京都産業大学

【京都産業大学】ベイズ推定を用いた新たな電子構造の解析法を開発。トポロジカル絶縁体などを巡る数々の論争の決着へ -- ネイチャー系英国学術雑誌『Communications Physics』に掲載

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京都産業大学、東北大学、九州大学、ドイツ ケルン大学、産業技術総合研究所からなる研究グループは、IT分野などで幅広く用いられている「ベイズ推定」という統計学的手法を用いて、従来の方法では困難であった電子構造の全貌を明らかにする新しい解析方法を開発した。

 電気が流れる、磁石につく、透明不透明、といった物質の性質は、物質中の電子の振る舞いによって決まる。しかし従来の方法では、膨大な数のパラメータを持つ電子構造の全貌を明らかにすることが困難だった。
 京都産業大学理学部の瀬川耕司教授、東北大学材料科学高等研究所の佐藤宇史教授、九州大学情報基盤研究開発センターの徳田悟助教、ドイツ ケルン大学の安藤陽一教授、産業技術総合研究所 産総研・東北大 数理先端材料モデリングオープンイノベーションラボラトリ(MathAM-OIL)の中西毅ラボ長らの研究グループは、IT分野などで幅広く用いられている「ベイズ推定」※1という統計学的手法を用いて電子構造の全貌を明らかにする新しい解析方法を開発した。
 本手法により、近年提唱された「トポロジカル絶縁体」※2と呼ばれる新奇物質における、相対論的ディラック電子※3の質量を10年越しに正確に決定することに成功した。本解析法は、トポロジカル絶縁体だけでなく様々な機能性材料に対しても広く適用可能で、次世代放射光などによって得られる電子構造データの解析にも役に立つと期待される。

 この研究成果は、2021年7月27日(日本時間)に、ネイチャー系英国科学誌『Communications Physics』に出版された。

むすんで、うみだす。  上賀茂・神山 京都産業大学

■用語解説
※1 ベイズ推定
 データ分析では、観測データを記述するモデルを立て、モデルのパラメータの値をデータに合うように求める、パラメータ推定が行われます。観測データとパラメータを共にランダムに得られるもの(確率変数)とみなし、パラメータが従う確率分布を求める手続きをベイズ推定と呼びます。パラメータの値だけではなく、それが従う確率分布を求めるため、パラメータの値が持つ不確かさを定量化できることが1つの特徴です。今回の研究では、モンテカルロ法と呼ばれる乱拓アルゴリズムに基づいて確率分布を計算し、電子構造を特徴付ける全てのパラメータを求めました。ベイズ推定は条件付き確率の連鎖律(ベイズの定理)をその基礎としており、モデルのパラメータだけでなく、モデル自体の不確かさも定量化できます。今回の研究ではこの性質を基に、ディラック電子の質量が有る(モデルI)か、無い(モデルII)か、を統計的に評価しました。

※2 トポロジカル絶縁体
 固体は物質内の電子構造によって、金属、絶縁体(半導体)、超伝導体と分けることができますが、トポロジカル絶縁体は、位相幾何(トポロジー)の概念を物質の電子構造の解析に取り入れることで、これまでの絶縁体とは一線を画す新しい絶縁体物質として2005年に提唱されました。3次元物質では表面に、2次元物質ではエッジ(端)に、電子の金属的な伝導路が形成されます。この伝導路は電子のスピンが上向きか下向きかで分かれており、その性質のために、不純物の散乱に対して非常に強いことが知られています。この特殊な伝導路を利用してこれまでの物質にはないスピンの応答や制御を実現することで、新しい量子現象やスピントロニクス素子開発のアプローチができると期待されて、国内外で精力的な研究が行われています。

※3 ディラック電子
 固体中の電気伝導を担う電子は、通常、有限の有効質量を持って運動していますが、特殊な状況下では、今から約90年前に英国の物理学者ディラック(1933年ノーベル物理学賞)が提唱した質量ゼロの相対論的フェルミ粒子の運動を記述する「ディラック方程式」に従って固体中を運動すると理論的に予言されていました。このような状態にある電子は非常に動きやすい上に、量子効果を示しやすいという特徴があります。

■関連リンク
・東北大学 ベイズ推定を用いた新たな電子構造の解析法を開発 トポロジカル絶縁体などを巡る数々の論争の決着へ
 https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/07/press20210728-1-Bayes.html
・京都産業大学 ベイズ推定を用いた新たな電子構造の解析法を開発 トポロジカル絶縁体などを巡る数々の論争の決着へ
 https://www.kyoto-su.ac.jp/news/2021_release/20210727_345_release_ka01.html
・京都産業大学 理学部 瀬川耕司教授
 https://www.kyoto-su.ac.jp/faculty/professors/sc/segawa-kouji.html

▼本件に関する問い合わせ先

京都産業大学 広報部

住所

: 〒603-8555 京都市北区上賀茂本山

TEL

: 075-705-1411

FAX

: 075-705-1987

E-mail

kouhou-bu@star.kyoto-su.ac.jp

20210727_press01.jpg 図1: 角度分解光電子分光の概念図。物質に高輝度紫外線や軟X線を照射し、放出された光電子のエネルギーと運動量を精密に測定することで、物質の電子構造を決定できる。 (画像クレジット:東北大学)

20210727_press02.jpg 図2: (左)トポロジカル絶縁体表面における電子の運動の模式図。反対方向のスピンを持つ電子が常にお互い反対方向に動き、電流を伴わない純粋なスピンの流れ(スピン流)が生じている。(右)TlBi(S1-xSex)2の結晶構造。(画像クレジット:東北大学)

20210727_press03.jpg 図3: ディラック電子の質量の有無に関する論争。実験で得られたARPESのデータからディラック電子に質量が有るかどうかは必ずしも自明ではない。TlBi(S0.2Se0.8)2では、質量が無いバンド構造(モデルI)と質量が有るバンド構造(モデルII)のどちらであるかについて論争が起きていた。(画像クレジット:東北大学)

20210727_press04.jpg 図4: (a)TlBi(S0.2Se0.8)2における光電子強度の実験データと、(b)ベイズ推定による解析結果(モデルIIの場合)の比較。モデルIIを仮定した解析がARPESデータを非常によく再現している。バンド構造について、(c)に示すモデルI(質量無し)とモデルII(質量有り)のどちらを仮定するか、が多体相互作用の推定にも影響することが明らかになった。特に、(d)に示すように、モデルIIを仮定した場合に、バンドの交点領域付近(赤枠)において違いが顕著に現れた。ベイズ推定による評価はほぼ100%の確率で