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【大阪大学】炎症が膵がんを進展する新たなメカニズム ~ REGNASE-1を標的とした膵がん治療開発の可能性に期待

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【研究成果のポイント】
◆炎症制御分子REGNASE-1※1 によるがん免疫誘導の破綻が膵がんを進展させることを発見
◆膵がんは予後が非常に悪く、分子機序の解明による新規治療法開発が重要な課題
◆REGNASE-1を標的とした膵がん治療開発の可能性に期待
【概 要】
大阪大学医学部附属病院の岡部純弥医員(研究当時)、大学院医学系研究科の小玉尚宏助教、竹原徹郎教授(消化器内科学)らの研究グループは、炎症制御分子REGNASE-1の発現低下が骨髄由来抑制細胞(MDSC)※2 を誘導し、抗腫瘍免疫の回避を介して膵がんを促進させることを明らかにしました(図1)。本研究成果は、欧州科学誌「Journal of Experimental & Clinical Cancer Research」に、10月9日(月)にオンライン公開されました。

 膵がんは治療法が少なく、予後が非常に悪いことから、新規治療法の開発やそれにつながる膵がん進展の分子機序解明が重要な課題です。研究グループは膵炎が膵がんの重要なリスク因子であることに着目し、炎症を制御することで知られるREGNASE-1分子の膵がん進展における意義を検討しました。
 ヒト膵がん手術検体を用いた検討の結果、REGNASE-1の発現が低下した患者では生存期間が短くなることがわかりました。そこで、Kras遺伝子※3 の変異を伴ったマウスに対してREGNASE-1を欠損させた結果、膵がん発症が有意に促進することを見出しました。さらに、膵がん細胞の同種同所移植モデルマウス※4 を用いた検討の結果、IL-1β※5 刺激による膵がん細胞でのREGNASE-1低下がMDSCを誘導し、細胞傷害性T細胞※6 を抑制することで膵がん進展を促進させることを明らかにしました。
 本研究により、REGNASE-1を介した抗腫瘍免疫の誘導が、膵がんの新たな創薬標的になる可能性が示唆されました。

■研究の背景
 膵がんは早期発見が難しく治療法も限られており、予後が非常に悪いがんの一つです。これまで慢性膵炎などによる慢性的な膵臓の炎症は膵がんのリスクになることが知られています。しかし、炎症が膵がんの発症や進展を促進する機序は不明な点が多く、炎症制御を標的とした治療法も確立されていません。
 REGNASE-1は炎症に関連する遺伝子のメッセンジャーRNA※7 を分解するリボ核酸分解酵素(リボヌクレアーゼ)※8 であり、免疫の恒常性を保つために重要な役割を担っていることが明らかになっています。また、REGNASE-1は、腎がんや乳がん、白血病などにおいてがんの進展に寄与していることが示されていますが、膵がんにおける役割は不明でした。そこで、本研究グループは、REGNASE-1が炎症の制御を介して膵がんの進展に関与していると仮説を立て研究を行いました。

■研究の内容
 膵がん手術検体を用いた検討の結果、腫瘍部におけるREGNASE-1の発現量が低い患者では、高い患者と比べて生存率が有意に低下していました(図2)。また、REGNASE-1発現低下は、腫瘍マーカーであるCEA高値と同じく、膵がん患者の予後悪化に寄与する因子であることがわかりました。
 そこで、膵特異的にKras遺伝子の変異を認めるマウスに対してREGNASE-1をさらに欠損させたマウスを作成した結果、このマウスは早期に膵がんを発症して死亡しました(図3)。また、このマウスでは膵がん組織に著明な CD11b蛋白陽性のMDSCが浸潤していることを見出しました(図3)。膵がん細胞株を用いた検討の結果、膵がん組織中で発現亢進を認めるIL-1βが、REGNASE-1発現を減少させることで、MDSCの誘導や形成に関与するCXCL1、CXCL2、CSF2、TGFβなどのサイトカイン※9 発現を増加させることを見出しました(図4)。
 次に、マウス膵がん細胞株を野生型マウスの膵臓に移植する同種同所移植膵がんモデルを用いて、MDSCの除去や共移植が腫瘍形成に与える影響を検討しました。その結果、REGNASE-1欠損した膵がん組織では、浸潤したMDSCが細胞傷害性T細胞による抗腫瘍免疫を抑制することで、腫瘍進展を促進させていることが明らかになりました(図5)。
 以上の結果から炎症により産生されるIL-1βが、REGNASE-1の発現量を低下させることでMDSCを誘導し、細胞傷害性T細胞による抗腫瘍免疫を抑制することで膵がんの進展が促進されるという、炎症による膵がん促進の分子機序が明らかとなりました。

■本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
 本研究成果により、炎症制御分子REGNASE-1の発現を制御することで、炎症による膵がん進展を抑制できる可能性が示されました。今後は、REGNASE-1を標的とした膵がんの新たな創薬が進むことで、悪性度の高い膵がん患者の予後改善に繋がることが期待されます。

■用語説明
※1 REGNASE-1
 炎症に関連する遺伝子のメッセンジャーRNAを分解することで炎症を制御する分子。

※2 骨髄由来抑制細胞(MDSC)
 免疫を抑制するサイトカインを放出し、免疫細胞の活性を低下させる細胞、Myeloid-derived suppressor cellの略。

※3 Kras遺伝子
 細胞増殖や生存を制御するがん遺伝子であり、膵がん患者の大多数で遺伝子変異による恒常的な活性化が生じている。

※4 同種同所移植モデルマウス
 同じ動物種の細胞を、その細胞が存在する場所に移植することにより作成したモデル。本件では、マウス膵臓に発生した膵がん由来のがん細胞を、同じ系統のマウスの膵臓に移植して作成した膵がんモデルのことを指す。同一系統に移植するため、免疫による拒絶が起こらずに移植した細胞が生着する事ができる。宿主の免疫系を保持した状態で腫瘍を作成することが可能であり、抗腫瘍免疫応答を評価することができるモデルとなる。

※5 IL-1β
 インターロイキン-1βの略で、炎症反応を媒介するサイトカイン。

※6 細胞傷害性T細胞
 ウイルス感染細胞やがん細胞など宿主にとって異物となる細胞を破壊する細胞。

※7 メッセンジャーRNA
 伝令RNAやmRNAとも呼ばれ、タンパク質を合成する過程で読み取られる遺伝子配列に対応する一本鎖のリボ核酸(RNA)。

※8 リボ核酸分解酵素(リボヌクレアーゼ)
 リボ核酸(RNA)を分解する酵素。

※9 サイトカイン
 主に免疫系細胞から分泌されるタンパク質で細胞間の情報伝達を担っている。

■特記事項
 本研究成果は、欧州科学誌「Journal of Experimental & Clinical Cancer Research」に、10月9日(月)にオンライン公開されました。
・タイトル:''Regnase-1 downregulation promotes pancreatic cancer through myeloidderived suppressor cell-mediated evasion of anticancer immunity''
・著者名:Junya Okabe1#, Takahiro Kodama1#, Yu Sato1, Satoshi Shigeno1, Takayuki Matsumae1, Kazuma Daiku1, Katsuhiko Sato1, Teppei Yoshioka1, Minoru Shigekawa1, Masaya Higashiguchi2, Shogo Kobayashi2, Hayato Hikita1, Tomohide Tatsumi1, Toru Okamoto3,4, Takashi Satoh5, Hidetoshi Eguchi2, Shizuo Akira6,7, and Tetsuo Takehara1* (#共同筆頭著者、*責任著者)
・所属
 1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学
 2. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
 3. 順天堂大学 大学院医学研究科 微生物学
 4. 大阪大学 微生物病研究所 高等共創研究院
 5. 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 免疫学分野
 6. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 自然免疫学
 7. 大阪大学 微生物病研究所 生体防御研究部門 自然免疫学分野
・DOI: https://doi.org/10.1186/s13046-023-02831-w

 なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業 肝炎等克服緊急対策研究事業「NAFLD/NASH および非ウイルス性肝がんの病態解明と治療法開発」、次世代がん医療加速化研究事業「革新的な腫瘍不均一性モデル動物と多施設共同臨床研究による肝癌複合免疫療法効果予測バイオマーカー探索」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金研究の一環として行われました。

■岡部純弥 医員(研究当時)のコメント
 これまで様々な膵がんモデルマウスの研究を行ってきましたが、REGNASE-1分子が欠損したマウスの腫瘍形成が最も強く、この分子の膵がんにおける役割は非常に大きいと考えています。今回の研究結果が、未だほとんど治すことのできない膵がん患者さんの新たな創薬につながれば大変嬉しく思います

●参考 URL
・医学系研究科 小玉尚宏 助教
 研究者総覧 URL: https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/0beed4448a279bc6.html

大阪大学膵がん治療図1.jpg 図1. REGNASE-1を介した膵がん進展機構

大阪大学膵がん治療図2.jpg 図2. REGNASE-1の発現量と予後の関係

大阪大学膵がん治療図3.jpg 図3. Kras変異Regnase-1欠損マウスはMDSCの浸潤した膵がんが発症し(A)、早期に死亡する(B)

大阪大学図4_新.jpg 図4. ヒト膵がん細胞株において、IL-1β添加によりREGNASE-1が低下し(A)、REGNASE-1低下がCXCL1、CXCL2などのMDSCを誘導するサイトカインの発現を亢進させる(B)

大阪大学図5_新.jpg 図5. 同種同所移植膵がんモデルにおいて、REGNASE-1欠損により腫瘍形成が促進し(A-B)、MDSC浸潤の増加(C)、細胞傷害性T細胞の低下(D)が認められる