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【学習院大学】日本とアメリカにおいて政治家の政策的主張の説得力が政治家の性別によって異ならないことを実証

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ポイント 
●日本とアメリカでの調査でサーベイ実験※1を行い、政治家が主張する政策への回答者の支持が、政治家の性別によって異なるかを調べました。
●どちらの国でも、政策への平均的な支持は、それを主張する政治家の性別によって左右されませんでした。
●日本ではジェンダーステレオタイプ※2に沿った主張、アメリカではそれに反する主張の方が支持を得やすい傾向がみられました。

■研究の概要 
女性の政治における過少代表は世界的な問題であり、原因の一つとして有権者が女性政治家を差別的に評価している可能性が議論されてきました。学習院大学法学部政治学科の三輪洋文教授、一橋大学社会学研究科の小椋郁馬専任講師は、過少代表が特に深刻な日本とアメリカで、同じ政策であっても男性政治家が主張する場合と女性政治家が主張する場合で、有権者の政策に対する支持が異なるかを検証しました。また、主張の内容がジェンダーステレオタイプに沿っているか否かが、そうした説得力の性差に影響を与えるかも調べました。回答者に架空の政治家の政策的主張を示して支持を問うサーベイ実験を実施した結果、日米どちらにおいても女性と男性のどちらが唱えたかによって政策への平均的な支持に差がないことがわかりました。また、日本では女性政治家がジェンダーステレオタイプに沿ったリベラルな政策を主張すると、より支持を得やすいという部分的証拠が見られました。アメリカでは逆に、女性政治家が「男性的な」問題を議論すると、より支持を得やすいことが示唆されました。
本研究成果は、2025年7月31日午後7時(日本時間)に国際学術誌「Political Communication」のオンライン版に掲載されました。

■研究の背景 
女性の政治における過少代表は世界の多くの国にみられます。その原因としては、女性候補者が少ないといった「供給側」の要因が大きいですが、有権者が女性候補者を差別的に評価するという「需要側」の要因も長らく懸念されてきました。近年、有権者は選挙で女性候補者を嫌っていない、むしろ好んでいる、ということを示す研究も発表されていますが、慈悲的性差別※3傾向のある人ほどジェンダークオータ※4を支持する傾向にあることを示す研究もあるなど、女性を議員に選ぶことは女性政治家への差別的態度をもたないことを必ずしも意味しません。政治以外の分野では、女性の能力が不当に低く評価されたり、女性の主体的な行為がジェンダーステレオタイプに反するとして歓迎されなかったりする傾向が報告されています。

本研究は、政治の根幹をなす活動の一つである政治的説得に男女差が生じる可能性に着目します。一般的に説得力は情報源の信用性に左右されます。能力や専門性の高いと認識される政治家は信用されやすいと考えられるため、もし人々が女性政治家の能力を低くみる傾向にあるならば、女性政治家は説得において不利になると考えられます。また、ジェンダーステレオタイプに反する政治家の行動が有権者に低く評価されやすいことを示す研究を踏まえると、人々が説得という行為は主体的で女性らしくないと考え、女性政治家からの説得に抵抗する可能性もあります。以上のことから、同じ政策的主張であっても、男性政治家がそれを言う場合に比べて、女性政治家がそれを言う場合には受け手からの支持を受けにくいという仮説が立てられます。

また、先行研究では一般の有権者が政策分野や立場に関してジェンダーステレオタイプをもっていることが示されています。具体的には、安全保障や経済は男性政治家が、子育てや教育は女性政治家がよりうまく扱ってくれると期待したり、女性政治家は男性政治家よりも政治的にリベラルだと認識したりする傾向にあります。ジェンダーステレオタイプに反した行動が低く評価されるという上述の理論に基づけば、「男性的」とされる政策分野について主張するときや、保守的な立場の主張をするときの方が説得力における女性政治家の不利は大きくなると予想されます。

本研究は以上の仮説を日本とアメリカで検証します。2024年12月時点で日本とアメリカの下院議員の女性割合はそれぞれ15.7%、28.7%にすぎず、この数字は主要先進国(G7)の中でワースト1・2です。さらに、両国の選挙では有権者は基本的に政党ではなく候補者に投票するため、有権者の女性候補者個人への選好は女性議員が少ない理由を説明するうえで重要な要素となりえます。これらの事情から、政治的説得の男女差の検証は日米両国では特に重要であると言えます。

■研究の内容
オンラインの事前登録※5済みサーベイ実験を日本とアメリカで実施しました。実験の基本的な構成は両国で共通です。回答者は調査会社にモニター登録した人々で、性別、年齢、学歴、居住地域、人種・民族(アメリカのみ)を各国の人口分布に合うように集めました。回答者数は事前の検定力分析※6を踏まえて決定し、日本調査では3,636人、アメリカ調査では6,766人でした。
実験では、日本調査では市議会議員の議場での質問を要約した議会だよりの記事を模した画像(図1)、アメリカ調査では州議会議員候補者のウェブサイトを模した画像(図2)を回答者に見せて、そこに示された政策的主張への支持の程度を5段階評価で尋ねました。

その際、政治家の性別(男性/女性)、政策分野(「男性的」政策/「女性的」政策/女性の利益に特に関わる政策)、イデオロギー的立場(リベラル/保守)を回答者ごとに無作為に変化させました。アメリカ調査では、政治家の人種(白人/黒人)も変化させました。先行研究や国ごとの事情を踏まえて、「男性的」政策としてアメリカ調査では経済、日本調査では安全保障を選択し、「女性的」政策と女性の利益に特に関わる政策としては両国共通でそれぞれ教育、子育てを選びました。なお、党派が政策的主張への支持に大きな影響を与えるアメリカでは、候補者は回答者の党派と同じ党派であると説明(無党派の回答者には民主党と共和党を無作為に提示)しました。無党派の地方議員が多い日本では、提示した議員は無党派だと説明しました。見せた画像が架空のものであることは、調査後に回答者に開示しました。

分析の結果、日米いずれの調査においても政策への平均的な支持の程度は、男性政治家が主張した場合と女性政治家が主張した場合を比較して、ほとんど異ならないことがわかりました。差が統計的に有意でないだけでなく、事後的な同等性検定※7によれば、仮に差があっても実質的に無視できるレベルでした(図3)。つまり、我々が立てた仮説に反して、政治家の性別によって政策的主張の説得力に差がないことが明らかになりました。

ジェンダーステレオタイプに反する主張をする場合に説得力が損なわれるかに関しては、日本調査において、政策分野による影響はみられなかったものの、イデオロギー的立場に関しては、女性政治家はジェンダーステレオタイプに沿うリベラルな主張をした場合に、男性政治家よりも説得に成功する傾向にあることがわかりました。この結果は、女性政治家が説得において不利であるという当初の仮説には反するものの、ジェンダーステレオタイプに従う方が評価が高くなるという先行研究が示す結果と整合的です。しかし、アメリカ調査では同じ傾向はみられませんでした。むしろ逆に、女性の利益に特に関わる政策を主張する場合よりも、男性的政策を主張する場合の方が、女性政治家が説得において有利であることを示唆する結果が得られました。これはジェンダーステレオタイプ理論に基づく予想に反するものです(図4)。

■今後の展開
本研究の結果は、日本とアメリカの有権者が女性政治家に対する差別的評価をしていないこと、および、女性政治家が有権者から政策への支持を得る場面で平均的には男性政治家と遜色ないポテンシャルをもつことを示唆しています。このことは政党等の幹部が自分たちの政策の唱導役を女性に任せても問題がないことを意味しており、政治的リーダーシップの発揮を目指す女性に対して励みとなる知見だと言えます。

しかし、本研究が示したのは提唱する政策への支持に男女差がないことのみで、女性政治家がその政策を実行する能力に疑問符を付ける有権者がいる可能性を否定できてはいません。戦略的差別と呼ばれる、自分自身は女性政治家の能力に疑問を感じないが他人は感じるかもしれない、という形の偏見をもっている可能性も残っています。また、日本とアメリカでは女性政治家が一般的な議員職に就くことは許容しても、より重要な役職に就くことに抵抗する有権者の存在を示唆する先行研究も報告されています。本研究のみで女性の政治における過少代表の「需要側」の要因による説明を否定できるわけではなく、今後さらに研究の蓄積が必要になります。

■発表者
三輪洋文 学習院大学法学部政治学科 教授
小椋郁馬 一橋大学社会学研究科 専任講師

■論文情報
論文名:Do Politicians' Genders Influence Voter Persuasion?
雑誌:Political Communication
著者名:Hirofumi Miwa and Ikuma Ogura
DOI: https://doi.org/10.1080/10584609.2025.2519159

■研究助成
本研究は、JSPS科研費JP19H00584、JP20H00059の助成を受け実施をされました。また、本発表は学習院大学グランドデザイン 2039「国際学術誌論文掲載補助事業」より掲載費の助成を受けています。

■用語解説 
※1 サーベイ実験
無作為に分けた複数のグループにそれぞれ異なる情報を与え、グループ間の回答傾向を比較することで、情報の違いが回答に及ぼす影響を明らかにする調査手法です。

※2 ジェンダーステレオタイプ
性別に関する固定観念のことです。政治家の認識や評価の場面では、「発表内容」の文中で述べるように得意とする政策分野やイデオロギー立場に関するもののほか、女性政治家は共感的、男性政治家は決断力がある、といった個人特性に関するものがあります。

※3 慈悲的性差別
「女性は弱い存在であり、男性に守られるべき」といった、一見善意に基づくように思われるものの、実際には性別に基づく不平等を正当化・温存する考え方や、それに基づく言動を指します。

※4 ジェンダークオータ
一定割合の議席や立候補枠を性別に基づいて割り当てる制度のことです。

※5 事前登録
調査や実験を実施する前に、検証を予定する仮説やそのための分析手法などをオンラインのリポジトリに登録しておくことです。これによって、分析結果を見てから仮説を事後的に変更する、分析方法を変更して結論を操作する、都合の良い実験グループの結果のみを報告するといった「疑わしい研究行為」と呼ばれる行為をしていないことを証明できます。

※6 検定力分析
仮説が正しい場合に十分に高い確率でそれを検出するのに必要なサンプルサイズ(サーベイ実験の場合、回答者数)を計算する手法です。

※7 同等性検定
一般的な統計的検定では、「差がある」ということは示せても、本研究のように政治家の性別によって回答の平均値に差がみられなかった場合に「差がない」と結論づけることはできません。同等性検定では、実質的に関心のある差のサイズを閾値として決めて、そのサイズの差がないと言えるかどうかを確かめます。本研究では、慣例的に「小さな効果」と言われる差のさらに半分を閾値としており、それでも同等性検定の結果が有意であったことから、「仮に差があったとしても実質的に無視できる」という結論を得ています。


▼本件に関する問い合わせ先

学習院大学学長室広報センター

TEL

: 03-5992-1008

FAX

: 03-5992-9246

E-mail

koho-off@gakushuin.ac.jp

プレスリリース用写真.png 図1 日本調査で使用した議会だよりの記事を模した画像の例

プレスリリース用写真2.png 図2 アメリカ調査で使用した州議会議員候補者のウェブサイトを模した画像の例

リリース3.png 図3 男性政治家と女性政治家の政策的主張に対する平均的な支持の程度(最低値1、最大値5)の差。プラス(マイナス)は女性政治家の主張の方が支持された(支持されなかった)ことを意味します。両国の調査ともに、男女差はほぼ0であることがわかります。

4リリース.png 図4 政策分野別ないしイデオロギー的立場別にみた男性政治家と女性政治家の政策的主張に対する平均的な支持の程度の差。日本調査では、リベラルな主張をする場合(Liberalの行)に女性政治家の方が支持されやすいことが読み取れます。アメリカ調査では、女性の利益に特に関わる政策を論じる場合(Policy for Women’s Interestsの行)よりも「男性的」政策を論じる場合(Male Issueの行)に、女性政治家の方が支持されやすくなっていることがわかります。