線源間距離1m、画像フィルタあり、回転あり) (a)-(h):γ線源を異なる方向に2つ配置した場合