長浜バイオ大学

【長浜バイオ大学】「キンギョのシングルセル遺伝子発現解析で進化の謎に迫る」 -- 国際科学誌「Communications Biology」(電子版)に掲載

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長浜バイオ大学(滋賀県長浜市、蔡晃植学長)の大森義裕教授(フロンティアバイオサイエンス学科)・今鉄男特任助教(現在:ウィーン大学シニアリサーチフェロー)の研究グループは、国立遺伝学研究所(豊田敦特任教授)、データサイエンス共同利用基盤施設(野口英樹特任教授、福多賢太郎研究員)、愛知県水産試験場弥富指導所、ウィーン大学および米国国立衛生研究所(NIH)と共同でフナを原種とするキンギョの眼球の網膜組織から約2万3千個の細胞を分離し、それぞれの細胞に発現する数万個の遺伝子発現など(シングルセルRNA-seq解析とシングルセルATAC-seq解析)を測定することに成功しました。

【本研究のポイント】
●近年に全ゲノム重複した脊椎動物では世界で初めてシングルセルレベルで重複遺伝子の発現進化の解析に成功した。
●キンギョの網膜において、全ゲノム重複後の1400万年という比較的短い時間に306ペアの遺伝子対が新たな発現パターンを獲得したことが明らかになった。
●シングルセルレベルで全ゲノム重複後に重複した遺伝子対の非対称サブゲノム進化が進行していることが証明された。
●全ゲノム重複の全体像の解明に向けた重要な一歩となる一方で、人間の網膜色素変性や緑内障など、網膜関連疾患の診断法や治療法の開発に繋げることが期待される。

【研究の背景】
 私たち人間やカエル、キンギョを含む脊椎動物の祖先は約5億年前に全遺伝子が同時に倍加する進化上まれな現象である全ゲノム重複を2回起こしたことが明らかとなっています。ゲノムに存在する数万個の遺伝子が突然倍加する全ゲノム重複は数億年の生物進化の歴史の中でもまれな現象で、急激な進化をもたらす生命の進化にとって重要な出来事と考えられています。脊椎動物の祖先に約5億年前に起きた全ゲノム重複は古い時代の出来事なので、その証拠が多く残っておらず、全ゲノム重複の直後にどのような遺伝子の進化が進んだかは現在でも謎の多い領域です。脊椎動物の中では、まれですが比較的近代に全ゲノム重複を起こした生物がいくつか知られています。サケ・マス類(約8000万年前)やコイ・フナ類(約1400万年前)とアフリカツメガエル(約1800万年前)が知られていますが、コイ・フナ類はこれらの中でも最も新しい全ゲノム重複であり、全ゲノム重複直後の遺伝子進化を研究する上での良い材料として知られています。これらの生物種のなかで、全ゲノム重複によって倍加して2つになった遺伝子(オオノログ;重複遺伝子)の発現は、年代とともに大きく変化することが知られています。ほとんどのオオノログは片方が必要ないために淘汰され1つに戻ってしまいます。しかし、一定数の重複遺伝子対は新たな発現パターンを獲得して進化に貢献します。これまで、サケ・マス類やアフリカツメガエル、コイ・フナ類で脳や筋肉といった臓器・組織レベルでのオオノログの発現は研究されてきました。しかし、遺伝子は臓器・組織ではなく細胞を最小単位として発現しているために、臓器・組織レベルの発現解析では不明な点が多く、単一細胞(シングルセル)レベルでの発現解析が期待されていました。私たちはこれまでに野生のフナが現在から約1000年前に家畜化されたキンギョの全ゲノム配列を世界で初めて報告し、デメキンやランチュウなどのキンギョ品種の特長と関連する遺伝子変異を発見してきました。

【研究成果と今後の展開】
 今回、今特任助教らは、遺伝子発現進化が比較的早いと考えられる網膜組織を使ってシングルセルレベルの遺伝子発現解析(single cell RNA-seq)を行いました。また、遺伝子発現のスイッチがオンになっているゲノム領域は、DNAをコンパクトに巻き付けているタンパク質(クロマチン)が緩んで「開いた」状態になっていることが知られています。これをオープンクロマチン領域と呼びますが、今回の解析ではシングルセルATAC-seqと呼ばれる方法により、遺伝子発現のエピジェネティックな制御についても調査しました(研究協力KOTAIバイオテクノロジーズ株式会社)。これらの解析では、最新の細胞分離装置や遺伝子増幅装置を用いて精巧な実験が行われ、膨大な遺伝子配列情報を一般のデスクトップパソコンの数十倍のスペックを持つハイスペック・コンピューターによって大量情報処理することにより、研究が実現しました。キンギョ網膜から約2万3千個の細胞に含まれる約1万1千対のオオノログペアの発現について解析が行われた結果、306対のオオノログが新たな発現パターンを獲得したことが明らかとなりました。また、遺伝子発現が全ゲノム重複後に倍加した2組の祖先種のゲノムのうち一方に偏っているという現象(非対称サブゲノム進化)がシングルセルレベルで観察されることがわかりました。この成果は、現在も謎の多い全ゲノム重複という現象の全体像の解明に向けた重要な一歩となります。一方で、キンギョには人間の網膜色素変性や緑内障など網膜関連疾患のモデルとなる品種があり、これらのキンギョ品種の網膜をシングルセルレベル発現解析し今回得られたデータと比較することで、網膜関連疾患の診断法や治療法の開発に繋げることが期待されます。

・発表雑誌:Communications Biology 2022年12月26日(月)19:00(日本時間)に公開
・論文タイトル:''Single-cell transcriptomics of the goldfish retina reveals genetic divergence in the asymmetrically evolved subgenomes after allotetraploidization''
・著者:Tetsuo Kon, Kentaro Fukuta, Zelin Chen, Koto Kon-Nanjo, Kota Suzuki, Masakazu Ishikawa, Hikari Tanaka, Shawn M. Burgess, Hideki Noguchi, Atsushi Toyoda, Yoshihiro Omori
 https://www.nature.com/articles/s42003-022-04351-3

▼本件に関する問い合わせ先

アドミッション・オフィス 広報担当

住所

: 滋賀県長浜市田村町1266番地

TEL

: 0749-64-8100(代)

FAX

: 0749-64-8140

E-mail

kouhou@nagahama-i-bio.ac.jp

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oomori-1.png キンギョ網膜組織のシングルセル遺伝子発現解析の方法

oomori-2.png キンギョのオオノログ対におけるシングルセルレベルでの遺伝子発現パターン進化