弘前大学

【弘前大学】前立腺がん診断の精度を飛躍的に高める国産の新規診断法「S2,3PSA%検査」の共同開発と実用化について

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弘前大学(青森県弘前市)大学院医学研究科 泌尿器科学講座の大山力教授と糖鎖工学講座の米山 徹助教らの研究チームは、前立腺がん診断の精度を高めることができる新たな糖鎖標的を利用した前立腺腫瘍マーカー「S2,3PSA%検査」を開発した。この検査は採血のみで結果が出ることから、低侵襲的で簡便ながら針生検を含む精密検査の受診を要する患者の絞り込みが可能で、患者の不利益を回避しつつ、医療経済的にも優れた腫瘍マーカーとして期待されている。
この研究成果は、前立腺の解剖学、生理学、病理学を専門とする医学雑誌『The Prostate』オンライン版(2021年9月21日)に掲載された。

【本研究のポイント】
・弘前大学大学院医学研究科 泌尿器科学講座の大山力教授と糖鎖工学講座の米山徹助教らの研究チームは、腫瘍マーカー「前立腺特異抗原(PSA)」タンパク質上の糖鎖構造の詳細な構造解析から、前立腺細胞のがん化によってPSAタンパク質上の糖鎖構造の末端シアル酸の結合様式の含有量が変化することを発見し、非がん患者由来PSAをS2,6PSA、がん患者由来PSAをS2,3PSAと命名し、「S2,3PSA」を腫瘍マーカーとして臨床応用する研究を進めた。
・研究チームは、富士フイルム和光純薬株式会社の協力を受け、S2,3PSA%検査として、マイクロキャピラリー電気泳動技術を利用し、血液中のS2,3PSAとS2,6PSAの濃度を定量することで前立腺がんの診断補助に利用できる新規体外診断用医薬品「ミュータスワコー S2,3PSA・i50」を共同開発した。臨床性能試験の結果から、従来のPSA検査で陽性(PSA検査値4 ng/mL 以上)となっても実際は前立腺がんではない方(偽陽性)と真に前立腺がんである患者さんを従来のPSA検査よりも、より高精度に識別可能であることを明らかにした。グレーゾーンと呼ばれるPSA 低値陽性群(PSA検査値4~10 ng/mL)で偽陽性率が高く、世界的な社会問題となっているPSA検査に対して、「S2,3PSA%検査」を二次血液検査として実施すれば、がんではない人が不要な針生検など侵襲性の高い精密検査を受ける不利益を回避できると期待される。
・「ミュータスワコー S2,3PSA・i50」は、富士フイルム和光純薬株式会社で2022年8月22日に厚生労働省から新規体外診断用医薬品として製造販売承認を受け、臨床現場で使用可能となった。今後、S2,3PSA%検査の保険収載に向けて、さらに研究を進め、国産で初めての前立腺がん腫瘍マーカー検査として、広く普及活動を展開していく予定。

【研究の背景と目的】
 前立腺がんは特に欧米などで発症頻度の高いがんだが、近年日本でも前立腺がんの罹患数、死亡数が急速に増加している。2019年 全国がん登録 罹患数・率報告(厚生労働省健康局がん・疾病対策課)によると、年間94,748人が罹患し、最も多い男性がんとなっている。がん統計予測(国立がん研究センター・がん情報サービスの公開しているデータ)によると、2022年の前立腺がん死亡数は年間13,300人と予測され、男性がんの6番目で、多少の変動はあるものの増加傾向にある。
 米国では死亡数の高さから社会問題になっている前立腺がんだが、1990年代の罹患数、死亡数の日米間格差は、23倍と7倍だった。しかし2018年のデータの比較では、それらがともに2倍まで差が縮まっており、今後も高齢化社会の進行に伴い、さらに増加するとも予測されている。日米の人口比を考慮すると、本邦における前立腺がんに対する適切なマネージメントは喫緊の重要な課題である。
 前立腺がんは多くの場合、比較的ゆっくり進行し、手術や内分泌(ホルモン)療法など確立された治療法も存在する。そのため、早期に発見し適切な治療をすれば、5年生存率は前立腺に限局するがん(ステージ I,II)で 100%、局所浸潤がん(ステージ III)で99.2%と良好な予後が期待できる。しかし、発見が遅れ、リンパ節や骨に転移したがん(ステージ IV)となると5年生存率は53.4%と著しく低下してしまうことから、早期発見が非常に重要ながんであるといえる(図1)。

 欧米で実施された無作為化比較対照試験の結果から、国家レベルで前立腺がんの死亡率を低下させるには、早期発見・適切治療が有効であることがすでに証明されているが、より有効かつ効率の良い前立腺がん診断システムの確立には、がんの悪性度が高く即時治療が必要な「臨床的に重要な前立腺がん」の正確な診断が欠かせない。
 1990年代に米国で開発された PSA検査の導入によって非常に早期の前立腺がんまで検出が可能になった一方で、逆にがんではない人も多く陽性を示してしまうこと(偽陽性)が問題となっている。
 PSAは、前立腺がんだけではなく、前立腺肥大症、前立腺炎のような他の前立腺疾患においても過剰に産生されることが知られている。通常、PSA 検査値が4ng/mL 以上となると精密検査の受診対象となるが、特にPSA検査値4~10 ng/mL の「グレーゾーン」と呼ばれる領域では70%程度が実際はがんではなかったという疫学データが報告されている(図2)。

 PSA検査が陽性となり、精密検査の受診を勧められた場合、経直腸前立腺触診や入院を必要とする前立腺針生検といった肉体的、精神的に苦痛を伴う検査を受診することとなり、がんが見つからなかった場合は受診者側にも医療者側また医療経済的にも不要な負担がかかる。
 このような背景から、治療が必要な前立腺がん患者をより正確に診断できる簡便な検査法が必要とされていた。そこで研究チームは、前立腺がん診断の精度(がん特異性)を飛躍的に高めることが可能な国産の新規診断法の開発を試みた。

【研究の成果】
 大山力教授(弘前大学大学院医学研究科 泌尿器科学講座)、米山徹助教 (同大学院医学研究科 糖鎖工学講座)らの研究チームは、PSAタンパク質上の糖鎖構造の詳細な構造解析から、前立腺細胞のがん化によってPSAタンパク質上の糖鎖構造の末端シアル酸の結合様式の存在比(非がん型:S2,6PSAとがん型:S2,3PSAの割合)が変化することを見出した(図3)。

 健常な人や前立腺肥大症などの良性疾患の患者の血清由来PSAの糖鎖末端はシアル酸α 2,6ガラクトース構造が多く、前立腺がん患者の血清由来PSAの糖鎖末端はシアル酸α2,3ガラクトース構造が増加した。そこで、非がん型PSAを「S2,6PSA」、がん型PSAを「S2,3PSA」と命名した。

 この知見をもとに、富士フイルム和光純薬株式会社との共同研究により、S2,3PSA%検査としてマイクロキャピラリー電気泳動技術を基盤とした全自動蛍光免疫測定装置「ミュータスワコーi50」を用いた血液中のがん型S2,3PSAの割合(S2,3PSA%)を定量する体外診断用医薬品「ミュータスワコー S2,3PSA・i50」を開発した(図4)。

 同体外診断用医薬品の多施設共同臨床性能試験のために、国内7施設において前立腺がん疑いとして受診した合計439名の患者(うち281名がPSA検査値グレーゾーン)から採取した血清検体に対してS2,3PSA%検査を実施し、現在、保険適応されているPSA検査およびF/T比検査の前立腺がん診断精度を検査特異度(期待できる針生検回避率)および受信者動作特性曲線(ROC)解析によるROC曲線下面積(AUC)値で比較。その結果、(図5)に示す通り、前立腺がんの検出に関するS2,3PSA%検査のAUC値は、PSA検査値に関係なく、本邦保険診療で使用可能なPSA検査およびF/T比のAUC値より統計的に有意に高い結果が得られ、「90%の感度を維持しながら、36~37%の針生検回避を期待できる」との有益な結果を示した。
 また、「悪性度が高い臨床的に重要な前立腺がん」の検出に関するS2,3PSA%検査のAUC値も上記と同様に本邦保険診療で使用可能なPSA検査およびF/T比のAUC値より統計的に有意に高い結果が得られ、「90%の感度を維持しながら、39~44%の針生検回避が期待できる」との有益な結果を示した。悪性度が高い臨床的に重要な前立腺がんの検出特異度が優れていることから、将来的にS2,3PSA%検査は前立腺がんの悪性度診断の補助的な指針、もしくは予後マーカーとなりうる可能性も期待できる。

【今後の展開】
 今後は、S2,3PSA%検査の保険収載を目指し、臨床での使用を通じて、あるいは研究の一環として、多くの医師がS2,3PSA%検査を用いたさまざまなアイデアでの研究を行い、S2,3PSA%検査のパフォーマンスを臨床現場で使い切ることができるように、活躍の場が増えることを期待している(図6)。

【論文情報】
■原著論文タイトル
 Characteristics of α2,3-sialyl N-glycosylated PSA as a biomarker for clinically significant prostate cancer in men with elevated PSA level
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34549452/

■掲載誌
 The Prostate

■著者
 米山徹(1)、山本勇人(2)、飛澤悠葵(2)、米山美穂子(3)、畠山真吾(2,4)、成田拓磨(2)、小玉寛健(2)、百田匡毅(2)、伊藤弘之(5)、成田伸太郎(6)、対馬史泰(7)、三塚浩二(8)、米山高弘(2,9)、橋本安弘(2)、Wilhelmina Duivenvoorden(10)、Jehonathan H Pinthus(10)、掛田伸吾(7)、伊藤明宏(8)、土谷順彦(11)、羽渕友則(6)、大山力(2,4,9)※責任著者

1)弘前大学大学院医学研究科 附属高度先進医学研究センター 糖鎖工学講座
2)弘前大学大学院医学研究科 泌尿器科学講座
3)鷹揚郷腎研究所 癌免疫細胞生物学研究部
4)弘前大学 大学院医学研究科 先進血液浄化療法学講座
5)青森労災病院 泌尿器科
6)秋田大学大学院医学系研究科 腎泌尿器科学講座
7)弘前大学大学院医学研究科 放射線診断学講座
8)東北大学大学院医学系研究科 外科病態学講座 泌尿器科学分野
9)弘前大学大学院医学研究科 先進移植再生医学講座
10)Department of Surgery, McMaster University, Hamilton, Ontario, Canada.
11)山形大学大学院医学研究科 腎泌尿器外科学講座

※本研究は以下の研究費支援を受けて実施されたものです。
 文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(A) 15H02563、挑戦的萌芽研究15H15579

▼本件に関する問い合わせ先

住所

: 青森県弘前市文京町1番地

TEL

: 0172-39-3012

FAX

: 0172-37-6594

図1.jpg (図1)前立腺がんの進行と5年生存率

図2.jpg (図2)PSA検査値による前立腺がん発見率

図3.jpg (図3)血中PSAタンパク質のがん性糖鎖変異

図4.jpg (図4)S2,3PSA%検査の概要

図5.jpg (図5)ROC解析によるS2,3PSA%検査と既存検査の診断精度の比較

図6.jpg (図6)S2,3PSA%検査導入後のイメージ